男の友情 3
「それにしても彼には少し驚かされましたね」
「えぇ……。曲がりなりにも《シリウス》にいたというだけの能力はあったようです」
イルミナとホークは二人、先程の反省会のことを振り返る。話はもっぱら、全てのチームの分析をしてのけたグレイのことだった。
自分達のチームを勝利に導いただけでなく、他のチームの反省点を正確に見抜き、更にそのチームを勝たせる方法をも考え出した。それほど長くもない時間で、である。
「彼の存在は、他の子達にとても良い影響を与えてくれそうな気がしますね」
「そう、ですね……」
ホークは少し難しい表情をしながらもそれを認めた。彼自身としては未だグレイ達《プレミアム》は問題児だというの認識の方が大きいようだ。
「ふふ。そんな難しい顔をせず、もう少し大きな心で彼らと接してみてはどうですか?」
「……ま、まあ。実力は認めざるを得んようですから。ですが、厄介事を起こす問題児に変わりありません」
「ええ。それはその通りかもしれませんね。その点は、キャサリン先生に頑張ってもらうことにしましょう」
腕を組み、やはり難しい表情をするホークを見てイルミナは小さく微笑んだ。
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「全員同じ部屋なのかよ……」
「まあ、この合宿の目的が他クラスとの交流なんだからそんなこともあるだろ」
アシュラはややげんなりした顔をしながら部屋の中を見渡す。
彼らがいるのは普段なら宴会場などに使われるような広い部屋。男子陣のほとんどがそこでくつろいでいた。
今日のスケジュールは、初日ということもあってか、これで訓練は終わり。残るは夕食と入浴を残すのみだ。今は夕食前の自由時間だった。
「やあ。少しいいかい?」
「んぁ……? ……何か用か」
そんな中、眠気に襲われているグレイの元に近付いてきたのはレオンだった。
「いや。さっきのは完敗だったな、と思ってね。それにグレイ君とは一度よく話をしてみたいと思っていたんだ。個人的にも、《イフリート》の代表としてもね」
《イフリート》の代表として、という言葉の意味をグレイは少し考えてから思い出す。
グレイは《イフリート》の生徒達と少しばかり問題を起こしたことがあった。その時のゴタゴタのせいでグレイに迷惑をかけたことの話だろうと結論付けた。
「あの時は、君達に随分と迷惑をかけた」
「んな昔のこと、今さら持ってこられてもな。どうせ忘れてたことだ。気にすんな」
「そう、か……。なら今はお言葉に甘えておくことにするよ。でもいつか──」
「いいっての」
グレイはレオンの言葉を遮り、大きく欠伸する。
「んじゃ、飯の時間になったら起こしてくれ。それでチャラな」
「はは……。流石にそれだけだと俺の気が済まないんだけどな」
「気にすんな。儲けたとでも思っとけ。んじゃおやすみ……」
そう言うが早いかグレイはそのまま寝転がり、夢の世界へと旅立っていく。余程疲れているのだろう。寝付くまでに十秒も必要なかったという。
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「そう言えばメイ。あんた達、あいつに一体何て言われたのよ?」
「へっ? ……あぁ、グレイ君のことね。別にボクは大したこと言われてなんかないよ」
アスカ達女子陣もまた別の大部屋に全員が集まっていた。
そしてアスカは反省会の時にグレイが言っていたことが気になり、メイランに問い詰めていた。
「それ、私も気になるわ」
「わたくしもです。ラピス、貴女も正直に白状なさいな」
「別に、本当に大した話ではありませんよ?」
「構いませんわ」
メイランとラピスは目配せをして、もう一人クリムの方を見る。
「ん? どないしたん?」
「いや、ボクらが話しちゃうと」
「貴女も話さないといけないような空気になってしまいますよ?」
