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問題児達の稀少魔術《プレミアム・レア》  作者: いけがみいるか
四章 プレシャス・バケーション
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それぞれの休日 4

「……あぁ。ご苦労。あとはゆっくり休んでくれ」

「はっ。では失礼します」


 部下の報告を聞き終え、その部下が部屋を出ていくのを見送ってから、男はキセルを口にくわえて吸い込んだ煙を吐き出した。


「未だ動きを見せねえ、か。一体何を企んでやがんのか……」


 今回彼が部下に命じて調べさせていたのは、とある犯罪組織の動きである。その組織の名は《閻魔》。

 その《閻魔》は数ヶ月前、ミスリル魔法学院を襲撃した。幸いその時差し向けられた実行部隊は全員捕縛し、目立った被害も出なかったのだが、それは本当に幸運だったと言わざるを得ない。


 《閻魔》は学院内部に仲間を潜り込ませていたため、油断していたのか、それとも舐めていたのか、少数の人間のみを作戦に投入した。

 しかし彼らは逆に返り討ちに会い、投獄された後、そのほとんどが自害した。


「『いずれ我らが誇り高き《閻魔》が貴様らを地獄の底に引きずり落とし、獄炎のほむらにて処刑する』ねえ……。この言葉が嘘でないなら、いずれ学院に対して復讐しに来るはずだが」


 その言葉は、自害した《閻魔》の男が遺した言葉だった。これは苦し紛れに発した言葉でも、こちらを騙すための狂言だとも思えない。《閻魔》は実に簡単に、残忍に人を殺せる組織だ。金を積まれればどんな仕事をも請け負う。殺しも、誘拐も、町を焼き払うことすら平然とやってのける。


 今回の事件は仲間からの要請だったらしいが、それが逆に彼らの怒りを買った原因にもなっていた。

 送り込んだのが末端の人間だったとはいえ、《閻魔》の名に泥を塗った学院を、彼らは決して許さないだろう。


 だからこそ、こうして厳密に調査を行っているわけだが、不気味なほどに動きが無く、最近の頭痛の種だった。


 ちょうどその時。コンコン、と扉を叩く音を聞き、扉の方を見ると──。


「──はっ?」


 眼前に、その扉が飛んできていた。何の比喩的表現でもなく、言葉通りの意味で。


「ぬおわああああっ!?」


 思わず座っていた椅子ごと後ろに倒れ、ギリギリ扉の直撃を回避する。扉はそのまま窓を突き抜け、外へと落ちる。


 割れた窓の外からは何人もの悲鳴が聞こえてくる。何事だっ?! という誰かの声がする。慌てふためく隊員達だったが、次の一言で全員が落ち着きを取り戻した。


「どうやらシエナさんが帰ってきたらしい」


 その報告を聞いた途端、誰もが『あぁ、なるほど』と納得し、いつもの日常に戻っていった。

 つまり、これが彼らにとっての日常なのだ。最近はそのシエナが長期出向中だったため、久し振りの不意打ちだったから驚いただけなのであった。そして、そのシエナは──


「こんのアホ隊長おおおお!! 何でこのタイミングで帰還命令なんか出してんですかぁぁあ! 折角れーくん達と海行く予定だったのに、全部パァですよ!! こうなったらここで隊長を消し炭にして海に行くことにします!」

「します! じゃねえよ馬鹿がっ!! 危うく俺の死因が圧死になるとこだったろうが! あとお前は講師である前にうちの副隊長だろうが! そんなお前が夏休みだなんて、下の者達に示しがつかねえだろうが!」

