夏期休暇の目的 5
それから更に数日が経ち、連日のヴォルグとの修行のせいで、眠たくてしょうがないグレイはまた一つ大きな欠伸をしながら前を歩くヴォルグの後を着いて歩いていた。
「それで、今日は何なんだ? 俺今日ここ発つつもりなんだけど?」
「わあってるっての。だからその前に他の隊長達にも顔を見せとけってんだ」
「……めんどい」
「お前ぇなぁ……」
そんなことを話しながら、ようやく到着した場所は通信室。各地に存在する《シリウス》の支部と連絡を取る際に使用される部屋である。
中には少し大きめの水晶が三つ。魔道具である。ヴォルグがそれらを起動させると、宙に映像が映し出される。
そして映し出された三つの映像にはそれぞれの支部の隊長の顔があった。
『どうも。お久し振りですねグレイ君』
「……マクダスさんも、いつも通り元気そうっすね」
『ほっほっ。これは単に死に損なっているだけですよ』
そう言って朗らかに笑っているのは東方支部隊長であり、現在の《シリウス》で一番の古株、マクダス=ウェッジウッドである。
四人の隊長の実力は拮抗してはいるが、誰が一番なのか? と問われれば、誰もが彼の名を出すほどの力量を持ち、実質《シリウス》最強と言われるほどの人物である。
『おやぁ~。何だガキんちょ。ちったぁマシな男になってんじゃないの』
「うっせえエロボケじじぃ。お呼びじゃねえんだ、引っ込め」
『相変わらずおじさんには冷たいねぇ~』
グレイをガキんちょ呼ばわりする無精髭を生やした男は西方支部隊長、バロム=ヒュアラン。ふざけた態度が目立つ彼だが、ヴォルグとほぼ同時期に《シリウス》へと加入し、数いる隊員を全員薙ぎ倒して隊長になったという逸話を持っている。
そんなバロムは映像の向こうでわざとらしく傷付いたようなフリをする。それがフリだとわかっているグレイは全力で無視をすることにした。構うと余計に面倒だからである。
『あっははは。エロボケじじぃとは言い得て妙じゃないかバロム隊長』
グレイの発言に、腹を抱えて笑っているの女性は北方支部隊長、ジュリア=マロンクロッソだ。モデルだと言われれば何も疑うことなく信じられそうなほどの美貌を持ち合わせていながらも実力は確かである。
《シリウス》の隊長の中では一番若いがとても人望も厚い。
この四人が、世界に誇る最強の魔術師団を統べる隊長達。映像越しとはいえ、錚々たる顔ぶれである。
そんな中一人浮いた存在であるグレイは眠たそうな顔で問う。
「で、何か用か?」
まるで年の近い友人に話し掛けるかのようなその態度。普通の神経をしていれば《シリウス》の隊長を前にすれば少なからず緊張するはずなのだが、グレイはそんな素振りは一切見せない。
しかしそんな彼の態度は昔からだ。唯一マクダスに対してだけは敬意を込めてさん付けをしているが、他の三人には結構辛辣なのである。
だがそれこそ今更なことなので誰もグレイに注意をすることなく、代表するかのようにマクダスが口を開く。
『学校は、どうですか? 楽しいですか?』
「…………へ? まさか、それ聞くためだけにわざわざ集まったんすか? 最強の魔術師団である《シリウス》の隊長様方が?」
わざと皮肉っぽく言ってみせるグレイだが、マクダスは変わらずニコニコ笑っているだけである。
グレイはどうにもその笑顔が苦手だった。仕方なく顎に手を当てしばらく考える。
「………………さあ。どうなんすかね」
そしてようやく出した答えは何とも曖昧なものだった。それを聞いた全員が目を丸くする。そして──
『ふふっ』
『だははははっ!』
映像の向こうにいるとジュリアとバロムが一斉に笑い声を上げた。
「ちょっ!? 何笑ってんだよ!?」
『ふふふっ。いや、済まない。そうか、わからないのか。ふはっ!』
