前期修業式 5
あれから一週間。グレイはミュウと二人でミーティアにある喫茶店を訪れていた。
「あの、大丈夫か?」
「……なんとか、な。だが一週間朝から晩まで勉強漬けってのは、中々きついものがあるわ……」
テーブルに倒れ伏しているグレイを心配そうに見つめる少女は、この喫茶店、ハイドアウトの看板娘であるチェルシーだ。チェルシーは普段は店の制服であるメイド服を着ているのだが、今日は黒を基調としたふりふりのロリータファッションに身を包んでいた。
「なに? 今はその、何だ? 例のメイド週間的な感じでゴスロリ週間みたいな何かとかだったりすんのか?」
「うん、まあ、そうなんだ……。あと本音を言うと、この格好、ものすごく恥ずかしいんだ……」
グレイからすればメイド服も大概一緒に見えるのだが、やはり何かが違うのだろう。しかしながら、あえてロリータファッションを選択しているところに若干の引っ掛かりを覚えたが、己のためにも深く追求するのはやめて、素直な感想を口にする。
「いや。それも結構似合ってるじゃん。恥ずかしがることねえと思うけど?」
「え、えぇっ!? あ、あの、その……ありがと」
チェルシーは顔を赤くしながらぼそぼそと感謝の言葉を呟く。だがすぐに照れ隠しのために話題を変えた。
「そ、そういえば、あとの二人はどうしたんだ?」
「エルシア達か? エルシアは宣言通りに五日で宿題全部終わらせて、なんか、恩人に顔見せしてくるって言って昨日出ていったよ。アシュラは今頃キャシーちゃんと一対一で宿題に取り組んでる」
「そうなのか。グレイも大概そうだけど、エルシアはすごいな。たった五日で山のようにあった課題を終わらせるなんて。でもアシュラって確か……勉強苦手だったよな?」
「あぁ、だからあいつ、課題を終わらせねえと合宿出れねえってことを聞いた時、目が死んでた。しかも俺が今日寮を出る時、すごい形相で、裏切り者っ!! って叫んでたし」
「あ、あはは……」
チェルシーは乾いた笑い声を上げる。その様子が容易く想像出来たからだ。
「それで、グレイはその、夏休みの間はどうするんだ? 予定とか決まってるのか?」
「ん~? 特に決めてないな。今のところは例の合同合宿くらいしか予定ないし……」
腕を組んで考えるも、やはり何も思い付かない。
「なんだったら合同合宿までここでバイトするってのもアリかもな」
「えっ?」
何気なく思い付いて呟いただけの言葉に、チェルシーが意外にも食い付いてきた。
「バ、バイトするのかっ!? ここで?!」
「へ? あ、あぁ、選択肢の一つとしてたった今思い付いただけだけど……。何か都合悪かったのか?」
「いやいやいや! 全然そんなことないぞ!?」
「何でそんな慌ててんだ?」
「あわ、慌ててないって!」
噛んでいるくせに、とは思ったが追求しないでおこう、とも思ったグレイは、一度真剣に考えてみる。
「…………悪くないかもな」
それを聞いたチェルシーの表情が明るくなった、まさにその瞬間。
「やっと見付けた! れーくぅぅん!」
「うげっ!? シエナ!? 何でここに!?」
すごい勢いで店に入ってきたのは、ミスリル魔法学院、《イフリート》代表講師であるシエナ=ソレイユだ。そして彼女にはもう一つの顔がある。それが──
「れーくん! 聞いてよ! あのアホ隊長が一度《シリウス》に戻って溜まっている仕事を片付けろって言うんだよ!? 講師やってる私に、更に仕事をしろって言うんだよ!? どう思うっ!? 酷いよね!?」
「知らん。わからん。仕事溜まっているんならさっさと帰れ。そして仕事しろ。副隊長だろ」
「しかもそれのせいで、合同合宿にすら行けそうにないんだよ!? 監督役として一緒に行くつもりだったのに。ねえねえ鬼過ぎない!? あのアホ隊長ぶっ飛ばしていいかな?!」
「勝手にやってろ。んでもって俺を巻き込むな」
「と、いうわけだから、れーくんも一緒に帰ろうね」
