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問題児達の稀少魔術《プレミアム・レア》  作者: いけがみいるか
一章 トライデント・プレミアム
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問題児vs襲撃者 4

「これで、とどめです! 全てを飲み込み奪い去れ《ダイダル・ウェーブ》!!」


 直後、アルゴ・リザードは水の魔力を纏った巨大な津波に飲み込まれ、悲鳴を上げることすら許されずに絶命した。


 アルゴ・リザードにとどめを刺したイルミナは肩で息をし、他の講師も地面に座り込んだり、倒れ込んでいる者もいた。

 Aランクを倒すのには上級魔術師が五人必要と言われているが、それは最低でも、という意味である。

 中でもこのアルゴ・リザードは調教されている節があり、Aランクの中でもかなりの強さを持っていたので、かなりの苦戦を強いられた。


「はぁ、はぁ。なんとか、倒せましたね。ありがとうございますイルミナ先生」


 そうイルミナに話しかけてきたのはファランだった。彼女も生徒の避難、アルゴ・リザードとの戦闘を経て疲労しており、大量の汗をかいていた。


「ええ。無事に倒せて良かったです。ここに彼女・ ・がいればもう少し早く倒せたのでしょうが、不幸なことは重なるものです。まあ、不幸中の幸いと言いますか、深刻な怪我を負った者はいないようですけれど」


 イルミナはそう返し、ファランに回復魔法を掛ける。


「イルミナ先生。やめてください。無理をせずに自分の回復を──」

「性分なんです。お気になさらず」


 ファランの回復を終えたイルミナは他にも怪我を負っている講師や生徒に回復魔法を唱え続ける。

 そんな彼女を《ハーピィ》の代表講師のホークが止めに入る。


「大丈夫です。イルミナ先生。少しばかり遅いですが、ほら。魔術師団が到着しました」


 ホークはわざと魔術師団に聞こえるように皮肉を言った。

 彼らも出来る限りの速さで駆け付けたのだから、あまり文句を言うべきではないのだが、全てが終わってから来られるというのも、どこか釈然としないホークの気持ちもわかるので、彼らはぐっと堪えてホークに状況を尋ねた。


「アルゴ・リザードが突如現れ《イフリート》の校舎を破壊。それを我々が倒した。死体はそこにある」

「そうですか。アルゴ・リザードの侵入経路はいったい?」

「そんなものわかるわけないだろ! 結界は正常に作動している。だから校内に突然出現する可能性はない。それにアルゴ・リザードが現れた直後から我々は奴と交戦に入った。侵入経路など調べる余裕があったと思うか!?」

「ホーク先生。落ち着いてください」


 ホークはわかりきった質問をした魔術師団に掴みかかるが、イルミナがその手をそっと押さえその場を収める。


 そのイルミナの元に魔術師団の車から降りてまっすぐ走ってくる者の姿があった。


「イルミナ!」

「あら? キャシー。今日も随分と遅い出勤ですね」

「そんな嫌みは今はどうでもいいんですっ! グレイ君は?! エルシアさんは?! アシュラ君は?!」

「ちょ、ちょっとキャシー? 何をそんなに慌てているの? それに私も戦闘中だったし、彼らの姿までは確認出来ていないわ。ここから旧校舎までは遠いから騒ぎに気付いていないこともあり得るわね」


 かなり慌てた様子のキャサリンにイルミナはキャサリンが落ち着くようにあり得る可能性を提示する。だが、それは逆効果だった。


 ここの騒ぎが旧校舎に届かない。それは逆もまた同じだということなのだから。

 キャサリンはイルミナに説明する間もなくその場を即座に離れ、急いで旧校舎へと向かう。


 その道中に、まるで爆撃されたかのような痕が残っている場所を見つけた。

 アルゴ・リザードが暴れて生じた物なのか、それとも他の要因なのかはついさっき学院に着いたキャサリンにはわからなかったが、おそらく違うと感じていた。嫌な想像だけは膨らむ一方である。


