四色の陣 4
「あぁ~あっ! マジかよ。俺以外全滅とかねえわ~」
「何偉そうに言ってんのよ。全部あんたのせいでしょうが」
「はあっ? 俺が何したっつーんだよ!」
「……あえて言うなら、『何もしてなかった』んだよ。お前は。まるで反面教師みたいな戦いっぷりだったぞ」
「んだよそれ。いちいち回りくどい言い方してんじゃねえぞグレイ」
グレイはかなり機嫌が悪くなっているアシュラを横目に見ながら溜め息を吐く。どうせ今言ったところで無駄だと悟り、頭が冷えてから説明する、ということにした。
今は一位チームがイルミナの回復魔法を受けている。一人、アルベローナのみ「わたくし、一切出番ありませんでしたわっ!?」と騒いでいた。
そう。アルベローナは、支援を担当する彼女は一切出番がなかった。否、必要なかったのだ。それほど圧倒的で一方的な戦いだったのである。
「で、次はどっちがやる?」
「私の一存じゃ決められないわよ。皆に聞いてくるわ」
そう言うとエルシアはチームの仲間達の元へと向かい、話し合う。しばらくして、話し合いが終わったのか、エルシアが戻ってくる。
「次は私達がやるわ」
「あいよ。了解」
「……あんた、仲間の皆と話し合った?」
「いや、正直どっちでもいい、ってのが俺らの総意だからよ」
「あっそ。なら遠慮せずに先に勝たせてもらうわよ」
「お手並み拝見させてもらいますよっと」
グレイはへらへらと笑いながら手を振る。ちょうど、一位チームの回復が終わったようで、両チームが砂浜に集結する。
「ではリーダーの発表をお願いします」
「はい。私がリーダーをやります」
スッと手を上げたのはエルシアだった。結局、エコーを説得することは出来なかったようである。
「わかりました。では、先程と同様、三つ目の泡が破裂したら試合開始です」
そして、三つの泡が浮かび上がり、一つ、二つと割れていき、三つ目が割れる。
「皆、陣形を組んで!」
エルシアの指示が飛び、レオン達と同じ《四色の陣》を形成する。より正しく言えば四色ではなく、五色なので《五色の陣》と呼んだ方がいいのかもしれない。
アスカが前線、その後ろにエルシアとシャルル、後衛にはエコーと、マルコシウスが控えている。
「アスカ! レオンをお願い!」
「当然っ! 今度こそ負かしてくるわ!」
アスカは二本の太刀を構えてレオンに迫る。それをレオンは真っ向から受け止める。
「今日こそ勝つッ!」
「まだまだ!」
両者の炎が燃え上がり、剣撃と火花が散る。
「シャルル。私達はカインを落とすわよ!」
「了解でござる!」
一方エルシアとシャルルは遠距離からカインに狙いをすませる。
「《風手裏剣》の術!」
「《ストライク・サンダー》!」
無数の風の手裏剣と、白雷がカインに接近する。
だがカインは白雷を避け、手裏剣を槍で叩き落とす。
「くっ。流石にこれだけ距離があると命中精度が下がるわね。なら、シャルル援護お願い」
そう言ってエルシアは二丁拳銃に魔力を送り込む。その隙を狙われないよう、シャルルがエルシアを庇うように前に出る。
「ん? 何か企んでる……? でもそう易々と思い通りにはさせないよ!」
カインも槍に魔力を集中させ、いつでも動ける体勢を取った。
「全て撃ち抜け。《ホーミング・ショット》!」
エルシアのアークから放たれた二つの光の弾丸は宙で混ざりあって一つになったかと思うと、真っ直ぐカインへと飛ぶ。
カインはその弾丸の直線上から離れようと更に高く飛び上がる。が、それに合わせるように弾丸が軌道を曲げた。
「追尾式の魔法か……。厄介だな。でも、威力はほとんどないと見た。《疾風ノ刃》!」
カインは即座に回避を諦め、迎撃に切り替える。光の弾丸を斬り裂いてすぐにその場から離脱する。
直後、その弾丸からスパークが迸った。二段構えの攻撃。むしろ迎撃を想定した魔法だったのだが、カインはそれすら読みきっていた。
「初見で見切られるとか最悪っ!」
「ふぅむ。敵にすると厄介な相手でござるな、カイン殿は」
