港町 アプカルコ 2
長い時間をかけてようやく水着を買い終えた一同は揃って学院へと戻り、アスカ達と別れたグレイ達は《プレミアム》寮へと帰りつく。
「おぉ、なんか懐かしい感じがする」
「俺は全く懐かしく感じないがな……」
「そりゃそうでしょ。あんたは夏休みのほとんどをここで過ごしたんでしょ」
「あはは……。わたしも全く懐かしく感じませんよ」
「「ご愁傷さまですキャシー先生」」
「お前らな……」
激しく侮辱されているが、キャサリンを長時間拘束したのは紛れもない事実であるため、アシュラは拳を強く握り締めながらも、その怒りをどこにも発散させることが出来なかった。
「でもまあ、いいですけどね。それに明日はとうとう合宿ですし」
「地味にテンション高いですねキャシー先生」
「海は随分と行ってませんからね。久し振りなのですよ」
キャサリンはまさしく明日の合宿が楽しみ過ぎて眠れない子供のようなテンションで、グレイ達もやや苦笑する。
引率として着いてくるとはいえ、キャサリン達講師にだって自由な時間は与えられる。それが今から楽しみなのだろう。
「さあ。素早く明日の準備を終わらせて、早く寝てくださいね。寝坊はいけませんよ。特にグレイ君」
「へ~い」
「返事は『はい』なのです!」
キャサリンの号令で各自部屋へと戻ると、明日から始まる合宿のための準備を整えてから眠りに就いた。
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そして合宿当日。校門前には各クラスの序列上位者と講師達が集まっていた。
「…………キャシーちゃん?」
「ふぁい?! お、起きてるのですよ? 寝てなんかないのですよ!?」
とか何とか言ってはいるが、またもや立ったまま眠ってしまいそうになるキャサリンを見て、三人は盛大に溜め息を吐く。言い出しっぺがこれでは全くもって示しがつかない。
どうやら、一番寝付きが悪かったのはキャサリンのようだった。本当に子供のような人だった。
「はいはい。皆さん揃いましたね」
パンパン、と手を叩いて皆の注目を集めたのは、今回の合宿の引率を引き受けた《セイレーン》の代表講師、イルミナ=クルルだ。その隣には同じく引率を引き受けた《ハーピィ》の代表講師、ホーク=スフィンクスが立っている。
イルミナが立ったまま寝ようとするキャサリンを一瞥して、小さく首を横に振る。
だが一々構ってられないのか、キャサリンはそのまま放置して話を始めた。
「今回は全クラス合同の合宿です。引率を務めるのは私とホーク先生、そしてキャサリン先生です。この合宿の目的は、皆さん既に承知していると思います。なので、全員仲良く合宿を乗り気って頂きたいと思います。あと、家庭の事情とのことでグレイ君の妹さんも同伴するようなので、皆さんよくしてあげてください」
皆の視線がミュウへと注がれる。中には訝しげな目をする者もいたが、文句が飛んでくるようなことは無かったのでまずは一安心だ。
「それで、目的地はここより南東方面にある港町、アプカルコです。観光地として有名な町ですね。ですが町の方へは我々講師の許可なく行くことは禁じます。いいですね?」
気のせいか、《プレミアム》三人の方を見ながら言っているように感じる。いや、まず間違いなく《プレミアム》三人に対して釘を刺したのだ。何せ彼らには無断外出の常習犯だ。充分に注意しなければならない。
しかし彼らは今回は素直に返事をした。もし、無断外出なんかして強制送還なんて目には会いたくないからだ。
「それでは、はい。そろそろ行きましょうか。車内の席順は決まっていますのでホーク先生の持つ紙を見てしっかり自分の席に座ってくださいね」
今回も移動は大型魔法四輪だ。だが今回は皆で一つの車に乗るようである。グレイ達三人は少し嫌な記憶を思い出したりしたが、キャサリンが運転するわけではないので安堵の息を漏らす。
キャサリンは運転すると性格が変わるタイプだったのだ。スイッチが切り替わるまではむしろ遅いくらいの安全運転なのだが、一度スイッチが入ると、絶叫間違いなしの暴走車に変貌してしまうのだ。
