女の愛憎 2
「おい。この糞ロリコン。色々言いてえことが山のようにある。ちょっくらこのあと体育館裏来いや」
「突っ込みたいところが山のようにあるんだが、取り合えずこれだけは言っておく。俺は断じてロリコンじゃねえッ!!」
「じゃあそのロリは一体どこの誰ちゃんだっつーんだよ! ロリコンし過ぎて町から拐って来たんじゃねえだろうな!? 似非ロリじゃ我慢出来ねえからって犯罪を犯してんじゃねえよ! この性犯罪者がぁっ!」
「その言葉、おめえにだけは言われたくねえよ! もっぺん地獄見てくるか? おおっ!?」
「…………あんたもすぐに感情が表に出てきてるじゃない」
グレイとアシュラの醜すぎる争いを遠くに見ながら深く息を吐くエルシア。口喧嘩をするグレイの隣には、自分達と同じ朝食を食べる少女とその少女を見上げながらボーッとしている亀の姿があった。
「はぁ。またか……。何で合宿一日目で《プレミアム》の三人中全員が問題を起こすんだ……?」
「あの、ホーク先生。別に私は問題なんて起こしてないんですけど」
「夜中に宿舎の外に出ておきながら何言ってんだか」
「《プロブレム・バカ》……」
「ちょっ、今の誰よ!? この最底辺バカの二人と私を同列扱いしたの!?」
「「誰が最底辺バカだ! 誰がッ!」」
合宿二日目の朝。こんな時でもやはり彼らはいつも通りの問題児だった。
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時は遡り、昨夜の海岸。
「……誰、その子?」
「あぁ、いや。俺、宿舎に着く前に町に行ったろ。その時にちょっとあって」
「ふ~ん……」
「な、なんだよ、その目は」
「…………ロリ──」
「それ以上は言うな!」
「お兄ちゃん、ロリコンだったんだ」
「ちっげぇよ!! 断じて違うっ! それ定着させようとすんのマジでやめて!」
グレイの必死の懇願だったが、その必死さの理由を知らない少女は、その無駄な必死さが可笑しかったのかケラケラと笑った。
「まあ、グレイの性癖はさておき」
「さておくな!」
「あなた、こんな夜遅くに何してるのよ。駄目じゃない、ちゃんと家に帰って寝てないと」
「ええ~。それじゃお姉ちゃん達だって駄目じゃん」
「うっ、そ、それは……」
そこを突かれるとどうにも弱いエルシアだが、年齢が年齢だ。見たところ十歳やそこらの年齢だろう。知り合いに幼顔の講師がいるが、あれは例外だ。
一応、ボディーガードのつもりなのか、亀の魔獣を連れているようではあるが、そんなことはどうでもいい。
少女が夜中に外を彷徨いているということ事態が問題なのである。
「ほら。早く家に帰らないと。お母さんやお父さんだって心配してるはずよ」
「大丈夫だよ。だってパパはここにいるもん」
「パ、パパっ!?」
「おい待て。何でこっち見る? 違うに決まってるだろが! その亀のことだよ」
「えっ…………。な、なんて紛らわしい!」
変な勘違いのせいで恥をかいてしまったエルシアはパタパタと手で扇ぐ。その様子を見て少女がまたケラケラと笑う。
「取り合えず、家はどこだ? 何なら送っていくから」
「……何する気?」
「何もしねえっつの! いや、マジでいい加減にしろよ?!」
「わかったわかった。私も着いていくし問題なんて起きないでしょ」
「それはいいが、着いて行かなかったら問題起こしそう、って言ってるように聞こえるんだが俺の気のせいでいいんだよな? なぁっ!?」
気付くとすっかりいつものグレイに戻っていた。何とも納得のいかない感じはするものの、今はそれは問題ではない。
「ほら。お姉ちゃん達が家まで送ってあげるから、家はどっち?」
「ん」
「…………いやいや。そっちは海でしょ。町はあっち。家はそっちにあるでしょ?」
「ううん。わたしの家はあっちにあるの」
少女の指差す先は、ひたすら遠くまで続く大海原。冗談にしか聞こえない話だが、何故かまるで嘘を吐いているようにも見えなかった。
エルシアはいまいち状況を飲み込めず、その場でしゃがみこんで頭を抱え込む。
グレイは少し考え、少女を、いや、その下にいる亀を見た。
「…………もしかして、別の島か、船からその亀に乗ってここまで来た、とかじゃないよな?」
「はぁ? そんなの、こんな小さな子が一人で──」
「ピンポーン。すご~い。正解~」
「「……………………マジで?」」
自分のことで二人が悩んでいるというにも関わらず、等の本人は全く気にする様子もなく能天気に拍手する。
これはグレイとエルシアだけで何とか出来る範囲を超えている。二人はしばらく考えて、結局一度宿舎に連れていくことに決めた。
