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問題児達の稀少魔術《プレミアム・レア》  作者: いけがみいるか
四章 プレシャス・バケーション
149/237

前期修業式 4

 その頃、別の学生寮では。


 《イフリート》の序列上位者の四人は、逆立った赤い髪をしている少年、レオン=バーミリアンの部屋に集まって全員で課題に取り組んでいた。だが──


「うわぁあああん! こんなの絶対終わんないよぉぉおお!」

「ぬがああああっ! 頭がぁ! 頭が痛いッスぅぅう!」


 既に半泣き状態になっているのは、髪が獣の耳みたいになっている少女、メイラン=アプリコット。突然の頭痛に苛まれているのが、レオンと同室でバンダナがトレードマークの少年、ゴーギャン=バグダッドだ。この二人はあまり勉強が好きではなく、軽く拒絶反応が出てきていた。


「落ち着け二人とも。まだ夏休みは始まったばっかりじゃないか。焦る必要は全然ないって」

「ぐぅ……。でも代表~。これ終わらせないと合宿いけないんでしょ?」

「みたいだな。でも十分時間はあるから頑張ろう。な?」

「そりゃ代表は頭良いから大丈夫だろうけど、ボク馬鹿だもん……」

「オイラも、馬鹿ッスから……」

「安心しろって。ちゃんと俺が勉強見てやるから」


 その励ましを受け、二人の表情は少し明るくなり、少し集中力が切れてしまったので、話題を合宿へと切り換えた。


「それにしても合同合宿かぁ~。楽しみだなぁ~。そういえば、代表達はもちろん合宿行くよね?」

「そうだね。俺は行くつもりだけど」

「当然オイラも行くッスよ! 絶対課題全部終わらせてやるッス!」


 合宿に想いを馳せているメイランの質問にレオンと、ゴーギャンが答える。

 そんな中、先程まで黙々と課題を片付けていたツインテールの少女、アスカ=バレンシアだけが俯き加減に難しい顔をしていた。


「ねえねえ。アスカはどうするの? アスカも行くんだよね?」

「…………」

「アスカ?」


 何度か呼び掛けても何も反応しないアスカ。勉強に集中しているのかとも思ったが、今はペンを持っておらず、微動だにしない。そんなアスカを心配し、メイランはゆっくり近付くと、アスカは小さな声でぶつぶつと何かを呟いていたので、つい聞き耳を立ててみる。


「海……。海ってことは、水着よね……。水着………………はぁ……」


 アスカはそう言ってそっと自分の胸に手を置き溜め息を吐く。それを見たメイランはだいたい状況を把握した。


「あぁ、うん。いや、大丈夫だって」


 ぽんっ、とアスカの肩を叩き、耳元で呟く。顔を上げたアスカに向かって親指を立てて見せる。


「代表は、胸の大きさくらいで人を差別したりしないから」

「な、ななななっ!? べべ、別にそんなこと気にしてないし!! レオンなんて何にも関係ないわよ!」

「えっ? 何だ? 俺がどうかしたのか?」

「何でもないわよ!! この変態っ!」

「ええっ!? どうして急に変態扱い!? ちょっ、危ない! 物を投げないでくれっ!?」


 顔を真っ赤にするアスカに、困惑気味のレオン。そんな二人を見てニマニマ笑うメイランに、ポカンと置いてけぼりのゴーギャン。


「ちょっと、メイラン! ゴーギャン! どうにかしてアスカを抑えてくれ!」

「いやぁ。ボクは馬に蹴られて死にたくはないなぁ~」

「オイラも、今のアスカは怖くて近付きたくないッス」

「は、薄情者! あいった!? 待てアスカ! 冷静になってくれ! 冷静に全部説明してくれ!」

「せ、説明……って! こ、この! 最低っ!!」

「何でそうなるっ!?」


 顔が更に赤くなり、もはやトマトのようになっているアスカと、意味がわからなさすぎて困り果てているレオンを見て、やはりメイランはニマニマしており、ゴーギャンはアスカの凄まじい表情を見て軽くビビっていた。


