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問題児達の稀少魔術《プレミアム・レア》  作者: いけがみいるか
四章 プレシャス・バケーション
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女の愛憎 1

第34話

 静かな波の音が聞こえる砂浜を歩きながら、グレイはおもむろに話し始めた。


「まず何で今回俺が力を見せたのか、って質問に答えると、その方がこれからのためになるからだと判断したからだ」

「これから、って言うと?」

「団結力ってのは一朝一夕には高まらないもんだろ? それが普段はライバルとして競っている俺達なら尚更だ。だが、これから何が起こるかわからない俺達にとって協力や団結は必要不可欠なことだ。準備は万全にしておくべきだと思ったんだよ」

「何が起こるか? ……あっ!」

「思い出したようで何よりだ。そう。俺達はあの犯罪組織、《閻魔》に狙われている。今は動きを見せていないから忘れがちになるが、もしかしたら今にでも襲撃してきたっておかしくはないんだ」


 《閻魔》。数ヵ月前にミスリル魔法学院を襲った巨大な犯罪組織である。その時に学院に送り込まれたのは下っ端ばかりだったため返り討ちに出来たが、《閻魔》の名を汚した報復に来る可能性は十分にあり得る。

 そのためシエナが講師兼用心棒として学院にやってきているのである。


「で、もう一つ。いつもの俺らしくないってやつ。それは簡単だ。あの時は師匠の戦い方や雰囲気を真似ていたからだ」

「確か師匠って、確かシエナ先生よね? でも、そんな感じはしなかったけど?」

「いや、シエナとは別の奴だ。とことん変人のくせに仲間に慕われてて、仲間を活かすのが得意な奴だった」

「へぇ。そんな人がいたのね」


 初めて聞く話に興味を抱くエルシアだったが、グレイがどうにも複雑そうな表情をしていたため、深く聞き出すことは出来なかった。


「そんな変人の真似をしたから、いつもの俺らしくないって感じたんだろ。ちなみにあの話や人身掌握術もそいつの受け売りだ」

「そうなの? 是非私も教えてもらいたいわね」

「そりゃ無理だな。嘘が下手ですぐ感情が表に出てくるお前には」

「なっ……!」


 そんなことない、と言おうと思ったが、悔しいことに全て事実であるため強く出られず反論出来なかった。


「で、最後。色々と理由があったとはいえ、ライバルに手の内を明かした理由。それは単純に、その方が面白いからだ」

「面白いって……またあんたらしくもない」

「ははっ、バレたか。実はこれもまた受け売りの言葉だからな」


 微笑を浮かべるグレイの目は、どこか昔を懐かしむような色をしていた。それを見たエルシアは、何故か無償に心配になる。

 グレイがここではないどこかへ行ってしまいそうな、そんなひどく曖昧な、しかし妙に現実味もあるような、そんな不思議な感覚に襲われる。


「あ、あの……」

「何だ?」

「えっ、と……」


 いざ口を開いたものの、何と言えばいいのかわからない。エルシアが、どう言葉にしていいかわからない感情を整理出来ずにいると、近くで何やら物音がした。

 ビクッと肩が跳ね、音のした方を見るとそこには──


「あれ? 君は確か──」

「あっ。朝の通りすがりのお節介お兄ちゃんだ」


 グレイが今朝方助けた少女が、相変わらず亀の甲羅の上に乗りながらのっそり、のっそりと砂浜に現れた。


~~~


 その頃、アプカルコの町の方では三人の男が随分と荒れながら裏通りを歩いていた。


「やっぱ、町のどこにもあのガキが死んだっつー話はされてねえぜ?」

「くっそが! あのガキ……! 死んだフリなんて舐めた真似しやがって……ッ!」

「あぁぁあ、ムカつくぜ! 今度見付けたらマジで殺してやる!」


 その男達は今朝グレイが撃退、とはまた少し違うものの、追い払った連中だ。完全な逆恨みではあるのだが、頭に血が上った彼らにとってそんなことはどうでもよかった。


「それと、あの亀に乗ったチビもだ! 見せびらかすみてえにわざわざ歩道をノタノタ歩きやがって!」

「魔獣を連れてるからって調子乗ってんだぜありゃあ」

「うぜぇ~。おもいっきり泣かせてやりてえぜ!」


 三人は酒を飲んでいるようで、先程からずっと大きな声で暴言を吐き散らしている。今は人通りの少ない裏通りを歩いているからまだいいが、こんな夜遅くにいい迷惑である。


