女の愛憎 3
朝食から十分後、グレイとキャサリンを除く全員が、海辺近くにある林までやって来ていた。
「今回のフィールドはこの林と海岸付近だ。説明を終えてから各地スタート地点に向かい、俺の合図で訓練開始とする。ルールは昨日の訓練とほとんど同じだ。両チーム、リーダーを一人選び、そのリーダーを撃破するか、相手チームを半分撃破することが出来れば勝利とする。再度言うが、男子チームはアークの使用は厳禁だ。使った時点で敗北扱いになるから注意するように」
ホークの説明を聞き、男子達の表情が暗くなる。これから一方的にボコボコにされるというのに、はしゃげるはずもない。
「みんな暗いなぁ~。元気出しなよ」
「……ん? お前、何で男子チームなんだ?」
一人、何故かテンション高めのエコーにアシュラが不思議そうに尋ねる。他にも同じように不思議そうな顔をする者も見られたが、エコーは平然としながらこう言った。
「たぶん、これが昨日のおしおきだからじゃないかな。だからエコーも同罪ってことで男子チームなんだと思うよ」
「あぁ、なるほど。そういうことか……」
妙に納得した無知なアシュラ達を見て、女子陣とクロードが何か言いたげな表情を浮かべたが、結局誰も真実を告げないまま、両チームそれぞれ開始地点へと移動し始めた。
ホークは風の魔法で空を飛び、戦場全体を見渡せるほどの位置で停止し、両チームの準備が整ったのを確認する。
「では、試合開始だ」
ホークの放った風の塊が弾け飛び、大きな音が鳴り響いた。
~~~
「それじゃあ前衛は俺とゴーギャンとアシュラが担当する。他の皆は中衛と後衛に分かれよう」
レオンの指示を受け、全員が頷く。男子チームのリーダーであるウォーロックは後衛に配置し、エコーとマルコシウスを同じく後衛に残した。
あとのカイン、ソーマ、クロードの三人は前衛、後衛の両方にすぐサポートに行ける位置で待機する。
そして女子チームに特攻を仕掛けるアシュラ達前衛組は、林の中を突っ切るように走る。
「おいお前ら。アーク無しだからって早々にくたばるんじゃねえぞ?」
「当然ッス!」
「俺はお前達の巻き添えを食ってるだけなんだけどな……」
「ちっせえことでぶつくさ文句言うなよヘタレ紳士」
「変態紳士よりはマシだと思うけどな」
「よっし。女共より先にお前を潰す!」
「喧嘩してる場合じゃないッスよ! 向こうから来てるッス!」
ゴーギャンの指差す先には怒髪天を突く勢いで迫ってくるアスカの姿があった。
「レェェェオォォオン!! 覚悟しなさいよあんたぁぁああっ!!」
「ええぇぇぇっ!? 何で俺なんだッ!?」
アスカの怒りの矛先は、何故かレオンに向けられており、炎を纏った二本の太刀が容赦なくレオンに向かって振り下ろされる。
レオンはバック宙してその攻撃を回避する。アスカの斬撃は近くにあった木を軽々と斬り倒し、すかさず刃を返してレオンに追撃する。
「逃がさないわよ!! 大人しく叩っ斬られなさい!!」
「ちょっと待ってくれ! 何で俺がこんなに怒られてるのか説明してくれ!」
理不尽で理解不能な怒りをぶつけられながらレオンは、バックステップでアスカの攻撃から逃れる。だが、このままだと分断されてしまう恐れがある。アシュラは仕方なくフォローに入ろうとすると、そのすぐ後に、アシュラとゴーギャンに向かって空から白い稲妻が凄まじい勢いで落ちてきた。
「どぅわあっ?!」
「うおおおおっ!?」
どうにか二人とも直撃は避けたが、続けて林の奥から光の散弾が襲い掛かってくる。
「チッ! 《影ノ盾》!」
アシュラは自分とゴーギャンの目の前に影で出来た盾を出現させ、光の散弾を防ぐ。
「エリーかっ! くそっ! こそこそ遠くから狙ってねえで出てきやがれこんちくしょおっ!」
アシュラの挑発に、エルシアは再度降り注ぐ落雷で答える。
「ちくしょうッ! これじゃ埒が明かねえ!」
降り注ぐ落雷を影の爪で弾きながら周囲を見渡すが、攻撃は空から降ってくるため、エルシアがどの方角にいるか特定出来ない。
既にレオンとアスカの姿は見えなくなっており、完全に分断されてしまっていた。
近くには仲間のゴーギャンだけが残っており、彼もまたエルシアからの攻撃を凌ぐのに精一杯といった様子だった。すると、そのゴーギャン目掛けて一発の水の弾丸が飛来する。
「狙撃だ! 伏せろッ!」
アシュラの素早い指示が飛び、ゴーギャンは即座にその場に伏せ、水の弾丸がその頭上スレスレを通過する。
それも束の間、水の弾丸が放たれた方角とは別の場所から今度は何本もの風の矢が木々の間をすり抜けて襲い掛かってくる。
「くっそぉっ! 向こうは遠距離系ばっかかよ! ここは一旦退いて海岸に出るぞゴーギャン。林にいりゃ狙い撃ちされるだけだ!」
「了解ッス!」
そう言うが早いか、アシュラとゴーギャンはなりふり構わず海岸方面へ駆け出した。
「……よし。上手くいったわ。ほら、あの二人は私とラピスに任せて、皆はアスカの方へ急いで」
アシュラ達の撤退を遠くから確認したエルシアは、他の仲間に指示を出し、ラピスと共に二人の後を追い掛けた。
~~~
「タンマ、タンマ! まずは落ち着いてくれよ!」
「試合中に何言ってんのよ! 《千火ノ太刀》!」
焦るレオンに、容赦なく連続で斬りかかるアスカ。周囲の木々は残らず斬り伏せられ、火が燃え移っていく。