厄介なこと専門といえば、やはり頼れるのは自分達の担任。ということで、エルシアが既に寝付いていたキャサリンをほとんど無理矢理起こし、事情を説明する。
夜中の外出のことで二人は叱られるも、ミュウのことを話すとやれやれといった感じではあったが、大目に見てくれた。
「それよりも、です。ええと、取り合えずあなたのお名前を教えてもらっていいですか?」
「わたしはシーラ。こっちはパパだよ」
少女、シーラは亀の甲羅をペチペチ叩きながら紹介する。
「そうですか。ではシーラさん。今日はもう遅いので、この宿舎にお泊まりなのです。明日の朝、わたしがアプカルコの魔術師団の方達に頼んであなたがお家に帰れるよう協力をお願いしてみるのですよ」
「わぁ、ありがとう。わたしよりちょっと年上なだけなのに、しっかりしてるねぇ~」
「…………ッ!」
「耐えてキャシー先生! 相手は子供だから。それにシーラちゃんはキャシー先生のこと初めて見たわけで、今のは仕方ないんです!」
「それはどういう意味なのですかっ!?」
「し~っ! 夜なんだから静かにしないと駄目だよお姉ちゃん」
「わたしはもう立派な大人なのですっ!」
「その大人が子供に注意されてるんだが……」
何はともあれ、今はもう夜も遅い。今からシーラを魔術師団に送っていくのも、向こうに迷惑だろうということで、明日の朝を待つこととなった。
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そして現在。キャサリンが講師二人にそれとなく事情を説明し、全員揃っての朝食を食べることとなったわけである。
何故か、席順はくっきりと男女に分かれているが、昨日の覗き事件が原因だろうことは明らかだ。心なしか、女子は常に軽蔑の眼差しを男子に向けているように感じる。何とも険悪なムードである。
そんな空気を変えようと思ったのかどうかは知れないが、キャサリンがシーラに話し掛ける。
「それじゃシーラさん。ご飯を食べ終わったら、わたしと一緒に町の方に行きましょうね」
「えぇ~もう? もう少しお兄ちゃんと一緒にいたいのに~」
「うん。まあ、その言葉自体は嬉しい部類に入るんだが今は本当にやめてくれないか? 男女問わずの絶対零度の視線のせいでそろそろ俺死にそうなんだよ……」
そのせいか、朝食の味が全く感じない。ただでさえ昨日、夕食前に見た夢のせいで寝付きが悪かったのに、更に加えてエルシアの制裁、シーラという迷子少女の保護、キャサリンからは深夜のお説教。
そしてこの絶対零度の視線である。ここでいつもの通り、ロリコンじゃないと言ったところでどれ程の効果があるだろうか。
昨日築き上げたグレイの評価が崩れ去る音が聞こえてくるような気がした。そのままグレイは味のしない朝食を食べ進めた。
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朝食を終えた直後、ホークとイルミナが生徒達に本日のスケジュールの説明を始めた。
「では今から十分後にまた合同訓練を始める。今回の訓練は、男子と女子に分かれて行う。だがわずかではあるが男子チームの方が有利なため、ハンデとして男子チームはアークの使用を禁止とする」
「はあっ!? 流石にそりゃ──」
あんまりだ、と文句を言おうと立ち上がるアシュラだが、女子からの鋭い視線が突き刺さり、声を詰まらせる。
ホークは口には出さなかったが、これはある意味女子達からの復讐なのだった。
しかしこれくらいは当然受けるべき罰だ。何せ彼らは女子風呂を覗いていたわけだから、このまま強制送還されたとしても文句は言えない立場にある。
だが、男子の半数が強制送還なんてなれば今回の合宿の目的が果たせない。それは誰もが望まない結末であるため、このような処置を施すこととなったのである。
すなわち、レオン、カイン、ウォーロックの三人からしてみれば、とばっちりもいいところの罰ゲームのようなものなのだ。
「あっ、ちなみにグレイ君はわたしと一緒にシーラさんを送っていくので不参加ですよ」
「えっ? マジ」
「ちょ、待ちやがれ! てめえも共犯だろうが! 何逃げようとしてんだ!?」
「別に逃げるわけじゃねえだろ。まあ、精々死なねえようにな」
「あっ、大丈夫なのですよ。グレイ君にも別の罰を受けてもらうつもりなので」
「…………マジで?」
一度は難を逃れられてラッキー、と思っていたグレイだったが、残念ながらそう上手く話が片付くはずもなかった。
後ろではアシュラがグレイを指差しながら大笑いをしており、すぐにグレイととっつかみの喧嘩に発展することとなった。