「帰らねえよ! 巻き込むなって言ってるだろ! 人の話を聞けよ!」
「まあ、キャサリン先生かられーくんはもう課題終わらせてるって聞いてるから問答無用で連れ帰るけどね!」
「ちょっ、待て! おま、離せ馬鹿野郎おおおおぉぉぉぉぉぉ…………!!」
シエナはガッ、とグレイの首根っこを掴んだかと思うと、そのまま軽々とグレイを持ち上げて、そのまま全力ダッシュで連れ去っていった。
嵐のようにやってきて、グレイを嵐のように連れ去ったシエナのもう一つの顔。それは、この国で最強と謳われている魔術師団、《シリウス》南方支部副隊長というものだ。
現在はミスリル魔法学院の講師も勤めているが、その学院が長期休暇に入ったため、帰還命令が出たのであろう。
そしてグレイも、その《シリウス》と深く関わりがあったのだ。そしてシエナはグレイを溺愛している。だからシエナは今ほぼ力づくでグレイを拉致っていったのだった。
そんな様子をぽかん、とした顔で見ていたチェルシーはようやく我に返る。
「あっ、お代……」
と、思ってテーブルを見ると、そこにはちょこんとミュウが座ったままだった。
「あ、ミュウ……。お、おい。お兄ちゃん連れ去られちゃったけど、いいのか?」
「…………ごちそうさま、でした」
ミュウのマイペース過ぎる言葉にガクッ、と転びそうになるチェルシー。ミュウは立ち上がると、はっ、と何かに気付く。
「ど、どうした?」
「……お金、持ってないです……」
あわわ、と慌てるような素振りをするミュウだが、無表情なので本当に慌てているのか少しわかりづらいところがあった。するとそこにこの店の店長、ダーウィンがやって来る。
「今日のところは、君の兄のツケにしておこう。そのことを、しっかり君の兄に伝えておいてくれ」
ツケ、という意味がよくわからないミュウはダーウィンにツケの意味を聞いてから、ありがとうございますと言って頭を下げて店を後にした。
そしてようやく、落ち着いた店内。ぽつんと残ったチェルシーの肩に、ダーウィンがぽん、と手を置いた。
「残念だったな」
「んなっ!? 何がですかっ!?」
ビクッとチェルシーは飛び退き、赤い顔をしながら距離を取る。その様子を見ていた他の店員達も皆、チェルシーを囃し立てた。
「折角愛しのグレイ君との一夏の思い出が作れると思っていたのにな~って顔してるよ?」
「チェルシー。案外ライバルは多そうね。応援するわよ」
「なななな、何を言ってるんだぁぁあ!!」
手を大きく振り回して誤魔化そうとしているが、むしろそれが逆効果になっていることを、チェルシーは気付いていなかった。
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「準備は出来た?」
「…………あぁ」
「あれ? れーくん何か機嫌悪い?」
「そりゃそうだろうがっ! こんな無理矢理引っ張ってきやがって……」
グレイはミーティアから学院までずっと引っ張られ続けたのだ。そりゃあ不機嫌にもなるだろう。
「それで、その子も連れてくの」
「当然だろ」
シエナはグレイの後ろにいたミュウを見る。ミュウも少し大きめのカバンを持っている。
「よろしく、お願いします」
「うん。よろしくね。ミュウちゃん」
シエナはミュウの頭を撫でる。グレイとそっくりの少女、ミュウ。これを機会に、少しミュウのことを調べてみるのもいいかもしれない、と考えていた。
「んじゃ、ちょっと行ってくるわ」
「二度と帰ってくんな裏切り者」
「行ってらっしゃいグレイ君。ミュウちゃん。あとアシュラ君はさっさと勉強再開してください。終わるまで一歩たりとも外に出しませんからね?」
「ちょっ! そりゃないぜキャシーちゃ~ん……」
「シエナ先生。グレイ君達をお願いしますね」
「はい。では行ってきます」
グレイとミュウはアシュラとキャサリンに見送られ、シエナと共に学院を後にした。