ハイドアウト 1
第27話
今年度の《ミスリル・オムニバス》は多少のハプニングはあったものの、平穏無事に全試合を終了した。
その最後にリールリッドから、各学年の優秀選手に二つ名の授与式が行われた。
一年生で二つ名を得たのは、決勝戦で戦ったレオンとウォーロックだけだった。
ちなみに優勝したのはウォーロックだが、優勝選手以外にも二つ名が与えられることはよくあった。
元来二つ名とは、その者の功績を称えて贈られるものであるため、優勝選手のウォーロックと互角以上の戦いをしたレオンも十分二つ名を与えられるに相応しい人物だと認められたからだ。
その式の裏では、シエナが逃亡を謀った《天神衆》、及びまだ町に潜伏していると思われる残党を狩り出し、キャサリンが魔獣を暴走させようとした《天神衆》らを魔術師団の者達に引き渡していた。
そして、ランバックは廃墟の地下で見付けた人物が放火の犯人だったことを知り、思わぬ所で手柄を上げていた。
それから、一日経った今日。リールリッドは魔術師団の施設の中にある面会室にいた。しばらく待つと、ガラス張りの向こうの部屋にエミーシャが姿を現した。
「やぁ。昨日ぶりだねエミーシャ」
「あっ、が、学院長先生。お、おはようございます」
「おいおい。わざわざ司会者の君を演じる必要はないだろ。素の君で話したまえ」
「…………何かようですか、魔女」
自分で言ったこととはいえ、一瞬にして切り替わる彼女のスタイルにやや苦笑するも、こちらの彼女の方が話しやすいと感じるのは、リールリッドも同じくひねくれた性格をしているせいなのか。
答えは出ないがそのまま話を進める。
「少し、話をしに来た。恐らくもう二度と会うこともないだろうからな」
「うわぁ、本人を前にしてそれを言いますか。それにしても私の罪状酷すぎじゃないですか。私は何もしていないのに」
「そうだな。君自身は特にこれといったことはしていないな」
したことと言えば、リールリッドを拘束したこと。そして爆弾を爆発させようとした障害未遂くらいだ。だが、彼女はもう二度と自由の身になることはない。
彼女の、いや、彼女達の行った行為は国家反逆罪。テロそのものだ。
幸いと言うべきか、そのことを知っているのはリールリッド含め、ほんのわずかな人間のみ。魔術師団の内部でも、何故エミーシャが捕縛されているのかを知っているのは上層部の人間のみだ。
「では早速だが事情聴取といこうか。聞きたいことは山ほどあるんだ」
「話したいことは塵一つ分もありませんけど」
「そう言うなよ。二日も同じ空間にいた仲じゃないか」
「何度吐きそうになったか思い出せませんよ。気持ち悪くて死ぬかと思いました」
エミーシャはリールリッドに向かって辛辣な言葉を投げ掛ける。思い返せばエミーシャの顔色が悪かったが、あれは緊張でも恐怖でもなく、心の底からの嫌悪だったのだ。
それをエミーシャは上手く緊張しているように見せかけていたのである。
「はは。手厳しいな」
「そういうことなので、お帰りください。これ以上同じ空間にいたくありませんので」
「ガラス越しじゃないか」
「そういう問題ではないでしょ」
へらへらと笑うリールリッドを見て、頭痛がしてくるエミーシャだった。そんなリールリッドだったが、いきなり笑みがなくなり、真剣な目でエミーシャを見る。
「エミーシャ。君は《天神衆》だな?」
「…………? 今更何の話です? 勿論そうで──」
「《天神衆》の本部の者に今回の件を問いただした。そして返ってきた答えは、『エミーシャ、リビュラ、及びそれ以外の者も、誰一人として《天神衆》に関わりのない人間だ。言い掛かりも甚だしい』というものだった」
「………………え?」
「全く。どうやら天神様は犯罪者だけはお断りのようだ。随分と器の小さい神だな。いや、もしくはその使い。いやいや、天神様を騙るだけの、ただの人間と言う方が正しいかな」
更に詳しく言うと《天神衆》の本部はこう言ったのだ。
エミーシャらは、勝手に《天神衆》の名を騙り、《天神衆》の名を汚そうとする悪人だと。
