問題児vs襲撃者 3
「ふ~ん。チームアルファに旧校舎、ねぇ。なるほど。やっぱり狙いは完全に私達ってことね」
「ま、だろうとは思ったけどな。実際命の危険があったの、俺らくらいみたいだし」
通信が切れたのを確認し、通信用魔道具を破壊したエルシアは旧校舎のある方角を見る。
「報告がない、ってことはグレイが倒したってことでしょうね」
「だな。あいつはそう簡単にくたばったりしねえからな」
アシュラもエルシアもグレイの強さはよく知っていた。
魔法こそ一つしか使えないグレイだが、その身体能力の高さと格闘術、なにより三人の中で一番多く場数を踏んでおり、そこから積み重なった戦闘経験から来る予測と直感、覚悟はもはや学生の域を超えていた。
「で、どうする? さっき隠れてこいつの仲間の三人が旧校舎に向かったのを確認したけど、どうやら他にも仲間いるみたいだし」
エルシアは地面に転がしている黒服の男を指差しアシュラに意見を求める。
ちなみにこの黒服の男は、アシュラの不意打ちにより一撃で倒され、《影ノ鞭》で体を縛り上げられている。
そのアシュラは間髪入れずに答えた。
「とりあえずは旧校舎に行こうぜ。魔獣の方はせんせー達が何とかするだろうし、どうやら俺の命を狙った奴は旧校舎の方に行ったみたいだしよ。きっちり礼はしてやらねえとな」
アシュラは拳を鳴らしながらついさっきのことを思い出す。
アシュラはあの時、既に魔獣の侵入が何者かの手による陰謀だと悟り、念のために己の分身を作り出す魔法《幻影》と、影の中に潜むことが出来る魔法《潜影》を同時に発動させていた。
流石にその直後に脳天に銃弾を受けるとは思っていなかったが、間一髪のところで命を拾っていたのであった。
「にしても、悪運だけはホント強いわねあんた」
「お互い様だっての。エリーだって結構ヤバかったろ」
「はぁ? どこが? 私は華麗に回避してみせたわよ」
「乱れた髪して何強がってんだっての。プププッ」
「アシュラ。この騒動が終わったら覚えてなさい。この前のと合わせてしっかり返してやるから」
「ほ~。そりゃ楽しみだわ。そんじゃまあ、さっさと襲撃者共をぶっ飛ばしに行きますかっと」
お互い軽口を叩きあいながら二人は旧校舎へと向かった。
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「マスター。これからどうしますか?」
「そうだな……。とりあえず教室を出るか。ここじゃ戦い辛い。それに敵はまだいるみたいだし、しかもこっちに向かってるとも言ってたな。なら……練習場で迎え撃つか」
グレイは襲撃者の二人を縄で縛り上げ、トイレの掃除用具入れにぶちこんだ後、ミュウを連れて練習場へと向かった。
「にしても奴等は何者なんだ? 魔法を使ってこなかった所を見ると、一般人か、もしくは属性差別者かのどっちかだと思うが」
属性差別者。これは属性主義者の行き過ぎた者達を指す言葉である。
属性主義者は自身の持つ属性こそが最強であると考えている者達のことを言うのに対し、属性差別者とは自身の持つ属性以外は全てゴミだと考える者のことを言う。
そして多くの属性差別者はそれぞれの属性を持つ者達のみで構成された犯罪組織に属している。
それ故に自身の魔法を使えば組織の特定をされる可能性が高まるため、非常時以外では魔法は使わず、魔力を持たない武器や様々な魔道具を使うことが多い。
己の属性を誇り過ぎるがあまり、自由に魔法を使えないとは皮肉な話であるが同情する余地は微塵も無い。
「あいつらの発言から、おそらく後者。差別者共の犯罪者集団の線が濃厚だな」
フー達はグレイが軽口と見せかけて相手を探るためについた冗談にこう返していたのを思い出す。
(転入生と新任講師か?)