「あぁ、そんなことかいな。別に構へんよ」
あっけらかんと言うクリム。三人だけしかわからないようなやりとりに、何故かカナリアだけが何かを悟ったような顔をした。
「じゃ、ボクから言うよ。えっとね──」
──メイラン。お前は勝負事が好きだよな。さっきのビーチバレーも遊びだってわざわざ念を押してたのに本気で取り組んでた。そして負けた時、本気で悔しそうにしてた。やっぱどんなことでも負けるってのは嫌だよな。どうせやるならやっぱり勝ちたいよな。俺だって負けるのは好きじゃねえ。だから確実に勝てる方法を考えた。その作戦にはお前達の協力が必要不可欠なんだ。だからよ、手ぇ貸してくれないか?──
「──って言われたんだよね。それでまあ、上手く乗せられて。チームの中じゃボクが一番単純な動機だったかもね」
なはは、と頭を掻きながら笑うメイラン。メイランは普段アスカの影に隠れて分かりにくいが、彼女もアスカに劣らないほどの負けず嫌いなのである。それをグレイに見抜かれ、上手く利用されたのだ。
「私も単純と言えば単純ですよ」
──ラピスはいつもあの《セイレーン》のメンバーをまとめてるんだろ。大変そうだな。特にアルベローナは手を焼いてるんじゃないか? この前の《ミスリル・オムニバス》でも見たけど、少し自分本意なところもあるようだしな。でもあのお嬢様はお前らの大将だよな。いずれクラス対抗での集団戦をやる時、大将に自分勝手に動かれるようじゃお前の苦労は更に増すだろう。だから今、ここで、俺達がチームで戦うことの重要性を見せてやる必要があるんじゃないか?──
「といったことを。まあ、そのアルは速攻で潰されてしまったわけなのですが、それはそれでいい薬になったのではと思っています」
「うっ…………!」
ラピスの視線がアルベローナに突き刺さり、アルベローナは思わず自分の体を抱きながら呻き声を出す。どうやらクリムにやられた時の事が一瞬フラッシュバックしたようだ。
「んで、うちは──」
──クリム。率直に聞くが、お前の想い人を振り向かせたくはないか? 恐らくだがあいつは恋愛感情に疎い。たぶんお前ならもうわかってるんじゃないか? そして、あいつは常に強さを追い求めている。つまりだ。あいつを振り向かせるにはあいつより強くなればいいんじゃないか? わかってる。そんな簡単に強くなれるなら苦労はしない。でも、ひとつだけあいつに強さを示す方法がある。それがこのチーム戦だ。お前一人じゃ無理でも、俺達全員でならどうだ。しくじっても構わない。俺達全員でお前の恋路のフォローをしてやる。だからお前も協力してくれ──
「ってな感じや。ほんでさっき代表に、試合ではようやっとったな、って褒められたんや~」
「代表……って、もしかしてあのウォーロック!?」
「な、えっ!? 嘘っ!? そうだったの!?」
アスカとエルシアが心底驚いたような顔をする。一人カナリアだけはやっぱりな、と言いたげな表情をしていた。
「あとちなみに、ソーマ君は──」
──ソーマ。お前最近クラスメイトに舐められてないか? さっきの砂浜放置の件とかよ。でも仲間想いなお前のことだ。あんま強く出れないんだろ。だったら、態度で示してみたらどうだ? お前は紛れもなく《ハーピィ》序列二位なんだ。自信を持て。プライドを持て。お前の強さを示してみせろ。それに悔しくないのか? お前のとこの大将は大層モテるそうじゃないか。序列だけでなく、リア充レベルまで大差を付けられた状態で本当にいいのか? いいわけねえよな。だったら一発、あのリア充野郎の鼻を明かしてやろうぜ──
「──とか言って説得してたなぁ~」
「ソーマ君……」
「一番動機が単純で不純だったのがソーマ殿だったでござる」
コノハとシャルルはその様子をはっきりと想像出来た。固く握手を交わしているところまでしっかりと。