もしエミーシャの言葉が真実だとしたら、彼女は《天神衆》に裏切られたことになる。それは同時に、彼女がずっと信じてきた天神にも見放されたことを意味する。
「そんな…………。だったら私は、一体何なの?」
「…………」
「この作戦のために、大量に魔術師のいるミーティアなんかに潜入して、魔術師が大勢集まるコロシアムでずっと働き続けて、故郷に帰ることも出来ず、あの人に会うことすら出来ずに、このまま一生…………?」
もはや、演技なんてものは忘れたといわんばかりに絶望して沈み込むエミーシャ。
無理もない。今彼女の心を支えていたもの全てが音もなく崩れ去ったのだ。すぐに立ち直ることなんて出来るはずがない。
「そこで、だ」
そんなエミーシャに、リールリッドが仕切り直すように手を叩く。
「色々と話を聞かせてもらえないか。そうしたら、無罪放免。とまでは行かないが、一生を牢獄で過ごすこともなくなるぞ」
それは、エミーシャに《天神衆》を。今まで信じてきて疑ったことすらない彼女に取っての神を裏切ることだった。
エミーシャはその提案を受け、じっくり三十分という長い時間をかけてようやく決意する。
「何が……聞きたいんですか……?」
「ふふ。取りあえずは、今回の作戦の概要かな」
エミーシャは天神を裏切り返すことに決めた。
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──《天神衆》
神の存在を信じる《神徒》が集まり結成された組織。崇め奉るのは天神。
天神とは常に天上に座し、全ての《コモン》を愛し、救い、導く者だと信じられている。
だが、現実に実在するものではなく、実際に何か力を与えてくれるわけでもない。
誰を愛することもなく、誰を救うこともなく、誰を導くこともしない、ただの偶像。ただの虚像でしかない。
だが人々はそんな天神を信じて疑わない。その理由の大半を占めるのが、自分達の持つ嫉妬心が原因だった。
世界には《精霊》という存在がいたとされており、実際に魔法を使う者がいる。自分達と同じ人間であるにも関わらず、自分にはない力を持つ存在。
魔法。持たない者から見ればとても羨ましいものだ。とても憧れるものだ。
子供の頃など、その想いは特に顕著に現れる。いつか自分もすごい魔法使いになりたい。誰もがそう願う。
だが、自分は精霊に愛されなかった。魔法使いになれなかった。そんな者達はやがて、魔法に対して抱いていた憧れがいつしか嫉妬や嫌悪に変わっていく。
そして大抵の者が諦める。他の道を探すようになる。
だがここできっぱりと諦められる強い人間はそう多くない。やはり心のどこかで引きずってしまう。
そこに聞こえてくるのが、《天神衆》の甘言だ。
──魔法は悪だ。精霊は悪魔だ。魔法使いはその悪魔の子、魔人だ。我ら《コモン》こそが真に選ばれた存在である。神に選ばれ、悪魔と戦う誇り高き本物の人間なのだ。
《コモン》が劣っているのではない。魔術師が劣っているのである。魔術師は悪魔に呪われた哀れな存在だ。救済しなくてはならない存在なのだ。
そんな彼らの甘言は、《コモン》の耳にはとても心地よく聞こえた。
自分こそ、選ばれた存在なのだ。そう思うことで、今まで感じていた劣等感を忘れさせた。
エミーシャも、そんな心の弱い者達の中の一人だった。そして自分を《天神衆》に引き入れてくれて、色々なことを教えてくれたリビュラに、仄かな恋心も抱くようになった。
その感情は、甘怨香という魔薬によって植え付けられた錯覚の感情だとも知らずに。
甘怨香は長期に渡り効果を受け続けると、効き目が薄まっていく。
だからこそ、それを扱う人間は言葉巧みに丸め込み、人々の感情をコントロールすることに長けていることが多い。
いずれ甘怨香なしでも《天神衆》のために動ける人間を育てるためだ。
そしてリビュラは今回の作戦で一番の重要な任務、リールリッド=ルーベンマリアに近付き、彼女を油断させて魔力を封じる、もしくは直接殺害することが出来る人物。そして自分を決して裏切らず、使い捨てにしても平気な人物を選び出した。それが、エミーシャだったのだ。