(こんな気持ち悪いクラスに誰が入るか)
(冗談でもやめてもらいたい)
これはつまり、己の属性に誇りを持ち《プレミアム・レア》を、いや、恐らく自身の持つ属性以外の全てを嫌悪している者の発言と受け取れる。
このような者が生まれる理由は一つ。属性とは遺伝で決まり、一切変更は効かないからだ。
仮に火属性の魔力を持って生まれたならば、火属性以外の魔法を使うことは決して出来ないのである。
いや、魔道具を使えば確かに他属性の魔法を疑似体験することは可能である。
しかし、それはあくまで疑似であり、本質的に宿す魔力の属性が変わるわけではない。
それ故に魔術師は自身の魔力こそが最強であると思いたいのだ。それ以外の属性の方が優れているなどと思いたくはないのである。
魔術師全員が少なからず自分の属性がもっとも優れていると思いたいという気持ちを持っている。その思想が強く現れる者を主義者、差別者と呼ぶようになったのである。
グレイにとってもその気持ちはわからないではなかった。
無属性などという他に類を見ない属性を持っているがために、その思想は普通の魔術師よりも強いのかもしれない。
だが、彼らようにはならなかった。
何故なら、同時期にエルシアとアシュラという二人の存在があったからだ。
この二人も自分と同じように《プレミアム・レア》を持っていた。
エルシアとアシュラも出会った当初は自分が特別な存在であると思い、自分こそがこのクラスで最強だと何度もことあるごとに言い争っていた。
そしてグレイはそんな二人を鬱陶しく思うのと同時に心の底では憧れていた。
グレイは無属性魔法を現在一つしか知らず、入学当初はその一つすら知らなかった。
無属性こそ最強、と思いたいにも関わらず、魔法を扱えないどころか無属性魔法の名前すら知らず、いくら調べても無属性魔法の書物は出てこない。
クラスの中でグレイだけが取り残され、ずっとふて腐れていた。そんな時に起こったとある事件で《プレミアム・レア》が狙われたことがあった。
その時、彼は初めて魔法を使った。
しかし、彼一人ではその時の敵を倒すことは絶対に出来なかった。エルシアとアシュラの助けがあって、ようやく倒せたのである。
この時グレイは、そしてエルシアとアシュラも、自分の属性が特別ではあっても最強なんかではないということを知った。
そのようなことがあり、今では他属性ばかりが集うクラスの《プレミアム》であるにも関わらず、友好な関係を築けているのである。
勿論喧嘩や言い争うことは今も変わらずある。しかし、確実に昔と違うことがある。
それはお互いの力を認め合っているということだ。
だからグレイは主義者のようにはならない。当然差別者にも。
そして、さっき聞かされた二人の死を全くもって信じていなかった。
彼らの実力を身を持って知っているグレイにとって、差別者ごときに倒せる二人ではないと何の疑いもなく信じていた。
どうせ今頃二人ともピンピンしているだろう。二人が一緒にいるなら軽口叩きあっているのだろうと、その光景を想像し少し笑う。
「どうしましたマスター?」
「ん? いや、何でもない。それよりミュウ。気付いてるか?」
「はい。二、いえ。三人程の人間が近付いて来ています」
「気配も探れるのな。ホント見た目によらず凄いな」
グレイは気を引き締め直し、周囲を警戒する。
ミュウの言う通り、三人の襲撃者の気配を感じ取ったグレイは練習場へと入り即座に振り向く。
その練習場の入り口からは二発の銃弾と二つの爆弾型の魔道具がグレイとミュウに向かって来た。
グレイとミュウは鏡に写したように全く同じ動きで銃弾を横に移動して躱し、爆弾を蹴り上げる。
爆弾は宙で爆発し、煙を撒き散らす。
まるで双子のようにそっくりな動きで敵からの攻撃を回避した二人は煙でよく見えなくなっていた入り口を凝視する。
「なるほど。確かに一筋縄ではいかないようね」
「ここなら目撃者もいない。魔法を使ってさっさと殺そうぜ」
「焦るな。下手に証拠を残すような魔法を使えば全部無駄だ」
やがて煙の中から先ほどのフーやヤンバークと同じ黒いフードを被った三人の襲撃者が練習場に姿を現す。
「今日は千客万来だな。で、おたくらはどちら様で?」
「それを知る必要はない。貴様はここで死ぬのだからな」
「あっそ」
つまらない返答に辟易しつつ、グレイとミュウは拳を構えた。
「ミュウ。わかっているとは思うが、奴等も俺の敵だ。容赦する必要はないぞ」
「了解。マスターの敵を駆逐します」
敵は三人。こちらは二人。銃を持つ敵もいる。状況は圧倒的に不利。
しかしグレイは恐れない。頼もしいアークと、仲間がいるのだ。恐れることは何も無かった。
「行くぜミュウ。いきなり実戦だが、お前の本気を見せてくれ」
「受諾」
その時、ミュウの体から膨大な無色の魔力が迸った。