『ははははははっ! あぁ~笑った腹いてぇ。つか、おじさん笑いすぎて涙出てきたわ』
「ったく、お前ら……。つーかマジで用事これだけなんだったらもう俺帰るからな! もう一ヶ所寄って行きたい場所もあるんでな!」
『ほう。そうですか。ならあまり引き留めても迷惑をかけますね。では、グレイ君。また元気な姿を見せてください。次は学校での思い出話を聞かせてくださいね』
「気が向けば」
グレイは言葉短くそう言い残して早々にその部屋から出ていく。そして部屋には四人の隊長だけが残る。
グレイが出ていってからもしばらくの間バロムとジュリアは笑い続けていたが、それもようやく止まり、ジュリアがボソッと呟く。
『そうか。上手くやれているようで安心した』
グレイはそんなことを一言も言っていないのに、何故そう思うのか。
理由は実に単純だ。ジュリアは、他の三人も、グレイの性格をよく知っている。優柔不断で面倒くさく、全くもって素直でないその性格を。
グレイがもし、本気で学院生活に不満を持っていたのなら、あんな曖昧な返事はせずに率直に不満を口にしたであろう。
だがそうしなかった。つまり、何だかんだありながらも学院生活を楽しめているということなのだ。
ジュリアは目を指で軽く擦り、ヴォルグの方を見る。
『グレイを学院に行かせたのは、正解だったみたいだな。ヴォルグ隊長』
『だな。随分と丸くなってたしよ』
バロムも頬杖を突きながら同じように評価し、ヴォルグも軽く笑いながら頷く。
「あぁ。正直、どうなることかと心配してはいたけどな。まあ、シエナが言うにはまだ危なっかしいところはあるみたいだが……」
『例の《天神衆》の件ですかな』
ヴォルグは神妙に頷く。シエナからの報告書には、《天神衆》の狙いは学院生と、学院にある何かであったと書かれていた。その何かとは何なのかは秘匿情報とされ、シエナにすら教えられはしなかったようだが、今の問題はそこじゃない。
問題は、グレイはそれを一人で解決しようとしたことだ。
最終的にはグレイのクラスメイトと担当講師も助力したとあるが、途中までは確かに一人で動いていたようで、ヴォルグはふと過去を振り返る。
「またあの頃みてえに、全部一人で片を付けようとしたわけだ」
初めて出会った、あの頃のように。
『あまり思い詰めないことですよ、ヴォルグ君』
「……はい」
マクダスの言葉にヴォルグは少し遅れて返答する。だが、ヴォルグの目はしっかりと前を向いていた。それに満足したマクダスは、ようやく本題に入ることにした。
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ちょうどその頃、グレイはミュウを連れて支部を出ていこうとしていた。ちなみにそのミュウもまたとても眠そうな顔をしている。
そんなミュウを連れて、出入り口の扉を開く。
「あれ? れーくんどこ行くの?」
「うげ……」
そしてタイミング悪くたった今帰還したシエナと鉢合わせてしまっていた。
「え? その荷物……。もしかしてもう帰るの!?」
「あぁ。ヴォルグとの修行も一段落したし、他にも行っておきたい場所とかもあるしな」
「そっかぁ~。また離ればなれだね……」
「いやいや。お前も仕事でまともにここにいなかったろ。それに夏期休暇が終わればまた会うことになるだろが」
「それはそれ。これはこれだよ」
なんとも面倒臭い言い分だった。これ以上は付き合っていられない。
「それじゃ俺らはもう行くから」
「はいはい。いってらっしゃい。ミュウちゃん、れーくんのことよろしくね」
「……はい」
ミュウはコクンと頷き、先を歩くグレイの後を追う。シエナは、結局ミュウのことを詳しく知ることが出来なかったなと、少し残念に思いながら二人の背中が見えなくなるまで眺め続けていた。