「みんな、無事でいてください!」


 ただただ己のクラスの生徒達の無事だけを祈りながら、キャサリンは旧校舎へと走った。


~~~


 時は少し遡り、アルゴ・リザードが倒される少し前。旧校舎にある練習場にて。


 ミュウが突然、体中から膨大な無属性の魔力を放出し、グレイは戦闘中にも関わらず呆気に取られていた。


 しかし、襲撃者三人はその魔力を見ることは出来ない。だから今、ミュウに起こっている現象を理解していなかった。

 しかし、何処か不穏な空気を感じ取っていた。


「なに? 何が起こってるの?」

「わからぬ。だが、けして良いことではないことは経験からわかる」

「確かに。嫌な予感がするぜ」


 身構える黒服三人。その中で銃を持った女がミュウに向かって引き金を引いた。


「ミュウ!」

「顕現せよ《空虚なる魔導書エンプティ・グリモワール》」


 焦るグレイをよそに、ミュウは手を突きだした。その手の先に無属性の魔力が集まり、銃弾を弾いた。


「何っ!?」


 まるで見えない壁に銃弾を防がれたように見えた黒服達は未知なる力に困惑する。


 そして、見ればミュウの手元には一冊の本が浮かんでいた。


「まさか…………アーク(・ ・ ・)だとっ!?」

「バカな。あり得ない! あんな小さな娘が!」


 ミュウの目の前に現れた一冊の本。それは確かにエレメンタル・アークだった。

 黒服三人はミュウのような少女がアークを所持していることがあり得ないと思っているようだったが、グレイは彼らと違う意味で驚愕していた。

 ミュウ(アーク)がアークを顕現した。

 謎の多いミュウの力。その片鱗を見せ始めた。


「《空虚なる魔導書》第一項。顕現せよ《蜃気楼の聖衣(ミラージュ・ローブ)》」


 次にミュウが放った一言で、宙に浮かんでいた本から魔力が溢れだし、その魔力はミュウとグレイの体を包み込み、やがて姿を二つ目のアーク、灰色の聖衣へと変貌させた。


 まるでお伽噺に出てくる典型的な魔法使いのような聖衣(ローブ)と大きな帽子(ハット)。その聖衣からも強力な魔力を感じた。


 自分の服装と身体能力の変化に驚いているグレイをミュウは大きな帽子から覗く相変わらずの眠たげな灰色の瞳で見つめていた。


「マスター。指示を」

「あ、あぁ。じゃあ、ミュウはあの銃を持った女を。俺は残りの二人をやる!」

受諾アクセプト


 グレイとミュウは同時に動き出す。

 呆気に取られていた黒服も少し遅れて動き始める。


 まず女が二発、グレイとミュウの頭を狙って銃弾を放つ。


「当たるかよっ!」


 グレイは首を傾けるだけで易々と銃弾を避ける。ミュウも身を屈めるだけで回避する。


 そしてグレイは左右に分かれた男の一人に向かって跳び蹴りを放つ。


「なっ──!?」


 その声をあげたのはグレイであった。何故かいつもより身軽になっていた体で飛び掛かったせいか、勢いが付きすぎて黒服に攻撃を当てられずに壁に激突する。

 その壁は一面に亀裂が走り、小さくクレーターが出来た。


「何だこの力!?」


 グレイは自分で自分のしたことに驚きながら軽くジャンプする。

 そんなグレイの足元に爆弾が投げ込まれる。


「うぉっとあぶなっ!? ──ってうわわわわっ!?」


 着地と同時に横に跳ぶグレイ。爆発から逃れることには成功したが、またもや勢いを調整できずに、なんとか地面に両足をついてその勢いを殺す。

 足で地面を削り続けて数メートル地点でようやく止まり、乱れた息を整える。


「はぁ、はぁ。……よし。慣れた!」


 グレイは即座に急上昇した自身の身体能力に順応し、落ち着いて今の状況を確認する。


「せい。やぁ」

「くそ! はぁあ! うああっ!?」


 ミュウが黒服の女に右、左と攻撃を繰り出し、女は銃でガードするのが精一杯だった。

 ミュウは半歩だけ下がり、右足で女を銃を蹴り上げ、宙で回転し女の横腹を蹴り飛ばす。


「スリュー!? 何なんだこのチビ。強すぎだろっ!?」

「ごほっごほっ! くっ、ヘイネス! 私の銃を拾ってこっちに投げろ!」


 スリューと呼ばれた女はグレイと対峙していたのとは別の男、ヘイネスに向かって叫ぶ。


 グレイが自分の力に振り回されている間にミュウの方に二人を相手取らせてしまっているのに気付き、助けに入ろうとする。


 だが、行き先に爆弾が転がり、それが爆発する前にグレイは後ろに跳ぶ。


「スリュー。ヘイネス。恐らくその娘がヤンバーク達を倒したんだ。二人がかりで確実に殺れ。オレがこいつを止めておく!」

「はは……。舐められたもんだな、おい!」


