港町 アプカルコ 3
「キャシー。聞いてるの? 貴女も講師になったのだからワクワク遠足気分でいられては困るのよ?」
「イルミナ……。わたしが、悪かったので、寝かせてくださ、い……」
キャサリンは朝のことをイルミナに叱られていたが、半分以上は眠気のせいで右から左に受け流してしまっている。
イルミナの隣に座るホークからも凄く厳しい視線を向けられていたが、それには幸か不幸か気付いていない。
「くぅ……」
「うう……。ミュウちゃんが、羨ましいのですよ……」
そのキャサリンの隣にはミュウが座り、小さく寝息をたてていた。
「キャシー?」
「わかりました、わかりましたからぁ……」
キャサリンが説教を受けている頃、生徒達はそれぞれ会話をしたりゲームをしたりと、それなりに賑やかにやっていた。
「えっ?! あの量の課題を一週間で終わらせたんスか?! マジ尊敬ッス!」
「ふん。あれくらい余裕だ」
「あわわ……。なんだか緊張してきた……」
「あっはは。今更何言ってんだい。女は度胸だよコノハ」
「うぅっ……ちょっと酔ったかも……」
「大丈夫でござるか、アスカ殿」
「エコーが思うに、マルコ君って女装したら絶対似合うと思うんだよねっ」
「や、やだよ! 絶対しないからね?!」
「ねえねえラピスちゃん。乗り物に乗りながら読書するのしんどくない?」
「…………別に?」
「あの女ァ……。代表に手出したらタダじゃ済ませへんからなぁ……!」
「誰か助けてくれ。隣の女の子がめちゃくちゃ怖ぇ……」
「何だか前の席からおぞましいオーラが見える気がするんだけど」
「奇遇だねレオン君。実は僕もなんだ……。あと、友人が助けを求めているような声も聞こえたような気もする」
「む~。次ですわウォーロック。次こそわたくしが勝ちますわ」
「…………そもそもババ抜きというのは二人でやるべきものではないと記憶しているのだが?」
「眠気は襲ってこないけど、地味に腹が減ってきた……」
「何ならお菓子でも食べる? ミュウちゃんのために持ってきたやつだけど、これだけ席離れてたら渡せそうにないし」
「おっ、流石エリー。気が利くな。じゃ遠慮なく」
「何言ってんのよ。あんたにはあげないわよ?」
「おいおい。俺が愛しいのはわかるな、ツンデレはいい加減に──いや、悪かった。お前はツンデレじゃない。オーケー。十二分に理解した。だからその今にも俺を殴りかかりそうになっている拳をゆっくり下ろせ」
「お前ら、本当に仲良いな」
「良くないわよ!!」
「良くねえよ!!」
…………ある意味、とても混沌としていた。
だが、ある一部を除いては、基本的に友好的に話せているようで、良い兆候だと講師達は安堵していた。
今回の合宿の一番の目的が、各クラスの連携強化なのだ。だから第一段階はクリアしているように思える。
そんな混沌の巣窟となった車はひたすら南東へと走り、やがて車窓から海が見え始めてきた。
「「「おぉ~」」」
車内では感嘆の声が上がる。生徒達の中には海自体を初めて見る者もおり、当然テンションも上がってくる。魔術師とはいえ、彼らはまだ子供なのだということがよくわかる。
余談だが、その感嘆の声を上げた者達の中に一人、見た目は子供、思考回路も半分子供な大人がいたりした。
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そして車はようやく目的地であるアプカルコへと到着した。
ぞろぞろと車から降りる生徒達。若干一名がグロッキーだったが、それ以外は何事もなく、そこから徒歩で彼らが宿泊する予定となっている宿舎へと向かう。
グレイは集団の一番後ろを歩きながらアプカルコの町並みを見回す。町には水路が走り、全体的に爽やかなイメージを与えてくれていた。
「この町も、あんま変わっちゃいねえな」
「えっ? あんたここに来たことあるの?」
「まあな。随分と昔に一度だけ、な。それにその時はこうやってのんびりすることもなかったし。実質的に言えば初めてと言っていいんだが」
「知れば知るほど何者なのかわからなくなるわね、あんたは」
「ありがとう。誉め言葉として受け取っとく」
「一体どの辺りに誉め要素があったのよ……?」
呆れるエルシアを余所にキョロキョロとおのぼりさん丸出しといった感じで町を眺めていると、何やら言い争う声が聞こえてきた。
「……悪いエルシア。先行っといてくれ」
「何? どうしたのよ?」
「便所か?」
