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問題児達の稀少魔術《プレミアム・レア》  作者: いけがみいるか
四章 プレシャス・バケーション
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前期修業式 1

第28話

 ミスリル魔法学院大聖堂。今ここに全学年の生徒と講師が集まっていた。

 全学年はそれぞれクラス別に分かれて整列しているため、上から見ると色の足りない虹のように見える。赤と青と緑と黄色。それぞれ違う色の制服を纏う生徒達。

 そんな中、とある三人だけが全く別の制服を着ていた。

 一人は白い上着と黒いズボンを着た灰色の瞳の少年。

 一人はこれまた白い上着と白いスカートを着た純白の髪の少女。

 もう一人は既にまともに制服すら着ておらず、黒いTシャツに短く折られた黒いズボンを着た褐色の肌の少年。


 他の生徒達はきれいに整列しているというのに、その三人だけはそれぞれ立ったまま半目で寝ていたり、参考書をひたすら熟読していたり、やらしい目でキョロキョロと辺りを見渡したりしていた。


 そんな彼らを横目で見ながら壇上へ上がったのは、この学院の長であり名高き魔女、リールリッド=ルーベンマリアだ。彼女は豪奢なドレスを身に纏い、長く伸びた優麗な髪をたなびかせる。その髪の間から覗く彼女の美貌はどんな絵画より美しく、洗練されている。


 そんな彼女の視線をめざとく察知し、すぐにその問題児三人に注意をする彼らの講師の姿も視界に入り、リールリッドは少し笑いそうになったのを必死に堪えた。

 マイクを握り、スイッチを入れ、生徒全員を見渡してから、リールリッドは話し始める。


「やあ。おはよう。私の愛する生徒諸君」


 いつもと同じ口上から始まったのは、ミスリル魔法学院の前期終業式である。

 これから一カ月間、学院は長期休暇となるのである。今日は前期最後の日というわけだ。


「さて。君達は明日から、というよりはこの式が終わった直後から長い夏期休暇に入るわけなのだが、そんな君達に一言だけ言いたいことがある」


 ざわざわと静かに騒ぎだす生徒達。だが、大抵この場合、あまり羽目を外しすぎるな、とか。節度ある振る舞いで日々を過ごせ、とか。鍛練を怠ることのないように心掛けよ、とか。

 そういった類いの小うるさい注意事項を決まり文句のように並べ立てるだけだろう、と思っていた。

 だが、リールリッドの発した言葉はそうではなかった。


「……君達だけ夏期休暇とか、羨ましすぎるっ!!」

「「「…………はい?」」」


 リールリッドの発した言葉、それはただの、心の底からの妬みだった。


「何で学生に一カ月も休みを与えるんだ? 理解不能だ。ズルいじゃないか! だったら講師にも休暇を与えられるべきだとは思わないか? だが世の中は理不尽だ。大人だからと言う理由だけで休暇なんてほとんど貰えない! それどころか私には一日たりとも休暇がない! 学院長だから忙しい、という理由もあるにはあるが、つい先日とあるトラブルがあってわずかにだがあった私の休暇は更に返上されることになったんだ。くそっ! あり得ない! 折角の研究三昧の日々が送れると、定期テスト作り終えた時には思っていたのに! あぁ~! 羨ましすぎて妬ましい! わかるか? 私のこの悔しく悲しく絶望的な気持ちがっ!?」


 いや、そんなこと言われても……、と誰もが苦笑しながら思っていた。しかしリールリッドの言う通り、確かに可哀想ではあるなぁ、とも思ってはいた。

 ──この時までは。


「──と、いうわけだから。ただの八つ当たりとして君達の夏期休暇の課題を普段の二倍にすることに決定した。異論反論弁論一切認めん!」

「「「………………はぁっ!?」」」


 あまりに理不尽なことをあまりにも当然のように語るリールリッドに、生徒全員が呆気に取られる。

 いい大人が、子供に向かって駄々をこねたどころか、私怨をぶつけてくるなど、考えられないし正直そんな大人がいるという現実を考えたくもない。

 だが、この人は平然とそれをやってのける人物なのだということはここの生徒はよく知っている。

 親しげと言えば聞こえはいいが、これは職権濫用以外の何物でもなかった。


「ちょっ!? いくらなんでもそれはないですよ!」

「そうだそうだ! 俺達何も悪くないじゃないですかっ!!」

「二倍とか、殺す気ですかっ!?」


 抗議の声が大聖堂の中に飛び交い、生徒全員の不満が一挙に押し寄せてくる。

 だが、リールリッドはどこ吹く風とまるで相手にしようとしない。


「やれやれ。君達はまだわからないか? 私がどういう人間なのかを」


 その言葉を聞き、最初は意味がわからなかった生徒達だったが、思考を巡らせていくとだんだんと意味がわかってきた。

 リールリッド=ルーベンマリアは嘘つきだ。よく生徒に嘘をつきからかうことがとてもよくある。

 つまりだ。これもただの嘘なのだ。


 それに気付いた者達が安堵の息を吐く。その雰囲気が大聖堂内に満ちた頃合いを見計らい、リールリッドは告げた。


「君らが予想した通り、今のは嘘だ」


 それを聞き、ようやく心から安心した生徒達。しかしリールリッドはもはや冷酷、と表現してもいいような冷たい目と、三日月のような口をして更にこう告げた。


「宿題の量は、普段の三倍にすることにした。あぁ、ちなみにこれは嘘じゃないぞ? 正真正銘、こっちが決定事項だ。そうそう。補足を付け加えるが、宿題をやってこなかったものは前期の単位、全部没収するからそのつもりでいてくれたまえ。では皆の者、良い夏期休暇を過ごしてくれ。以上だ」


 …………………………………………。


 圧倒的沈黙。生徒全員、誰しもがリールリッドの次に発してもらわないといけない、ある言葉を待つ。これも嘘だ、と言う言葉を。

 だが、リールリッドはそんな素振りを一切見せる様子もない。それどころかそのまま壇上を降りようとし始めた。やがて、遅まきながら彼らは悟る。


 ──あっ、これ本気マジなやつだ、と。


「「「ふ、ふざけんなぁああああああっ!!!」」」


 流石の貴族出身者の生徒達も、こればっかりは叫ばずにはいられなかった。大聖堂は容赦のない大ブーイングに包まれた。


「はっはっは。その絶望した君達の表情、実にいい! 君達はいつも素晴らしいリアクションをしてくれるな。これで少しはスッキリしたよ。まあ、勿論宿題の量は変わらないがな」


 だがその大ブーイングを受けて尚、リールリッドは平然としている。人をからかうことが生き甲斐な彼女にとって、いいストレス解消になっただろう。

 その被害は生徒達に向き、彼らのストレス値を跳ね上げたのだが、リールリッドはまるで気にする様子もなかった。


 壇上の舞台袖ではそんなリールリッドの様子を見て、白髪の混じった初老の講師が頭を抱えていたことは、誰も知らない。

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