その時のことを思い出してしまった三人は、車に乗る前から軽く酔いそうになる。
「ほら。君達も早く」
気付くともうほとんどの生徒達は車に乗り込んでおり、残っているのはグレイ達だけだった。
キャサリンを起こし、ホークの持つ紙を見る。そして、それぞれの名前を見付ける。
「「「…………ん?」」」
だが拭い去れないほどの違和感に気付き、二度見、三度見ぐらいする。
その座席表は属性バラバラに指定されている。
まず一列目が講師三人とミュウ。
二列目にゴーギャンとクロード、カナリアとコノハ。
三列目にアスカとシャルル、マルコシウスとエコー。
四列目にソーマとクリム、メイランとラピス。
五列目にレオンとカイン、アルベローナとウォーロック。
そして、一番後ろの座席に、グレイ、エルシア、アシュラの名前が書かれてあった。
「「「何故俺(私)達だけっ!?」」」
その如何にも仲間外れ感のする席順に思わず大声を出してしまう。
「何でこのいつもの面子なんすか!?」
「変えてください。最悪私だけでも!」
「そりゃ俺の台詞だぜエリー。お前はまだマシだろ。隣がグ──って、危ねぇっ!? くっそ! 合宿行く前にくたばってたまるかっ!」
「こら、早く乗らんかお前達っ! あと席順を変更することは出来ない。大人しく乗れ。嫌なら置いていくぞ」
流石に置いていかれるのだけは勘弁してもらいたいグレイ達三人は、渋々一番後ろの席に並んで座る。
「では、道中気を付けてな」
「はい。ガンド先生。留守をお願いします」
「あぁ。学院長からも頼まれている。案ずるでない」
《ドワーフ》の代表講師、ガンド=メギルに見送られ、ミスリル魔法学院の生徒を乗せた車はようやく出発した。
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──ちょうどその頃。水平線が広がる大海原の上に一隻の巨大船が浮かんでいた。
その巨大船に乗る船員達は皆慌ただしく船内のあちこちを走り回っていた。
「いたか?!」
「いや、こっちにもいない。あぁくそ! 一体どこに行っちまったってんだ!?」
「まさか、海に落っこちたりしてねえよな?!」
どうにも、迷子を探しているようだ。あまりにも広い船の中、探し出すだけでも一苦労である。
そんな慌てる船員達に、着物を着た優美な女性が声をかけた。
「あらぁ? まだあの子は見付からないのかしら?」
「か、頭!? すみませんっ!! でも、どこにも見当たらなくて!」
「う~ん。たぶん、どこかに散歩に出ちゃったのかもしれないわねぇ」
と、その女性はどこか緊張感のないことを言う。だが散歩と気楽に言うが、ここは大海原の上だ。そんな簡単に散歩が出来るわけもない。
まだ船内を散歩していると言うならあり得なくもないが、どうもそういう意味ではないらしい。
「でもまあ、あの子にはタロウさんが側にいるでしょうし、余程のことがない限りは大丈夫よぉ。それで、ここから一番近い陸地はどこかしら?」
「は、はいっ。ここからだと…………アプカルコの港町が近いです!」
「アプカルコ、ねぇ……。仕方ないわ、あの子のためですもの。進路をアプカルコに変更なさい。これは予想だけど、あの子はそこに向かったはずよ」
「はぁ……。それはわかりましたが、何故アプカルコにいるとお思いになるのですか?」
「そうねぇ……。女の勘。あと、親の勘かしらね。ほら、早くしなさいな」
「は、はいっ! 只今!」
命令を受けた船員は急いで駆け出していき、その場にいたもう一人は再度船内を確認してくるとその場を離れた。
一人になった彼女は、アプカルコのある方角を見つめ、薄く笑う。
「うふふふ。あの子ったら、好奇心旺盛になっちゃって。タロウさんもあの子の側にいて、色々よくしてあげてとは言ったけれど、わざわざ陸地なんかにまで連れて行ってあげなくてもいいのに。帰ったらお仕置きが必要かしらね」
巨大船がゆっくりと進行方向を変えるのを感じながら、その女はひたすら青く広がる大海原を眺め続けていた。