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問題児達の稀少魔術《プレミアム・レア》  作者: いけがみいるか
四章 プレシャス・バケーション
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それぞれの休日 2

 エルシアの話、というよりほぼ八割方愚痴だったが、それもようやく終わり、ふとテスタロッサへ渡さなければならないものがあったことを思い出した。


「忘れてました。これ、師匠に渡してほしいと頼まれてたんですよ」

「手紙、ですか?」


 テスタロッサは久し振りに自分宛に届いた手紙を興味深そうに見つめる。テスタロッサのいる山には手紙など届かないからだ。


「誰からでしょう」


 手紙の封を開けながらエルシアに尋ねると、中身を見る前にエルシアから答えが返ってきた。


「学院長からです」


 ──ぐしゃっ!


「…………あれ?」


 その瞬間、テスタロッサが手に持っていた手紙は握り潰された。


「ちょっ!? 何してるんですか!?」

「え? …………あぁ、つい」

「つい、って!?」


 つい、で手紙をただの紙くずにされしまってはたまらない。しかしテスタロッサは本気で無意識の内の行動だったらしかった。


「気を付けてくださいよ。はい、これ予備の手紙です」

「…………」


 何故わざわざ予備の手紙を寄越すのか、とエルシアはこれをリールリッドから預かった時に疑問に思ったのだが、まさかこうなることを予想していたのだろうか。エルシアと、そしてテスタロッサはリールリッドの手のひらの上で踊らされている感覚を覚えながら、その手紙を読む。


 一番始めの文には、こう書かれていた。


『人の手紙を握り潰すな』


 思わずその手紙も握り潰したくなった衝動を抑えるのに、二分ほど掛かったテスタロッサだった。


~~~


「………………」

「ちなみに、何て書いてあるんですか?」

「特にこれといって。ほぼ八割ほど、いつものくだらない戯れ言です」

「残りの二割は?」

「些細な報告と、私に対しての頼み事が少し。隠遁生活を送っている私に、です。全く、何を考えているのか」

「どれだけ山を下りるの嫌なんですか……」


 テスタロッサがミスリル魔法学院の学院長、リールリッドと旧知の仲だという話は聞いたことがある。その手紙を渡された時にリールリッドにも少し話を聞いた。


 同じ魔女の名を持つ二人。一人は嘘つきな学院長。一人は引きこもりの隠者。何故だろう、魔女の名を持つ者にまともな人物はいないのだろうか。とエルシアは内心思っていた。


「……何だか随分と失礼なことを考えていそうな顔をしていますね」

「は、はは……。まさかそんな」

「…………まあ、いいですけど。それじゃあそろそろ食事にしましょう」

「え? もうそんな時間っ?!」

「長話でしたからね」


 どうやらエルシアは自分がどれだけ長い時間話し続けていたのか気付いてなかったようだ。

 何だかそれが可笑しくて、そしてそれが嬉しくて、テスタロッサはまた小さく微笑んだ。


~~~


「嫌です。別にわざわざ学院なんて行く必要なんかないじゃないですか」

「いいえ。これは魔術師になるために必要な貴女の最初の義務です」


 現在から数ヵ月前。エルシアがまだ学院に入学する前の頃。


 テスタロッサはエルシアに学院へ行くよう説得を試みていたが、当のエルシアは難くなにそれを拒否してきていた。


「勉強なら自分でやります。魔法操作なら師匠が教えてくれたらいいじゃないですか。暇なんですし」

「そういうことではありません。全く……」


 どこで教育を間違ったのか、どうも生意気に育ってしまったエルシアを見て頭を抱える。


「いいですか。もう一度言いますが、魔力を持っている者はしっかりと魔法学院に通わなければならないんです。そうじゃないと不法魔術師となってしまいますよ」

「なら師匠の権限か何かでそうならないようにしてください。師匠なら出来ますよね?」

「だから、そういうことではないと言ってるんです。確かに貴女の言うように、私なら貴女に修行をつけることも、不法魔術師にならないようにすることも出来ます。ですが、私個人が出来ることなど、それくらいなものです。貴女が真に目指すその夢は、私のところにいるだけでは叶えることは出来ませんよ」

「………………」


 エルシアの夢。エルシアの悲願。それを出せばエルシアは黙ることは知っていた。だからあえて、それを口にした。


「それに、学院にも通わないような子に、修行をつけるつもりはありません。このまま貴女がこの山で一生を過ごすつもりなら、学院に通う必要はありませんし、私もここに残ることを咎めはしません」