 そしてどうやら彼ら四人も、合同合宿に参加するようだった。


~~~


 場所は変わり、《セイレーン》の序列上位者の四人はテラスに出て、食後のお茶を楽しんでいた。


「相変わらずクロードは、顔に似合わず美味しいお茶を淹れますわね」

「顔に似合わず、は余計だ」

「なら、性格に似合わず、と言い換えましょうか?」

「言い換えなくていい」


 眼鏡を掛けた少年、クロード=セルリアンに、ウェーブがかかった髪の少女、アルベローナ=アラベスクはいつものくだらないやり取りをしていた。


 その隣に座る本を片手にお茶を飲む眼鏡の少女、ラピス=ラズリと、手鏡を片手に化粧を施す見た目は少女、体は少年なエコー=アジュールがアルベローナの言葉に同調する。


「アルの言う通りです。貴方のその目付きの悪さでお茶を淹れるのが上手いとは、まさか狙ってやっているのですか?」

「あはっ。モテたい男子が必死に習得した特技ってやつ~? ぷふ~! クロード君ってばむっつりすけべ~」

「貴様ら……ッ。文句があるなら飲むな!」

「器までも小さいとは情けない」

「オマケに下も小さいんだから手に負えな~い」

「取り合えず、エコー。貴様は殺す!」

「あ、もしかして図星だったの? それは……ごめんね?」

「急に神妙な態度になるなぁぁあ!!」


 男子二人がテラスで馬鹿騒ぎを始めた頃、アルベローナはラピスに尋ねた。


「そういえば貴女はどうなさいますの?」

「何をですか? ……あぁ、合宿の件ですか? えぇ、行きますよ」

「あら? そうでしたの。わたくし、てっきり貴女は行かないものだと思ってましたわ」

「そうですか? それより、アルはどうなのです?」

「わたくしも、参加させていただくつもりですわ」

「へぇ……。私は貴女が参加することの方が意外でなりませんけど」

「えぇ。なんせ合宿場所が海の近くなのですもの。わたくしが参加するのはもはや義務と言っても良いですわ」

「そういうものですか?」

「そういうものですわ!」


 何故か無駄に胸を張るアルベローナ。しかし、水属性を持つ者は基本的に海が好きだ。加えてアルベローナはかなり優れたプロポーションをしている。

 あぁなるほど、自分の力と体を自慢したいのか。と自信満々なアルベローナの表情から彼女の思考を読み取り、納得する。相変わらず、自分大好きな人だなとラピスは呆れた。


「なになに~? 合宿の話? エコーも勿論行くよ。なんせ皆のアイドルだからねっ」


 エコーは頭に大きめなたんこぶを作りながらも、笑顔だった。その笑顔が、驚くほどに腹立たしかった。


「消えてください」

「消えろ」

「ラピスちゃんもクロード君も冷たいなぁ……。まぁ! 嫌よ嫌よも好きのうちってね!」


 突き抜けるほどのポジティブなエコー。そのポジティブさだけは、見習いたい部分は多少はあった。


「そうでしたの。それでクロードは行きますの?」

「……えぇ、まあ。一応」

「……来なくてもいいですよ? いえ、可能なら来ないで欲しいです」

「君に指図される謂われはないなラピス。よし。僕は絶対に合宿に参加することに決めたよ」


 失敗した、と内心で舌打ちをするラピス。だが、自分が合宿に参加しない、という選択肢はない。どれだけ取り繕ってはみても、ラピス自身も密かに楽しみにしているのだから。


 そしてどうやら彼ら四人も、合同合宿に参加するようだった。


~~~


 更に場所は変わり、《ハーピィ》の序列上位者四人は全員寮内にある食堂にいた。


 爽やかな笑顔のカイン=スプリングの周囲には他の《ハーピィ》の生徒、しかも主に女子生徒が群がっていた。


「いいな~カイン君。わたしも一緒に合同合宿行きたかったぁ~」

「ほんとよね~。何で序列上位四名までなの、って感じぃ~。金持ち学校のくせにケチよねぇ」

「それ言えてる。マジ不公平じゃない?」

「はは。でもまあ、先生達だって色々考えてのことだろうし、あまり文句を言っちゃ悪いよ。ね?」

「「「はぁ~い」」」


 今までぶつぶつと文句を言っていた女子達はカインの一言でコロッと意見を変えていた。


 その様子を見ていたぼさぼさの髪の少年、ソーマ=シュヴァインフルトは、コップの中身は既に空になっているにも関わらず、ストローでズゴゴと吸い続けている。


「中身、無くなってるでござるよ?」

「あん?」


 少しイライラしていたせいか、乱暴な受け答えをしてしまったソーマだったが、夏だというにも関わらずマフラーを巻いている少女、シャルル=オリンピアは、その程度のこと気にもならない様子だった。