「そんなとこだ。上手く言っといてくれ」
「じゃ、腹痛で死んだって伝えとくぜ」
「やめろ」
「なら、腹痛で社会的に死んだ、にすっか?」
「尚更やめろ! そっちの方が面倒なことになるだろ。とにかく、任せたからな」
「あっ、ちょっと!」
グレイはさっさと走っていってしまい、残されたエルシアとアシュラはやれやれと肩を竦めた。
「まあ、こっちにミュウちゃんがいれば宿舎には問題なく戻れるし、言い訳は普通に迷子になったで済む。後の問題は──」
「新しく問題を拾ってこないか、ね」
厄介な事にならなければいいが、と思う二人だった。
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自ら問題事に首を突っ込むグレイは、先程聞こえた言い争いの元凶を見付けた。水路の上に架かった橋の上。三人の男が何かを取り囲んでいるようだ。
見ると取り囲まれていたのは一人の少女と、一匹の亀だった。
「オイコラ、このちびガキ! そんな鈍亀に乗って道の真ん中をのたのた歩いてんじゃねえよ。邪魔なんだよ!」
「つーか平然と魔獣使ってんじゃねえぞ?! ガキの癖して生意気なんだよ!」
「いい加減にしねえとその亀ごと蹴飛ばすぞおう?!」
見るからに町のチンピラ、といった感じの三人組。正直酷く辟易としたのだが、わざわざ抜け出してまで来たのだ。このまま帰るのも気が引けるということで、グレイは頭を掻きながらそのチンピラに話しかける。
「あぁ~。もしもし、そこのお三方。もうその辺にしてやっちゃ貰えませんかね。相手も小さい子供なんですし」
「あぁっ!? 誰だてめえ」
「何だ? このちびガキの身内か?」
「いや、違いますけども」
「だったら引っ込んどけや。てめえから蹴飛ばすぞ?!」
何でこのチンピラ達はこうもイラついているのか、と気になったが、皮肉なことに、つい最近起きた事件のお陰ですぐに理解した。
「なぁ。男の嫉妬は醜いだけだと思うんだが」
「「「なっ!?」」」
図星を突かれたような顔をするチンピラ三人。やっぱりか、とグレイは溜め息を吐く。
この三人は《コモン》なのである。魔力も全く感じないし、ほぼ間違いないだろう。
《コモン》とは魔力を持たない一般人を指す言葉だ。そんな彼らにとって魔術師は羨望と嫉妬の対象となっている。
そしてそこの少女は魔獣を使役している。いや、少女のことをよく見ればまだ魔法が使える年齢ではないように思う。
つまり《仮契約》、もしくは調教された魔獣を親か誰かに貸し与えられたかのどちらかだろう。
《仮契約》とは、《調練魔術師》の家系でよく見られるものだ。
その内容として、いずれ魔術師になり、《契約者》になる予定の子供に、早くから魔獣を従えさせ、共に成長させるシステムのことを指す。
貴族の《契約者》の殆どは幼少から魔獣を親から与えられている。絆という強い力を育むためにだ。
《調練魔術師》は、魔獣との絆を重んじる。そして実際にその絆が力に変わることもある。
つまり、その少女は貴族で魔術師候補者である可能性が窺い知れる。それがチンピラ三人にとって面白い話ではないのだろう。
勿論、彼らのような《コモン》の気持ちだってわからないではない。《コモン》は何があっても魔術師になることは出来ない。悔しく、恨めしく思う気持ちがあっても仕方がない。
しかし、だからと言って何の関係もない少女を三人がかりでいじめていい理由にはならない。決してだ。
「ほら。さっさと帰れ帰れ。いい加減不審者扱いで通報されるぞ?」
「て、てめえ……。いい度胸じゃねえか! 死に曝せやぁぁあ!!」
まるで素人の拳がグレイに迫る。
そしてグレイはその拳を──まともに受けた。かと思うとそのまま足をもつらせて後頭部を橋の手すりの角にぶつけ、地面に倒れ伏した。
「はっ! ざまあねえ! 調子乗って格好つけっからそうなんだよ!!」
「…………いや、ちょ、待てよ?! あいつ、全然動かないぞ」
「………………あっ?」
うつ伏せに倒れたため、グレイの顔を見ることは出来なかったが、三人の中の一人が言う通り、先程からピクリとも動かないグレイを見て、実際にグレイを殴った男が細かく震えだす。
「お、俺じゃねえぞ!? 俺が殺ったわけじゃねえ!! そいつが勝手に転んだだけだろ、そいつがっ!!」
だが白昼での出来事だ。目撃者も複数おり、その視線が彼らに注がれる。
それに堪えられなくなったチンピラ三人は思わずその場から走り去っていった。