「あっ! 隊長またタバコ吸ってましたね!? 臭くなるからやめて、と何度言えば理解するんですかその頭はっ!?」

「うるせえ。それよかお前こそいい加減大人になりやがれ!」


 扉、があった場所には、先程聞こえてきた名前の人物、シエナが立っていた。


 シエナが文句をぶつけた相手は《シリウス》南方支部隊長、ヴォルグ=アルジェリオだ。


「つーか、扉蹴破ってくれてんじゃねえよ! 今ので誰か怪我してたらどうすんだ!」

「大丈夫です。これくらいの奇襲で怪我する奴、この部隊には…………数人くらいしかいません!」

「いるんじゃねえかよ! なら控えろよ!」

「でも死ぬような軟弱者はいません!」

「問題はそこじゃねえよ!」


 ミスリル魔法学院で講師をやりだしたから、少しは常識を身に付けてきたかと思ったが、そんなことは無かったとヴォルグは更に頭を抱え、厄介の種が一つ増えたことを嘆いた。


「はぁ……。だから嫌だったんだよ、お前と帰るの」


 そう呟いたのは、シエナの後ろにいたグレイだった。


「ん? グレイ。お前も戻ってきたのか?」

「ほとんど無理矢理に、な」


 そう言ってシエナをジト目で睨むグレイ。それだけでヴォルグは全てを察した。その時、ヴォルグの視界に見慣れぬ少女が映った。


「おや? そちらのお嬢ちゃんは一体……?」


 その少女は、ところどころがグレイと似通っていた。灰色の瞳と髪。どこか眠たげな目付きをしているところまで。

 まるで、グレイに妹がいるなら、こんな姿をしているのだろう、と何気なく思っていたところに、グレイが告げた。


「生き別れになってた妹のミュウだ」

「よろしく、お願いします」

「……………………はぁ?!」


 それを聞いたヴォルグはポカンと口を開け、くわえていたキセルが床へと落ちた。


~~~


「シエナさんお久し振りです」

「シエナ師匠! このあと手合わせお願いできませんか?!」

「聞いてくださいよシエナさん。隊長ってば酷いんですよ!」

「シエナさんっ! さっきの扉、めっちゃ痛かったんですけどっ!?」

「待って待って。わかったわかった。一人ずつ話聞くからまずは落ち着いて! とりあえず最後の君はまず医務室行って!」


 シエナ帰還の報は即座に隊員全員に知れ渡り、彼女を慕う者達が集まってきていた。


 それを見てちょうどいい、とグレイはミュウとヴォルグを連れ、別の部屋へと移った。


「話がある」

「なんだわざわざ別の部屋にまで連れてきて。もしかして、その嬢ちゃんの説明をしてくれるのか?」

「まあ、お前にだけは言っておこうかと思ってな」

「……あと一言言っとく。年上には敬語使えアホ」

「ニコ中ジジイに使う敬語は持ち合わせていないでござりまする」

「殴り飛ばすぞこら!」


 額に青筋立てるヴォルグだが、グレイがわざわざ人目を避けるようにしているわけが少し気になり、どうにか拳を抑える。


「それで早速で悪いが、ミュウのことなんだがな。実はこいつ──俺のアークなんだ」

「……はあ??」


 ヴォルグは先程以上に呆けた表情になる。次は何とかキセルを落とさずに済んだが、さっきよりも驚きがでかい。まだ生き別れの妹だと言う方が信憑性が高いとすら思えた。


「ま、すぐに信じられないのもわかるが、紛れもない事実だ」

「待て。じゃあ何か? その嬢ちゃんは、人型のアークだとでも?」

「そういうことになる」


 ヴォルグはしばし黙り込む。グレイはよく嘘を吐く。だが、今回のこれが嘘とは思えない。なんせ、そんな嘘を吐いたところで何の意味もないからだ。

 だとすれば、それは非常に面倒な話だ。


「…………それを、その事実を知ってる人物は?」

「俺のクラスメイトと担任講師。あと、恐らく学院長も感付いてるはずだ。ちなみにシエナには詳しいことは話してないから余計なこと言うなよ」

「そうか。確かにあまり公にするのも躊躇われるわな。……だが、何でシエナにも黙ってんだ?」

「自分の不利になる情報ってのは基本秘匿するものだろ。シエナは今は学院の講師。しかも《イフリート》の講師だ。《イフリート》の生徒にこのことを漏らされては後々困るからな」

「…………秘密主義もここまで来ると病気だな。で、そんなお前が俺にそのことを話したわけは?」

「学外の人間にも一人くらいミュウのことを知っておいて貰ってる方が今後のためになると思ったからだ」

「で、俺か。そりゃ光栄なこった」

「他にいなかっただけだ」

「その一言は余計だ」


 そう言ってヴォルグは軽くグレイの頭を殴ろうとするが、グレイはそれを軽く躱す。


「避けんなよ」

「暴力上司とか最低だぞ? ヴォルグ」

「生意気な部下も大概だぞ? グレイ」


 そして二人は歪な笑顔で軽く睨みあい、ミュウはそんな二人を眺めながら小さく欠伸をしていた。