「ボーッとし過ぎでござるな。何を見ていたでござるか?」

「リア充野郎」

「なるほど。カイン殿でござるか」


 たったそれだけで誰のことかが一瞬でわかるくらい、カインという人物はモテていた。


「っつか、何で前よりモテてんの? 意味わかんねえんだけど」

「風の噂で聞いたところによると、カイン殿はずっと序列一位で、少し神聖視されてて触れてはいけない人だ、とも言われていたけれど、この前の大会で人間味のあるところも見られて、より身近にカイン殿を感じられるようになった、かららしいでござる」

「……ただ挑発に乗って不意討ちされて無様に負けただけだっつーのに、ずいぶん好意的な捉え方だな、おい。イケメンだからか? イケメンだからなのか!?」

「知らぬでござる。あと、その言い方だと……」

「「「ソーマぁぁ! 今カイン君の悪口言ったでしょおおおお!」」」

「…………カイン殿のふぁん(・ ・ ・)に、殺されるでござるよ」

「おう、出来ればもう少し早めに教えてもらいたかったわ」


 ソーマはそう言って、空になったコップを見つめる。まさか最期の晩餐がジュースだとは、と、どこか他人事のように思った。そこで彼の意識は一旦途切れた。


「だ、大丈夫?」

「…………」

「屍のようでござる。放っておくほうがよいでござるよ、コノハ」


 おさげの少女、コノハ=フォーリッジは、ボロボロになって動かなくなったソーマを心配していたが、シャルルが言うにはどうやら彼は屍になってしまったらしかった。


「……勝手に、殺すな」

「あ、りびんぐでっどでござる」

「誰が生ける屍だこら」


 体のあちこちが痛むものの、無事生還したことに安堵したソーマは、ようやく立ち上がり、服に付いた埃を叩いて落とす。


「大丈夫か、ソーマ」


 するとそこに自分がこうなった元凶(?)であるカインが近付いてきた。


「大丈夫じゃねえよ。お前のせいで死にかけたわ!」

「なんだ。大丈夫そうだな。まあ、ソーマがあれくらいじゃ死なないって、僕は信じてたよ」

「そんな信頼はいらねえ。あと見てたんなら止めろやボケ!」


 爽やかな笑顔のカイン。苛立つソーマ。身分的にはソーマの方が遥かに上だというのに、何故なのか、彼らを見ているとどちらが貴族なのかわからなくなる。


「か、カイン君ッ!」

「ん? どうかした、コノハ?」


 言い争う、というよりはソーマが一方的に言い寄っていた場面に、コノハが口を挟む。


「あ、あの……。カイン君は、その、合宿、行くん、だよね?」

「うん。行くよ。コノハは?」

「わ、わたし、も、行くつもりなんだ」

「そうなんだ。それじゃ一緒だ」

「う、うんっ」


 何だろうか。ソーマは今、何一つとして面白くない。何が楽しくて目の前で繰り広げられている典型的なラブコメ展開を見せ付けられなければならんのか、と。


「ちなみに、拙者も行くでござるよ」

「シャルちゃんも!? 本当に! 嬉しいっ!」

「……ちなみに、おれも行くんだが」

「そうなんだ。よろしくね」

「おれだけ扱い軽くねっ!?」


 何だかとても納得いかないソーマだった。


 そしてどうやら彼ら四人も、合同合宿に参加するようだった。


~~~


 再度場所は変わり、《ドワーフ》の序列上位者四人は、寮内にある簡易トレーニングルームにいた。


「はぁっ!!」

「うわぁあ!?」


 細身ながらも筋肉質な体を持つ少年、ウォーロック=レグホーンと、そんな彼とは対照的に小さくひ弱そうな体の少年、マルコシウス=マルセーユが軽く組手をしていた。


 だが、誰もが見てわかる。マルコシウスに勝ち目はないことが。しかし、マルコシウスは負けじと、再び立ち上がる。


「ま、だ、まだぁ!」

「当然だ。来い!」


 そんな二人の様子を座って観戦している二人の少女、一人は背が高くて姉御肌な少女、カナリア=カスティール。もう一人は背は小さいが勝ち気そうな少女、クリム=エンダイブである。


「きゃあ~! 代表、超格好良い~!」

