四色の陣 3
昼食兼作戦会議の時間が終了し、一同は先程彼らが遊んでいた砂浜へとやって来た。
「まさか、ここでやるんですか?」
「そのまさかですよ。魔術師たるもの、戦場がどんな場所であろうと即座に対応してみせなければなりません。文句を言ったところで戦場を変えてくれる敵兵などいないでしょう?」
まあ、その通りだな。と内心で頷くグレイ。砂浜という足場が非常に不安定な地形と、すぐ近くには大海原。これが今回のフィールドとなる。
だが、グレイの作戦に然したる支障は出そうではない。それどころか、グレイはフィールドがこの砂浜になることを既に予想出来てすらいた。
何故、そのように先読みすることが出来たのか。理由は一つ。キャサリンだ。
キャサリンは引率の講師である。いくら海ではしゃいでいたとはいえ、生徒の監視をほったらかしてまで遊ぶような人ではないとグレイは知っている。なら、何故海に向かったのか。理由は簡単だ。この近海に魔獣が潜んでいないかの調査を行っていたのである。
もちろん、キャサリンはそのことを誰にも、一言も話していない。同じ講師であるイルミナやホークは事情を知っていたが、当然二人も話していない。
だからこれら全てはグレイの予想でしかない。だが、その予想はずばり的中していたのである。
「さぁ。早速訓練を開始しましょう。まずはどのチームから挑戦しますか?」
「んじゃ、俺らのチームから行くぜ!」
「おおっ! 一番槍ッスね!」
「な、何を勝手に決めてるんだっ!?」
「別にもういいじゃないか。男ならシャキッと覚悟を決めな!」
「い、一番目なんて、緊張するよぉ……」
いの一番に名乗り出てきたのはアシュラだ。チーム全員の総意では無いようだったが、もう既に後には引けそうにない状況になっていたため、クロードも渋々と前に出る。
「リーダーはどなたが?」
「結局、間を取ってあたいがやることになったよ」
「カナリアさんですね。分かりました。では、両チーム準備はよろしいですね?」
イルミナが確認を取る。両チームのメンバーはアークを顕現してから頷き返す。
「では、この泡が三つ破裂した時が開始の合図です」
そう言ってイルミナは三つの泡を出現させる。その泡は両チームの間を浮かび、一つ、二つと割れていき、三つ目が割れた瞬間と同時にアシュラが駆け出した。
「《三日月ノ影》!」
開始早々に放たれた三日月型の斬撃。それをレオンが上段から剣を振り落ろしてアシュラの斬撃を弾く。
それと同時にカイン、ウォーロック、アルベローナが移動する。
その様子を見てグレイが呟く。
「まあ。そうなるだろうな」
「あれって……なんだっけ?」
「メイランさん。あれは一番基本の陣形で授業でも習ったはずですよ。忘れたのですか?」
「いや、お、覚えてる覚えてるっ。えっと、《四色の陣》だよねっ」
メイランは慌てながらも何とか正解を思い出したようだ。
《四色の陣》とは、四属性混合型集団戦術の名称である。
レオン達はその中でも一番基本の陣形を取っている。
一番先頭には、攻撃力が高く攻め入る力が一番強いレオン。
二列目には前衛と後衛の両方にすぐサポートに入れるカイン。
三列目には後衛の要であり、防衛の要でもあるウォーロック。
そして最後尾に、回復と支援を担当するアルベローナ。
それぞれの属性の一番得意とする能力を十全に発揮できる最も基本的で強力な陣形。
これがホークが彼らに託したアドバイスだ。各属性の序列一位が、最も自分の力を奮える陣形を提案したのだ。
だがアシュラは陣形を組むことなく、攻撃にばかり目を向ける。黒い大剣を振り回し、レオンと対峙する。
「くっ。これだから……! ゴーギャン! レオンはあいつに任せて僕達は──」
「カインを倒すんスね! 了解ッス!」
クロードとゴーギャンはレオンとアシュラを放置し、カインへと迫る。
「コノハ。援護射撃してやんな」
「う、うんっ!」
それを見てカナリアがコノハに指示を出す。カナリアの指示に答えるよう、コノハは風の矢をカイン向けて放つ。
「甘いよ!」
だがカインは風を操って宙に浮かぶとコノハの矢を叩き落として、クロードとゴーギャンを突風で吹き飛ばす。
「くそっ……自在に空を飛ぶカインをどう倒す……?」
クロードは悔しそうに歯噛みしながら上空を見上げる。風属性の真骨頂、空からの遠距離攻撃。今回は決闘リングのように場外認定される上空制限もない。
何事にも縛られることがない状態の風は自由でとらえどころがない。よってこちらの攻撃が当たりにくくなる。
「カッ!! 高いとこから見下ろしてんじゃねえぞ!! 《羽影》」
クロード達が攻めあぐねていると、そこにアシュラが飛び出してくる。
左腕に纏った影は禍々しい形の翼となり、その翼を大きく羽ばたかせた。
「おめえらはそいつの相手しとけ!」
そう言い捨ててアシュラは上空にいるカインへと襲い掛かる。一方、アシュラと対峙していたレオンはアシュラを追撃するようなことはせず、一直線にカナリアへと迫る。
「不味い! あの馬鹿! ルールを忘れているわけではないだろうな!?」