 確かにヤンバークを倒したのはミュウで、フーも不意打ちで倒したので、全く間違っているわけでもないが、雑魚扱いされたのはグレイのプライドに障った。


「──ぬぅっ!?」

「ちっ! 反射神経いいな、お前」


 グレイはノーモーションで懐に飛び込み拳を突き出す。男は咄嗟に腕で防御するが、勢いに押されて後ずさる。


 防御した腕が痺れて動かせない男にグレイは間髪いれずにさっきと同じ箇所に飛び蹴りを食らわせる。


「ぐおおあっ!?」

「なっ!?」


 今度は男の足が浮き上がり、横一直線に吹き飛び、ミュウの背後に回っていたヘイネスと呼ばれた男と衝突した後、地面を二度跳ねてから地面を転がった。


「タイラー! ヘイネス!」

「だい……じょうぶだ。腕の骨はイカれたが、まだ動ける」

「タイラー。重いからどけ……」


 黒服三人が一ヶ所に集まり、グレイもミュウの隣に立つ。


「大丈夫かミュウ」

「はい。問題はありません。マスターは無事ですか?」

「勿論だ。よし、一気に片付けるぞミュウ」

受諾アクセプト。行きます」


 グレイとミュウは一直線に敵に向かって走る。 


 スリューはそんな二人に銃を構え、他の二人は頭上に爆弾を投げた。

 芸の無い奴等だとグレイは思った。が、瞬時に違和感に気付く。

 先程の爆弾と形が違っている。それに気付いた瞬間には爆弾から強烈な光が発せられ、思わず目を閉じる。

 目眩ましか、と理解した次の瞬間、二発の銃声が聞こえた。


「しまっ──」

「《ミラージュ・ゼロ》」


 思わず声を上げ、腕で防御したグレイだったが、いくら待っても銃弾が飛んで来ず、目を開けた。


 そこには平然とした顔で立つミュウと目を丸くした黒服達の姿があった。


「今、何が起こったんだ?」

「はい。《蜃気楼の聖衣》の能力の一つで銃弾を回避しました」

「能力?」


 グレイがその能力について尋ねようとしていたら、答えを先にスリューが教えてくれた。


「な、なんですって……。銃弾が体をすり抜けた……?!」

「嘘だろ?! あの野郎、幽霊かよ?!」


 そう。グレイは銃弾を躱したのではなかった。銃弾は確かにグレイの体に当たった。いや、それは正確ではない。グレイの体を何事もなく通り過ぎた、すり抜けたのである。


「能力の一つは無属性魔法、《ミラージュ・ゼロ》を聖衣に付与させること。効果は透過。こちらの攻撃も当てることは出来ませんが、全ての攻撃を透過させることが出来ます」


 グレイの知らない新たな無属性魔法。その能力をグレイはまだ信じられずにいたが、スリューは狂ったかのように銃を乱射してきた。


 思わず回避しようとしたが、ミュウが微動だにしないことに気を取られ、グレイも銃弾を受けてしまう。

 が、ダメージは一切無かった。後ろを見ると壁には銃弾が壁にいくつも穴を空けていた。

 そして自身の体を見下ろし、銃弾が自分の体を通り抜けて行くのを見た。


「は、はは……。本当に幽霊になったみたいな気分だ……」

「幽霊? マスターはマスターです」


 乾いた笑いを浮かべるグレイに一切緊張感を持たないミュウは、この場に全く似合わない天然発言を繰り出す。

 

 気付くと、さっきまでミュウの周りを浮かんでいた《空虚なる魔導書》が今度はグレイの周りを浮かんでいた。ふとそれを手に持ってページを開く。

 だが、ほとんど全てのページが白紙で、最初の一ページ目にだけ文字が書かれていた。

 そこには《蜃気楼の聖衣》、《ミラージュ・ゼロ》とあった。


 そこでグレイの脳裏に一つの仮説が生まれた。

 グレイは今までに何冊もの魔法書、魔導書を読んだ。しかし、無属性魔法について書かれた本は一冊も無かった。

 だけど今、目の前には一つだけだが無属性魔法が書かれた魔導書。いや、アークが存在している。

 これはつまり、無属性魔法とはこの魔導書にのみ記載されているのではないのかという、とんでもない仮説。

 それは今までの苦労が全て無駄だったということでもあり、正直突拍子もない仮説だが、否定しきることも出来なかった。


「なぁ、ミュウ。これは──?」

「はい。それは《空虚なる魔導書》です。マスターの経験と力の上昇に比例して新たに無属性魔法とアークを生成する、世界で唯一、無属性魔法とアークを無限に生み出し、書き記す魔導書型のアークです」


 答えはすぐに得た。普段無口であるミュウの口から長々と丁寧に。


 戦いの最中ではあったが、グレイは思わず崩れ落ちそうになった。今までの苦労は一体何なんだったのか、と。

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