普段はシャルル達を率いるリーダー的存在のカイン。だが今は敵として立ちはだかっている。頼もしさが一転、実にやりにくい相手となっていた。
エルシアとシャルルがカインと戦闘を行っている頃、アスカとレオンの方で動きがあった。
「《千火ノ太刀》!」
「《バーニング・ラッシュ》」
アスカの連続斬りを、無数の火球で応戦する。だが、どこかレオンが押されているように見えた。少しずつ後方に下がり、アスカが追撃する。
このまま押しきる。アスカは太刀を強く握りしめながら攻撃を繰り返す。
それが、レオンの罠だと知らずに。
レオンと刃を交えた瞬間、レオンが強くアスカの太刀を押し返したかと思うと、その場から突然高く飛び上がる。
そのタイミングでアスカの前方から逆巻く水流が襲い掛かってきた。
「しまっ──」
アスカはその時点でレオンの罠に嵌まったことを理解した。アスカは、押していたのではない。レオンに少しずつ、少しずつ後衛の陣まで誘導され、弱点である水魔法を使うアルベローナの射程圏内にまで誘き寄せられていたのだ。
アスカは咄嗟に太刀を交差に構えて衝撃に備えるが、防ぎきれずに為す術もなく水流に飲み込まれる。
「アスカ!?」
「フォローに向かわねば一気に突き崩されるでござるよ!?」
「わかってる! ここは任せるわよ! 《レイジング・ライカ》!」
エルシアは光速魔法でカインを抜き去り、アスカの元へと駆け付ける。幸い、アスカはまだ戦闘不能になっておらず、飲み込んだ水を何度も咳き込んで吐き出していた。
「まずは体勢を立て直すわよ」
「うっ……」
「そう上手く行くかな?」
アスカの腕をつかんで立ち上がらせていると、レオンが二人の前に立ち塞がる。
「貴方に私が捕まえられるかしら?」
「確かに光速で移動されたら俺には君を足止めすることすら出来ない。でも、これならどうだい。《ファイア・サークル》」
レオンの詠唱により、エルシア達の周囲に炎が地面から吹き出てきた。その火の大きさも去ることながら、熱量も尋常じゃない。そして何より──
「まずいわ。皆と分断されたわよっ!」
「まさか、これが真の狙いだったの……?」
攻撃の要、アスカ。リーダーで遠距離射撃の要、エルシア。その二人がこのチームの中心であることはまず間違いない。
その二人が同時に身動きが取れなくなれば、他の三人が危ない。
「ごめんアスカ。回復はもう少し待ってて」
「いらないわよ。さっさとこのバカ倒して体勢を立て直さないといけないんだからね!」
「お手柔らかに頼むよ」
レオンは爽やかに微笑み、エルシアとアスカと対峙する。
その頃、シャルルはカインと、突如進軍してきたウォーロックの二人を同時に相手していた。
「《風分身》か。前にも見せてもらったが、中々に手強い技だ」
「でも、近付き過ぎずに倒せば爆風に巻き込まれる心配もない」
「くっ! バラさないで欲しいでござるなっ」
形勢は圧倒的に不利。シャルルにとってこの二人はただでさえ手に負えない相手なのだ。
カインは言わずもがな、クラスで自分より格上の相手。ウォーロックは学年一位で、先月の大会で完敗している。
シャルル自身、この夏期休暇を利用して修行し、あの頃よりは強くなっている。だが、それはこの二人とて同じことだ。それどころか、実力差がもっと開いていることだって考えられる。
そんな心配をしている隙を突かれ、シャルルの腹部にこぶしほどの大きさの岩が激突する。
「ぐぅっ!?」
「畳み掛けるぞ!」
シャルルが怯んだ拍子に、カインが叫ぶ。同時に岩と風の礫がシャルルに激突──
「《アース・ウォール》!」
──する前に、シャルルの目の前に出現した土の壁に衝突する。それとほぼ同時に、シャルルの体から痛みが消えた。
「だ、大丈夫?! シャルルさん!」
「……すまぬ。助かったでござる」
「うんうん。もっと感謝していいんだよ?」
見ると、マルコシウスとエコーがシャルルのフォローに回っていた。
「ふむ。流石だマルコシウス。我とカインの二人の攻撃を防ぐとは」
「確かに。でも、マルコシウス君だけの力じゃないな」