「なっ、そんなこと──」

「エルシア。これが最大限の譲歩です。魔術師になりたいなら、ここを出て学院に行きなさい。それが嫌なら、一生この山から出ることを禁じます」


 何とも乱暴な二択。突き放すようなテスタロッサの鋭い視線。押し黙るエルシア。


 酷く静かで痛い沈黙が続き、ようやくエルシアが折れた。こうなったテスタロッサは何があろうと決して折れないということを、エルシアは知っていたからだ。


「…………わかりました。学院に行きます」

「……ふぅ。ようやくわかってくれましたか。なら、そうですね……。私の知り合いが学院長をしている学院があります。まあ、多少性格には難はありますが、信用出来る人物です。その学院への推薦書を書いてあげます」


 しかし、エルシアの表情は暗い。だがテスタロッサはあえて何も言わない。これがエルシアにとって必要なことだからだ。その日から、エルシアはほとんど口を開かなくなった。


 そして、山を下りて学院へと向かう日。


「とうとうですね。準備は出来てますね? 学院までの道もしっかりと把握してますか?」


 エルシアは口を開かず小さく頷く。


「そうですか。なら、いってらっしゃいエルシア」

「…………今まで、お世話になりました」


 随分と素っ気ない返事に、テスタロッサは苦笑する。全く、と一つ溜め息を吐き、エルシアの頭を優しく撫でる。


「エルシア。こんな言葉を知っていますか?」

「……?」

「可愛い子にこそ旅をさせよ。私は別に、貴女が邪魔だからという理由で追い出すわけではありません。何より貴女が可愛いからこそ、貴女のためになることを選んだのです。こんな狭い世界に貴女を縛り付けたくなかったんです。ですが、本当に辛いことがあれば、いつでも帰ってきなさい。ここは、貴女が帰ってきてもいい場所なのですから」


 その言葉を聞き、エルシアは目の端に涙を浮かべた。

 エルシアは、ただ単に寂しかったのだ。エルシアはテスタロッサと出会った時からずっと一緒に暮らしてきた。もはや家族同然の人だ。そんな彼女に追い出され、捨てられるように感じたのが辛かったのだ。


「しょうがない子ですね貴女は。旅立ちに涙は似合わないというのに」


 テスタロッサはエルシアの涙を拭ってやり、肩を少し強めに叩く。


「しっかりしなさい。貴女は《慈悲の魔女》の弟子なのですよ。……まあ、師匠らしいことなど何もしてあげられてはいませんが」


 師匠、などと呼ばれておきながら、テスタロッサはエルシアに修行をつけてやったことはない。

 それはエルシアが、どんな属性を保有することになるのか、わからなかったからだ。だから、最低限の護身術と知識のみを教えた。

 それをエルシアが勝手に師匠と言い出したのが始まりだったのだが、今では本当にエルシアを自分の唯一の弟子だと認めていた。


「頑張ってきなさい。誰のためでもなく、貴女自身のために」

「はいっ!」


~~~


 あんな不安そうにしていたあの子が、と懐かしむテスタロッサ。


 そして、先程の手紙に書かれていたことを思い出す。


 《秘宝》の情報が外部に漏れたこと。漏洩を謀ったであろう、彼の捜索願い。そして、《プレミアム・レア》を持つエルシアに修行を付けてやって欲しいこと。概ね重要なところはこの三つだ。


「全く……。彼はまだ他人に迷惑をかけているのですか」

「はい?」

「いえ、一人言です。それより聞きたいのですが」

「なんですか?」

「貴女は、私の修行を受ける気はありますか?」

「ありますっ!! えっ、修行付けてくれるんですか?」

「えぇ。魔法を使えるようになったのですから、貴女が望むのなら」

「是非お願いしますっ! よし、これであの二人を出し抜けるわ……」


 テスタロッサは、リールリッドに頼まれるまでもなく、エルシアに修行を付けるつもりでいた。

 属性が光、ということもあって自分の魔法を伝授することは出来そうにないが、それ以外にも教えられることはあるはずだ。


「言っておきますが、私の弟子は貴女一人。つまり誰かにものを教えることに慣れてません。あと手加減も上手く出来ないと思っていてください」

「はい。わかりました。大丈夫です」

「そうですか。なら、早速明日から始めましょう。ですが、今日はもうゆっくり眠りなさい」


 そうして、テスタロッサとエルシアは久し振りに二人並んで眠りに就いた。

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