「マルコも負けんじゃないよぉ~。漢気見せてやんな」


 ウォーロックの戦う姿を見てまるで乙女のようにはしゃぐクリムに、マルコシウスに対して檄を飛ばすカナリア。いつの間にか、ただの組手が試合みたいな雰囲気に変わっており、止めるに止められなくなっていた。


 そのまましばらく試合は続いたが、結局マルコシウスの体力が先に尽き、ようやく組手は終了した。


「流石代表ですぅ。格好良かったぁ~」

「う、うむ。そうか」


 クリムのいつものと違う口調に少したじろぐウォーロック。と、言うのも、クリムはウォーロックに対する時のみ、このような口調になるのである。

 しかし、ウォーロックはクリムが自分にだけ違う口調で話し掛けてくることを知っている。しかし、その理由まではわかってはいないため、どう対応したらいいのかわからずにいたのである。


「クリムはあからさま過ぎるってのに、あの堅物訓練オタクは今日も全く気付く素振りはないねぇ」

「ま、まあ。たぶんウォーロック君は恋愛に疎いんだと思う」

「そんなの、見てりゃわかるってもんだよ。なんだいありゃあ」


 カナリアは顎でくいっとウォーロック達を指し示す。マルコシウスはその先を見る。


「代表。はいドリンクです」

「うむ。すまんな」

「代表。はいタオル」

「ありがたい。助かるぞクリム」

「いいんですよぉ~。好きで、やってるんですから~」


 体をくねくねと曲げるクリムだが、ウォーロックはまるで頓着がない。まさしく一方的な好意である。クリム本人が幸せそうに見えるので、別にとやかく言うつもりもないのだが。


「なんなんだろうね、ありゃあ」

「ちょっと、ぼくにはその問題は難し過ぎるよ……」


 呆れるカナリアに、苦笑するマルコシウス。そんな二人を気にも留めずにクリムがウォーロックに尋ねた。


「そういえば代表も合宿行くんですよね?」

「あぁ。己を鍛えるのに、ちょうどいいからな」

「そうだよね。ウチも合宿参加するつもりだから、よろしくね」

「そうか。あぁ、よろしく頼む」


 ウォーロックに握手を求められ、クリムはその手を両手で握りしめる。恐らく彼女の頭では今日は手を洗わない、などと考えているのだろう。でも出来たら洗った方がいいと思う、とマルコシウスだった。


 そんなマルコシウスの気持ちは露知らず、クリムはウォーロックの手を名残惜しそうに放した後、彼に背中を向けて見えないように小さくガッツポーズを取ったかと思うと、マルコシウスの方を見て、つかつかつかと、早歩きで近付いてくる。


 嫌な予感がする、マルコシウスはそう直感した。逃げ出そうにも、その体力が残っていなかった。


「マルコ」

「は、はい……?」

「あんた、合宿行くんやろな?」

「え、う、うん……。一応、そのつもり、だけど?」

「ならちょうどええわ。合宿なんてこれ以上ないチャンスや。ウチと代表が上手くいくよう、しっかりサポートしいや!」

「えぇ~!?」

「えぇ~やないわ! 男ならぶちぶち言わんと、了解って言うときゃええんや! わかったか?」

「……り、了解」


 今のが、先程まで甘えたような、ぶりっ子を演じていたクリムの真の姿である。

 何故か、自分より序列が上のはずのマルコシウスを顎で使うクリム。その扱いにもはや慣れてきたマルコシウスは、どうか平穏無事に合宿を終えられるよう、今から毎日祈ることに決めた。


「大変だねぇ、あんたも」

「そういや、カナちゃんは行くの? 合宿」

「カナちゃんって呼ぶのはやめなっての。まあ、行かない理由もないからねぇ」

「そっか。あの、良かったら──」

「わかったわかった。あたいに出来る範囲なら、協力してあげるから」

「あ、ありがとうカナちゃん!」

「だからカナちゃんはやめな!」


 マルコシウスはどうにかカナリアが味方付いてくれたことに安堵した。


 そしてどうやら彼ら四人も、合同合宿に参加するようだった。

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