「くっ。アークのありなしだけでここまで……ッ!」
先程から防戦一方のレオン。だが、もう少し凌ぎきればまだ反撃のチャンスはある。
「いい加減に、くたばりなさいっ!」
「うわっ!?」
アスカの攻撃があと少しでレオンに届くという、その一瞬。
「《エア・スラッシュ》!」
「《ストーム・ウォール》!」
レオンの体を包み込む風の盾と、アスカを攻撃を受け返す風の刃が放たれた。
レオンにとどめを刺せず、後方へ大きく飛び退いたアスカは、太刀を構え直しながら前方を見据える。
「助かったよ二人とも」
「別に、構いやしねえよ」
「それにしても、随分と押されているようだね。あとの二人はどうしたんだい?」
そこにつむじ風と共に現れたのはカインとソーマだ。一気に三対一となったアスカだが、その表情に焦りの色は見えない。
「ちょうどいいわ。あんた達全員斬り飛ばしてやるから大人しくしてなさい!」
「こわっ!」
「えっ? それ、僕もかい?」
「当たり前でしょうがっ!」
「いやいや! ソーマはともかく、僕とレオン君は覗きなんてしていないよ?」
「だから何だっつーのよ! それを知ってて見逃したあんた達も同罪に決まってんでしょうがっ!」
至極もっともな理由だったことにカインもレオンを口ごもる。反論すら許されそうにない状況だが、今はあくまで訓練試合中。アスカの言う通りにこのまま大人しく敗れるわけにもいかない。
「特にレオン! あんただけは何としてでもブッ飛ばすから覚悟しなさいっ!」
「だから何でなんだよ! 確かにアスカの言う通り俺達にも非があるけど、流石に覗いてないのに理不尽じゃないか?!」
「それが問題なんでしょうがぁぁあっ!」
「ええぇっ!? どういう意味だよそれっ!?」
覗いていたから、ではなく、覗いていなかったから余計に怒られている。そんな意味のわからない理不尽な怒りを向けられていることを知り、余計に混乱するレオン。
一方、今の自分の失言に遅れ馳せながら気付いたアスカは羞恥で真っ赤になり、それを誤魔化すために、より赤く燃え上がる炎を三人に向かって放つ。
「全員ここで燃えて散れぇぇ!!」
アスカから放たれた業火がレオン達に襲い掛かる。だが、レオン達の後方から飛来する水流がその業火とぶつかり合い、勢いを相殺する。
「ナイスだよクロード」
「今だっ! やれ!」
クロードはずっと木の陰に潜み、アスカの隙を窺っていたのだ。
初日の時と同じようにただがむしゃらに突っ込んできたアスカを返り討ちにする。それがレオンが考えた作戦だった。
だがレオンはアスカを侮りすぎだった。アスカは昨日の失態を、心底反省したのだ。だから、同じ失態を繰り返すはずがなかった。
飛び掛かるレオン、カイン、ソーマを見たアスカはうっすらと微笑を浮かべた。
「《フレイム・シュート》!」
アスカはカインとソーマに向けて火球をぶつけて二人の動きを牽制する。
残ったレオンは構わずアスカに攻撃を仕掛けようと魔力を練った。
「《アクア・ファウンテン》!!」
「なっ──!?」
そのレオンは足下から沸き上がった噴水に飲み込まれしまう。勢い良く噴き出す水に捕まり、身動きが取れない。
「くっ! 《エア・スラッシュ》!」
カインは噴水を切り裂いて水の勢いを殺し、その隙にレオンを救出する。不意を突かれたレオンは咳き込みながら水を吐き出す。
「クロード! 回復を!」
「わかっている!」
ソーマが素早くクロードに指示を出し、クロードもすぐに動く。しかし、突然足場が崩れて大きな穴が空く。
「なんだっ!?」
「あたいだよっ!」
その穴から現れたのはカナリアだった。これは、昨日クリムがレオンに対して使った奇襲。
不意打ちや奇襲をあまり好まないカナリアだったが、勝つための作戦として理解したのか、この作戦を受け入れたのだ。
「《アース・ブレイク》!!」
「ぐぅッ!?」
弱点属性の攻撃を受けたクロードは勢い良く吹き飛ばされるも、何とか体勢を整える。
「はぁ、はぁ……。くっ、まさか、お前達──」
クロードの疑惑は、言葉に出すよりも早く確信に変わる。
林の奥から水の槍、風の矢、火の球が続けざまに飛来してきては、レオン達に襲い掛かる。
そして上空には二つの影が、こちらに向かって降ってきた。
「うぉりゃああっ! 《マンムー・スタンプ》!」
「はぁぁっ! 《烈風昇波》!!」
レオン達を襲う暴風に、クロードに降り下ろされる鉄槌。目まぐるしく行われる攻撃に、男子陣は回避と防御に専念せざるを得ないくらいに追い詰められてしまった。
「うぉおおお! 《ストーム・バリケード》!!」
そこにソーマが風の防護壁を発生させて、一時的にではあるが女子陣の攻撃を塞き止めた。
その隙に男子全員が一ヶ所に集まり、戦況を確認する。しかし、わかったのは絶望的な戦況だった。
「マジかよ……?!」
「いや、これは予想してなかったな」
「やはり、か……」
「まさか、ほぼ全員で攻めてくるなんて思わなかったよ」
レオン達と対峙しているのは、エルシアとラピスを除いた女子全員だったのだ。
「さあ。このまま一気に攻め落とすわよ!」
「あぁっ!? ズルいですわよアスカさん! それはリーダーであるわたくしの台詞ですわっ!」
男子が四人で女子が七人となり、完全に形勢は逆転した。