ハイドアウト 2
彼らの作戦は概要はこうだ。
まず、エミーシャを大会が開かれる数ヵ月も前からミーティアへと潜り込ませて、周囲から信頼を得ることで、町の内部で自由に動ける人物を作り上げる。
そして大会が行われる数週間前にリビュラ達がミーティアへと入り、甘怨香を使って宣教活動を始めた。目的はもちろん、暴動のための頭数を増やすためだった。
リビュラからは甘怨香の匂いがするが、《コモン》には気付かれず、魔術師が近くに来ても、魔力の色を見ることが出来るモノクルのおかげで不用意な接触を取るようなこともなく、着々と仲間を増やしていく。
そんな折、偶然目に止まったのがチェルシーだった。その時の彼女を見た時、エミーシャのように利用出来る可能性を感じて、チェルシーのことを詳しく調べると、ハイドアウトへと行き着いた。
その店には魔術師の両親から産まれながらも、魔力を宿すことのなかった存在、《アウトロー》が集まっていた。
リビュラにとってこれ以上ないほど利用しやすい者達ばかりだった。加えて《アウトロー》は生まれつき《コモン》よりも優れた身体能力を有している。
だから今回の作戦に彼らを加えようと何度も店を訪れたのだ。
だが、ハイドアウト店長であるダーウィンの説得に手こずり、思い付いた作戦が『魔術師に店を襲わせる』ことだった。勿論、そんなことをすればその魔術師は捕まってしまうため、誰もそんなことをやりたがらない。
だから金で動くチンピラを使った。アフターケアとして警察に捕まらないよう、こちらで身柄の安全を保障するとも偽って。
しかしそれもグレイに邪魔されてしまった。だが、その時のリビュラにとっては思わぬ所で使えそうな人間を見付けた、程度にしか思っていなかった。
そのままその日は引き上げようかとしていたところに、思わぬアクシデントが起こる。
コロシアムで行う大会の司会者にエミーシャは選ばれなかったのだ。そうなると、作戦が一気に難しくなる。リールリッドを封じ込めないことには作戦も何も始まらないからだ。
そこで思い付いたのが、一石二鳥の作戦。
それが件の放火事件である。その燃えた集合住宅は、今大会で司会者をやることになっていたはずの者が住む家でもあったのだ。
その者に大ケガを負わせられれば、司会者は交代になる。そうなればエミーシャは自分が選ばれる自信があった。
火を例のチンピラに付けさせ、すぐに姿をくらませるよう指示し、例の司会をやるはずだった人物の負傷を確認した後、リビュラが魔術師団を批難し、民衆の心に魔術師に対する不満を抱かせることにも成功する。
だがその現場にダーウィンが現れた時、今まで不満を大声で叫んでいた者達が一斉に黙り込み、リビュラは危機感を抱いた。
ダーウィンという人物は、この町では大きな影響力を持っているようだった。ハイドアウトの従業員達も、彼を心から信頼していた。
利用出来れば心強いとも思ったが、甘怨香は魔術師に対して不満や嫉妬を抱いていない人物には効き目がほとんど現れない。
だから、消すことにした。そしてその犯人を魔術師であるかのように偽装する。
そうすれば、ハイドアウトの者達に魔術師に対する恨みの感情を与えることが出来る。そうなれば甘怨香とリビュラの話術で洗脳することが出来ると踏んだ。
リビュラはそれを仲間達に伝え、ダーウィンを消すために動いた。
結果として彼を逃がすことになったが、彼がリラクリアを集めていた所を見て、元から利用出来なかったのだとむしろ諦めがついた。
後日、ダーウィンの抹殺指令を出し、リビュラ本人はハイドアウトに赴き、嘘の情報を与えた。最初は誰も信じていなかったが、時間が経つに連れ、甘怨香の効果も現れ出し、最終的にハイドアウト全員を落とした。
だがまだダーウィンが見付かっていないということで安心は出来なかったので、見張りは常に付けていた。
しかしながら、これで戦力の方はだいたい集まった。それからは武器を集め、作戦を立案していく。
まず、リールリッドを封じ込めコロシアムを爆破。混乱を起こす。事前にエミーシャからコロシアム内部の構造が書かれた見取り図を受け取っており、爆弾を仕掛ける場所を決めていく。
ここが作戦の一番の要であり、他の誰にも知られてはならないため、リビュラは幹部達にすらエミーシャの存在自体を伝えてはいなかった。ただ、コロシアムが爆発するのが合図だとだけ伝えた。
その合図を受け、各地で暴動を起こす。爆発と暴動。その二つにミーティアにいる全員の目がそれらに釘付けになる。