~~~


「シエナさぁぁん!! 戻ってきたんですねぇ!」

「このタイミングでは戻りたくなかったけどね。海行きが文字通り水泡に帰したんだから……」

「う、海っ!? ってことはシエナさん水着になるんすかっ!?」

「無くなったって言ってんでしょうがっ! 蒸し返すな馬鹿タレ!」

「ひげぇやっ!?」


 怒りのシエナの強烈な蹴りを横腹に受け廊下を転がり、ちょうどグレイの足元で止まった男を見下ろす。


「……死んだか。特に惜しくない男だった」

「勝手に殺すなっ! しかも惜しくないってなんだ! ……って、おおっ! グレイ! お前も帰ってきてたんだな」

「正直帰ってくる気なかったけどな」

「何つれないこと言ってんだよ。このこのっ!」

「いって!? 叩くなっつの。横腹蹴り飛ばすぞ」

「まさに今負傷した箇所に追撃しようとすんなよ!? ってそういやお前。学院で俺の弟に会ったか?」

「は? 弟? 想像上の?」

「何でそんな悲しい想像しねえといけねえの!? 実在してるわ!」

「…………さぁ。そもそもお前のフルネーム知らないし」

「嘘だろ!? 今さらっ!? バグダッド! ダニエル=バグダッドだよ!」

「バグダッド…………。あぁ、そういやいたな」


 交流は今のところないが、と心の中で付け加える。


 ダニエル=バグダッド。彼は、現在ミスリル魔法学院に通っている一年生のゴーギャン=バグダッドの兄であり、この南方支部では五本の指に入る実力者だ。

 性格はこの通り、かなり喧しい。そしてシエナに惚れていたりする。


「つか、弟のことなら俺よりシエナに聞けよ。あいつ担任だぞ?」

「あぁ~。そうなんだよなぁ~。羨ましすぎだろマジで。もうちょい若ければなぁ」

「例え若くてもシエナ先輩はお前に振り向きもしないだろうがな」

「んだゴラァ!? ふらっとやってきて毒吐くんじゃねえよ! 泣くぞオラァ!」

「独特な脅しだな、おい」


 ダニエルを半泣きに追い込んだ女性は、同じく南方支部では五本の指に入る実力者の一人、ユン=グラニッタである。


「久しいなグレイ」

「あぁ。ユンもな。相棒の方は元気か?」

「お陰様で。何なら喚ぼうか?」

「いや、いい。また後でな」

「そうか。何か用事でもあるのか?」

「……まぁ、な。折角帰ってきたんだ。先にあいつらに挨拶しに行こうかと思ってな」


 その時。グレイの表情に影が指したことに気付き、ユンは自分の失言に気付く。そして次の瞬間──


「このお馬鹿!」

「あいたっ!?」


 ユンはシエナに全力で後頭部を叩かれた。


「ちょっと空気読みなさいよ。あなたはいつも常識人ぶってるけど、こういうとこあるからね?」

「そうだそうだ。反省しろよユン」

「すみませんシエナ先輩。あとダニは失せろ」

「誰がダニだ!?」

「言わなくてもわかってるじゃないか」

「こら、喧嘩しない! あなた達二人がそんなだからうちの部隊はガラ悪いって言われるんだからね!」

「いや、おめえも大概だろ、シエナ」

「あっ、隊長。さっさと私の帰還命令解いてください。目玉焼きますよ」

「それ、ガラ悪いどころの騒ぎじゃねえぞ!! 極悪外道だ!!」


 ギャーギャーと喧しいこの部隊の最高戦力の四人。《シリウス》の中でも指折り数える実力者。憧れや羨望を受ける気高き存在。


 ──これが……? と思わずにはいられない。しかし残念なことに間違いなく、これが、《シリウス》南方支部の隊員とその日常なのであった。


 だが、それがどこかひどく懐かしく感じたグレイだった。

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