「しっかし。あんな亀飼ってるチビ、この町にいたか?」

「さあな。大方観光だろうよ。金持ち様は優雅で羨ましいこった」


 そんな時、ちょうど彼らとすれ違った口回りに髭を生やした男が振り返り、三人を呼び止めた。


「ちょいとそこのあんちゃん達。ちょっくら今の話をもういっちょ聞かせちゃくれねえかい?」

「はぁ? 誰だよオッサン。今気が立ってんだよ。失せろや。殺すぞ!」


 かなり酔いが回っているせいか、ただでさえ喧嘩っ早い性格が余計に酷くなっていた。


「まあまあ落ち着きな。別にやりあうつもりはこっちにゃねえよ。それよりあんちゃん、今『亀』って言わなかったかい? もしかして、その上にちっせえ嬢ちゃんが乗ってなかったか?」

「あン? てめえ、もしやあのチビの身内じゃねえだろうなっ!?」

「あぁ、いや。実は色々と事情があってその嬢ちゃんを探してんだよ。どこにいるか知ってんなら教えちゃくんねえか?」

「そんな義理ねえっつの! つかお前が飼い主だっつーんなら首輪付けてしっかり管理しとけやボケがっ! 迷惑なんだよ! おら、さっさと詫びろや! でねえと殺すぞ?! あァッ!?」


 どんどんとエスカレートする彼らの暴言を、ただひたすら聞いていたその男は、ゆっくりと手をかざす。


「……いい加減調子乗ってンじゃねえぞ糞がァッ!!!」

「ぶぼっ!?」


 空気がビリビリと振動したかと錯覚するほどのドスのきいた大声が裏通りに響き、チンピラの一人の頭部が水の塊に包まれた。

 必死にその水を掻き出そうともがくも、まるで剥がせそうになく、全く息も出来ない状態で散々もがき苦しみ、やがてそのまま白目を向いて事切れて道端に倒れ込んだ。


「ひいっ!?」

「な、なっ!? おまえ、なんてことっ!?」


 残るチンピラ二人の酔いは一発で覚め、今目の前で仲間の一人が死んだ、殺されたことを事実にただただ驚愕する。

 しかし、彼らは確かに言った。お前が魔獣の飼い主じゃないのかと。なら、気付いて当然のことを彼らは失念していた。


 その男が、魔術師である可能性を。


「あ"ぁ"~、うざってえ……。おい糞共。そこに転がってるゴミみてえになりたくなかったら、さっさと俺の質問に答えろォッ!!」

「ヒッ!? うわああああっ!!」

「おまっ!? 一人で逃げんじゃ──!?」

「なん──いだっ!? いで、いだだだっっ!? うぎゃああああああっ!?」


 あまりの恐怖に仲間を置いて逃げ出そうとした男は、突然宙から降り注いだ雨に体を貫かれ、全身が穴だらけとなり、その穴から血を吹き出しながらもその雨を浴び続け、やがてはただの肉塊へと変わり果てた。


「うわ、うわあああああああっ!? ごぶっ、おうぅえええっ!」


 あまりにもショッキングな光景に、思わず嘔吐してしまう。


「言ったろ。質問に、答えろってよぉ……?! なぁ、おい? それなのに逃げ出すたぁ、礼儀のなってねえガキはこれだから。素直に話していたらああやって苦しんで死ぬこともなかったのによ。なぁ、あんちゃんもそう思うだろ?」

「ひぐっ……!?」


 そして、そんな光景を生み出した本人は何事もなかったかのような涼しい顔をしながら、道にへたりこむ最後の一人に向かって、世間話を振るかのように話し掛ける。


 人の命を何とも思っていない彼のもとに居続ければ、確実に仲間達のように何の容赦もなく殺される。男は何度も声を詰まらせながらも必死に事情を話す。あの時、少女を助けた一人の少年のことも、余すことなく全てを話した。


「だ、だからっ! 俺はそれ以上は知らない! 本当だっ! だから殺さないでくれ!」

「……やれやれ。ようやく掴んだと思った情報もほとんど役に立ちゃしねえ。が、この付近にいるのは間違いねえことだけはわかったか」


 どこか不満が残るも、最低限の情報は得られた。そんな彼の様子を見てこれで助かる、と小さく安堵した。


「いやぁ、わりいなあんちゃん。糞みてえな情報量だったが、それなりに役にゃ立ったよ。だから──」

「はっ、はいっ!」

「苦しまねえように逝かせてやるよ」

「……は──」


 男は、その言葉に疑問を感じることはなかった。否、出来なかった。彼が疑問を感じる間もないほどの刹那の瞬間に彼の頭部は横に真っ二つに引き裂かれ、一瞬遅れてから噴き出した夥しい量の血が裏通りを赤黒く染め上げた。

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