「しっかし。その人身掌握術はどこで習得したのやらって感じね」
アスカが関心を通り越してもはや呆れる。少なくとも、学院ではそのような授業は行われていない。
知れば知るほど謎が増えるグレイに皆、様々な感情を抱いた。
「でも解せないのがあの奇襲だね。アタイはああいう不意討ちがあんまり好きじゃないよ」
そうぼやいたのはカナリアだった。サバサバとした姉御肌の彼女にとって、グレイの作戦はどこか肌に合わないようである。
だがそれは何も彼女だけに限った話ではない。ここにいるほとんどの者が貴族であり、正々堂々の決闘スタイルを好む性格をしている。
戦術としては認めても、感情だけで言わせてもらえれば、やはり気に入らないと思わなくもないのである。
そんな、少し微妙な空気になってしまったのを察し、ラピスが口を開く。
「カナリアさん。貴女の仰ることも理解出来ます。私とて、少し思うところがあったのも事実です。ですが彼の名誉のために言わせてもらいます。彼は作戦を私達に伝えた後にこう言いました」
──これが俺の考えた作戦だ。あぁ、お前らの言いたいことはわかる。そんなの卑怯だって言いたいんだろ。貴族のお前らならそう言うだろうことはわかってた。でも、お前らの好きな正々堂々の戦い方だけじゃあ、ルールのある決闘では勝てても、ルールのない実戦では死ぬことになる。そのせいで自分だけが死ぬのなら別に構いやしねえ。そんなのはただの自業自得だ。でもそれで自分以外の者が死ぬことだってあるんだ。そんな死が飛び交う戦場に卑怯もへったくれもない。生きるか死ぬか、それだけだ。そして死んだらそこで全て終わってしまう。だから俺はもっとも勝てる可能性が高い作戦を、俺達全員が生き残るための作戦を提案してるんだ。だけど、それでもやっぱり気が乗らないってんなら仕方ない。意志の統一が出来ない作戦は邪魔でしかない。所詮は訓練だと割りきって今の作戦は忘れてくれ。でもこれだけは言っとく。そして決して忘れるな──
「『綺麗に戦って死ぬよりも、意地汚くても生き残れ』──と」
ラピスの話を皆、神妙な面持ちのまま聞いていた。
グレイは勝つこと以上に、仲間を誰一人脱落させないための作戦を考えていたのである。その言葉にはどこか、重みのようなものを感じられた。
「ふ~ん。グレイ君ってそんなこと言っちゃうタイプだったんだ。意外だな~。でも、あの嘘だけは許されないと思わない? ねえ?」
ピキッ、という音が聞こえた、ような気がした。
「何を、しているんですか……?」
「え? 何って、ガールズトーク?」
ラピスの質問に、笑顔でそう返すエコー。いつの間に部屋に入ってきたのかまるで気付かなかった。
「エコーちゃん、彼のせいでぬか喜びさせられちゃったんだもん。アイドルを騙くらかすなんてほんっと許されないよ。と、まあその話は今は置いといて。それにしてもラピスちゃんってば、グレイ君の肩を持つようなこと言っちゃって~。もしかして惚れちゃったの? あの冷淡眼鏡の呼び声高いラピスちゃんが? ねえねえその辺りどうなのどうなのよ~ん?」
「…………す」
「『す』?」
「……殺しますっ!!」
「ちょっ、ラピスちゃん!? 眼鏡が光って超怖い顔になってるよっ!? 乙女にあるまじき顔になっちゃってるよっ!?」
ラピスは凄まじい殺気を放ち、エコーを蹴り飛ばそうと部屋を暴れまわる。
そんな二人を皆が慌てて止めに入る中、一人、白い髪をした少女だけが違うことを考えていた。
エコーが部屋から放り出されてから少しして、キャサリンがミュウを連れて女子部屋を訪れていた。キャサリンはエルシアにミュウを託すつもりで部屋の外に呼び出したのだが──
「あの、大丈夫ですかエルシアさん」
「はは、はいっ? 大丈夫って何がですか?! 私は至って冷静ですがっ?!」
「……全くそうは見えないのですが」
ミュウにまで心配されるエルシアの姿がそこにはあった。