「ピンポンピンポ~ン! それもこれも全部エコーちゃんのサポートのおかげなので~す! 尊敬して咽び泣いていいんだよ?」
一人、場違いな感じがするほどのテンションが高いエコー。
この場にいる人物では、一番序列が低いエコーだが、どこか余裕すら感じられる。
「……ウォーロック」
「うむ。やはりここは支援を断つことが先決だ」
「えっ? なに? 聞こえな~い。ていうか聞きたくな~い」
おちょくるような口振りのエコー。その様子には味方であるマルコシウス達も呆れそうになる。
だが、マルコシウスはすぐにエコーの前に出て盾を構える。
「させないよ!」
「では、先にお前を倒そう」
鎧を纏った拳が、マルコシウスの盾を殴り飛ばす。エコーの防御支援魔法を受けている状態でも威力を殺しきれず、たたらを踏むマルコシウスの隙を突き、カインが抜ける。
「行くぞ!」
「しつこい男はお帰りくださ~い!」
カインの巧みな槍捌きを、何とかギリギリ紙一重で避け続けるエコー。そのエコーは、何故か全く反撃しようとしない。訝しげに思うカインだったが、今は攻め時だと攻撃を続ける。
「《烈風昇波》!」
「おっと!?」
そこに割り込んだのはシャルルの風。どうやら先程受けたダメージはほぼ回復しきったようだ。
「ひゃ~。あっぶなかった~」
「……何故そうお茶らけていられるのか不思議でならんでござる……」
とうとう完全に呆れてしまったシャルルだが、助けてもらった借りもあるのでそれ以上は何も言うことはなかった。
「あらエコー。まだ危機は去ってはいませんわよ?」
だが、突然発せられた声を聞いたシャルル達三人の背筋に何か冷たいものが流れ落ちて全身の毛が逆立つ。
「いやいや……何をやっているのさ、アルベローナさん……」
「暇すぎて来てしまいましたわ」
「三人目……でござるか……!?」
現れたのは、後方支援が仕事のはずのアルベローナだった。羽衣のようなアークをたなびかせながら、こちらに向かって歩いてくる。
「お嬢~。出来れば引っ込んでてくださ~い」
「お断りですわっ」
「……ですよね~。お嬢ならそう言うと思ったぁ~。はは…………最悪」
最後、今まであざとく可愛らしい声を貫いていたエコーがはじめて声のトーンを落としながら呟く。
「さぁお二方。早くここの三人を倒しちゃってくださいな。それでこの試合もわたくし達の勝利ですわ」
「ふん。そうしたいのは山々だがな」
「エコーさんの支援魔法が──」
「あぁ、それならもう解除してありますわ」
アルベローナはさも今思い出したように、そして何てことないように言った。そして言われてからはじめてマルコシウスとシャルルは自分からエコーの支援魔法が消えていることに気付いた。
「いつの間に……?!」
「ついさっきですわ。背中に、何やら冷たいものが流れませんでしたかしら? あれ、わたくしの魔法ですの」
先程感じた悪寒。あれは精神的なものではなく、実際に背中に水を入れられた時の感覚だったのだ。だがそれも言われるまで気付かなかった。
そしてエコーが最悪、と呟いた最大の理由がこれだ。
アルベローナは相手の支援魔法を流し落とすことが出来るのである。
「ふ、ふふふ……。駄目だこりゃ。降参降参~。エコーちゃん一抜けた~」
「「なっ!?」」
まさかの降参宣言にシャルルとマルコシウスが仰天する。そして、その隙を見逃してくれるほど、カイン達も優しくはなかった。
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《ファイア・サークル》を貫くように光線が走り、その穴から出てきたエルシアが最初に見たのは、両手を上げて降参しているエコーだった。次に、ウォーロック、カインの攻撃でノックアウトされたマルコシウスとシャルルが視界に映り、その時点で笛が大きく鳴り響いた。
「あはは……。アスカ達には個人的に負けたけど、チーム全体でなら今回も俺の勝ちだな、アスカ」
「な、な、何やってんのよバカァァァアアアッ!!」
二人の戦闘不能者と、一人の降参により、エルシアチームの敗北が決定した。