クロードは大きく舌打ちをして、すぐにカバーに戻る。リーダーであるカナリアが倒されればその時点で終了だ。流石に一発で倒されるほどカナリアも弱くはないだろうが、カナリアの後ろにいるコノハは危険だ。
「行かせないッスよレオン!」
「くっ、ゴーギャン!」
だがクロードよりも早くに動いていたゴーギャンがレオンの進行方向に割り込んで、何とか動きを止めることに成功する。
それを見てクロードは安堵する。が、カナリアが焦ったような表情で叫ぶ。
「違うクロード! 狙われてんのはあんただよ!」
「……なっ──?!」
カナリアの忠告は、あと一歩遅かった。クロードの足元から突如、石柱が出現し、クロードの体を宙に打ち上げる。
「がはっ!?」
「やばい……! コノハ、クロードを回復させるんだよ!」
「はい!」
コノハは急いでクロードの元へと駆けつける。幸い、一撃でノックアウトにはなっておらず、激しく咳き込んでいた。
「待ってて。すぐに回復を──」
「無駄だ」
すぐさま回復魔法を唱えるコノハの耳に、非情な声が響く。
「《アース・クエイク》!」
後方にいる鎧を纏ったウォーロックから放たれた砂浜を走る衝撃が、倒れるクロードとコノハに迫る。
「させないよ! 《ロック・ウォール》!!」
だが、カナリアが即座に岩壁を出現させ、その攻撃を防ぐ。
「ぬおおあっ!?」
そんな時、別の場所で間抜けな悲鳴と砂塵が上がる。
「僕に空中戦を挑むのは、まだ少し早かったようだね」
カインは砂浜に落ちたアシュラを見下ろす。そして横目でカナリア達の様子を確認する。
「レオン君!」
カインは自分の槍を風で操り、ゴーギャンに向かって投げる。
「うおわっ!?」
突然の上空からの奇襲に、ゴーギャンは大きく飛び退く。
その隙にカインはレオンにジェスチャーを送る。それを受けたレオンは魔力を剣に集中させる。それと平行してカインはカナリアの岩壁に向かって風の刃を飛ばす。
「《断ち風》!!」
凄まじい速度で飛来する風の刃は、カナリアの岩壁を容赦なく両断する。それに驚いている余裕を与える暇もないほどのタイミングで、レオンが必殺の一撃を叩き込んだ。
「とどめだ! 《ブレイズ・ブレイド》!!」
燃え盛る紅蓮の炎がカナリア達を飲み込み爆発した。
~~~
「だぁあっ! くそ! あのやろ……」
アシュラは口に入った砂を吐き出しながら、宙を見上げる。かなりの高さから落ちたが、砂がクッションになったおかげか、ほとんどダメージはない。
アシュラは大剣を杖代わりにして立ち上がり、魔力を練る。
「打ち落とす!」
大剣を下段に構え、カインに狙いをすませる。そして、勢いよく振り上げようとした瞬間に、右前方から火球がアシュラに向かって飛んでくる。即座に攻撃を中断し、大剣を盾代わりにして防御する。
「邪魔すんじゃねえ!」
「断る。もう少しなんだ。邪魔させてもらうよ」
意味深な言葉を呟きながらアシュラに接近するレオン。頭に血がのぼっているアシュラは、レオンの発した言葉など、まるで理解しようとしなかった。
ただ単純に、向かい来る敵を斬り伏せる。そのことのみを考えていた。
その一方で、レオンの強烈な一撃を受けた三人の様子がようやく確認できるようになった。
カナリアは斧を地面に突き刺し、肩で息をしているが、何とか無事のようだった。しかし、回復に専念していたコノハと、既に満身創痍だったクロードは完全にダウンしていた。
「……こりゃちぃっと、キツいもんがあるね……」
「さっきのを耐えたのか。すごい……」
強がりを言うカナリアだが、限界は近いようだ。幸い、レオンの追撃はなかったが、まだ敵は四人全員残っている。この状況を打開する方法が絶望的なまでに思い付かない。
そして、思考を飛ばしていたカナリアに向かって、カインは小さく称賛し、魔力を練り上げる。
「じゃあ今度こそ。《タービュランス・ヴォルテックス》!」
吹き荒れる暴風がカナリアへと迫る。ただでさえ、息も絶え絶えだというのに、ここに更に弱点属性の攻撃を受ければ確実にやられる。
そう頭では理解していてもカナリアの体は動かない。動かせない。万事休すか、と思った次の瞬間、カナリアの前にゴーギャンが立ちふさがった。
「《バーニング・ナックル》!!!」
渾身の一撃を叩き込んだゴーギャン。カインの風を燃やし、勢いを殺す。だが、全て燃やし尽くすことは出来ず、カナリアもろとも吹き飛ばされる。
「くっ!」
「うわあぁっ!?」
ゴーギャンとカナリアは砂浜を何度か跳ねて、倒れ込む。何とか立ち上がろうと体に力を入れる二人だったが、その頭上に巨大な岩石が落ちてくる。
「《ロック・フォール》」
ウォーロックの魔法で出来た岩石が落ち、砂浜に衝撃が走る。同時に、イルミナが笛を鳴らした。
「そこまで! 試合終了です」
その言葉を聞き、レオンは攻撃を止める。そしてようやくアシュラが周囲を確認した。
「…………あぁっ?!」
アシュラのチームは、アシュラ以外の全員が戦闘不能となっており、完全敗北を喫した。