その間に、ハイドアウトがミスリル魔法学院に襲撃をかける。これによって学院に残ったわずかな講師達のそちらに目も引き付け、その隙にリビュラが目的のブツを奪取する。
リビュラの作戦が成功すれば狼煙を上げて合図を出し、ガルネが魔獣を暴れさせる。これにより魔術師団の目が外にも向くようになる。
その間、幹部と、幹部らと共に町に潜り込んだ《天神衆》達だけが撤退を開始する。
そういう手筈だった。
だが、それはたった一つのミスにより瓦解した。それが、イレギュラーであるグレイの存在だった。
グレイが無色透明の魔力を持つ魔術師であることも知らず、グレイを《コモン》だと勘違いし、エミーシャに用意させていたアジトに連れていってしまった。
この失態さえなければ、とリビュラは語った。
当然だ。何せそれにより、作戦の大半を実行する前に潰され、真の目的である『秘宝』の奪取も叶わずに終わったのだから。
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リールリッドは先に聞いていたリビュラの話とエミーシャの話を掛け合わせ、ようやく今回起きた事件のほぼ全体像を把握した。
奇しくも、リールリッドはまだまだ子供だと思っていた問題児三人に救われたことになる。
もしあの場で爆発が起きていれば、《聖域の魔女》としてのリールリッドは死んでいた。被害者などを出せば、責任など取れるわけもないのに、無責任な発言だったと自分を恥じた。
「やれやれ。いい歳をして自惚れていたとは。全く嘆かわしい」
「…………そうね。でも、それを言うなら私だって十分恥ずかしいわ。薬に踊らされて、弄ばれて、利用されて、捨てられた。滑稽なことこの上ない……」
重く沈んだ空気。しばらく無言が続いた後、リールリッドが口を開いた。
「…………ありがとう。ようやく全部把握することが出来た」
「貴女でも、わからないことがあるの?」
「当然だよ。魔術師とて万能ではない。むしろ知らないことばかりだ。それを君達のおかげで再確認出来た」
「……皮肉かしら?」
「本心さ。そして少し可笑しいかもしれないが、感謝もしている。もう二度と、私は君達に対して油断したりしないだろう」
「…………今回の作戦がむしろ敵を強くした、なんて知ったら、地上にいる天神様はどう思うかしら?」
そのエミーシャの皮肉の効いた冗談は、とても愉快に聞こえた。
「そうだな。いずれ文字通り天罰を受けることになるかもしれんな」
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魔術師団の施設を後にしたリールリッドは、しばし町を歩き回る。
昨日の騒ぎが嘘のように、いつもの日常が戻ってきている。
昨日の大会の時に出していた出店の片付けをする者達。魔術師ごっこをする子供の姿。《プレミアム》の噂話をする者達。
この中には、リビュラの甘怨香を嗅いで理性を失っていた者達もいるのだろうが、何故か、誰もそのことを覚えていないという。それどころかここ最近の記憶も曖昧になっているらしい。
詳しく聞けば、ちょうどリビュラの宣教活動の時期と重なる。つまり、操られていた期間の記憶だけが曖昧になっているようだ。何でも白いモヤが掛かっているようだと。
これはエルシアによる特殊な回復魔法の作用だろう。昨日の町の光はそれを行使していた光だったのだ。
続いてリールリッドはコロシアムに出向く。
コロシアムは特に騒がしく、何でもあちこちが何者かに破壊されていたらしい。その場所を確認していくと、《天神衆》が爆弾を仕掛けるよう指示が出されていた場所だった。
こちらはアシュラの仕業だ。コロシアム内部は特殊な結界が張られている。内部の者なら鍵を開けて入ることができ、《天神衆》はその内部にも侵入していたので、何の形跡も残さずに爆弾を仕掛けられたのだろう。
だがアシュラはそんな権限もないし、時間もなかったのだろう。無理矢理破壊して中に入り込んで爆弾を処理したのだ。
「とはいえ、やりすぎだ」
やれやれと口に出すも、今回ばかりは責めることはできない。全ては自分の慢心が招いた結果なのだから。
リールリッドはそのままコロシアムを後にする。ふと時間を見ると、既に昼を回っていた。ついでなので、そのままとある喫茶店に向かう。
その店の中には──
「「「いらっしゃいませご主人様~!!」」」
半ばやけくそ気味に接客を行う問題児三人の姿があった。それを見てリールリッドは如何にも無邪気でいたずら好きの少女のような微笑を浮かべた。