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奇術師と嘘つき 3

「あっ、グレイいたの? てかあんたミュウちゃんにどれだけ負担強いてるのよ! 脳天ぶち抜くわよ!」

「出来たらやめてほしい。いやごめん嘘。本気でやめて」


 本当に今気付いたかのようなエルシアに、いきなり脅されすぐに両手を上げて降参の意思表示をする。


「はぁ……やれやれだなエリー。飛び付く相手が違うだろ。そこは当然グレ──どぅわあぁっ!?」

「ちっ! 外したわ」

「こええっ!? 問答無用の脳天狙い超こええっ!!」


 気付くとアシュラもこちらにやって来て、エルシアからのヘッドショットをギリギリで躱していた。


「アシュラまで……。一体どうしてここに?」


 チェルシーは未だエルシアに抱きつかれながら、思ったままのことを口にする。それを聞いたエルシアとアシュラは、何を言っているんだこいつは、という様な顔をする。


「そんなの、あなたが面倒事に巻き込まれてるんじゃないかって心配になったからに決まってるじゃない」

「そうだぜチェリー。ダチの心配をするのは当然だろ」


 そんな、些細なことですらチェルシーにとっては信じられないほど嬉しい言葉だった。彼らを妬んで、疎ましく、見下されているなんて感じていた自分が心底恥ずかしかった。


「あ、あり、がと……。ごめん」

「何で謝ってんだっつの」

「そうよ。無事ならなんだっていいんだから」


 また泣きそうになっているチェルシーを優しくなだめるエルシア。

 チェルシー達のことはエルシアに任せれば大丈夫だと考えたグレイはアシュラへと話しかける。


「アシュラ。俺は今からミュウのとこに行ってくる。あいつ、一人で危ない場所に──」

「いや、ミュウちゃんなら大丈夫だ。途中でキャシーちゃんにあってな。恐らく今も一緒にいるだろうよ」

「えっ? そうなのか? 確かに、キャシーちゃんが一緒なら安心だけど。なら町の暴動やコロシアムの爆弾は?」

「それも俺らで片付けた。ミュウちゃんに感謝しとけよ。わざわざ俺らのとこ来て一から全部説明してくれて、頭下げて協力を頼んできたんだからよ」

「……あぁ、そうだな。でも、悪かったな。その様子だと、大会ぶっちぎって来たんだろ?」

「まあな。今度なんか奢れ」

「わかったよ。んじゃまあ、最後にちょっくら行ってくるわ。ここに転がしてる奴等見張っといてくれ。全員気絶させただけだから」

「あん? どこ行く気だよ?」

「この事件の首謀者をぶん殴りに」


~~~


「ミーティアでの作戦は失敗したようだな。仕方ない、始めるか」


 ミーティアの東郊外に《天神衆》幹部の一人で眼鏡をかけた男、ガルネは数人の仲間と共に大きな荷馬車で待機していた。


 ガルネはミーティアに作戦成功の証として上るはずの狼煙が全く見当たらないところを見て、何か問題が発生して作戦が失敗したのだと悟る。


「出来ればこんなもの、使いたくはなかったが。おい。魔獣を檻から出せ」


 ガルネの指示通りに檻から出された魔獣は、火属性Bランクのメラエナの群れ。数にして十二匹。


 このメラエナを野に放ち、あちこちで火災を起こさせる。そうすることによりミーティアにいる魔術師団の目をこちらに引き付けさせ、仲間達の撤退を手助けする。それがガルネに与えられた任務だった。


「高い金を払ってお前らを買ったんだ。せいぜい死ぬまで働けよ。よし、狼煙を上げろ」


 撤退の時の合図として、白い狼煙を上げる。それに気付いた仲間達はこことは逆の西側方面に逃走する、という算段だ。

 あとは一刻も早く自分達もこの場から離れるだけだった。


 だが背後からメラエナの短い断末魔が聞こえ、素早く振り返ると、そこには大きなリボンをした小さな少女と、灰色の髪の少女が立っていた。


「見付けたのです! 彼らで間違いないんですね、ミュウちゃん」

「はい。確かにあの人、です」


 キャサリンは若干フライングしたが、結局メラエナは《天神衆》が放った魔獣であるため、倒してしまっても構わなかったことに密かに安堵していた。


「誰だお前は!?」

「先生です!」


 キャサリンは周囲に展開しているメラエナを横目で警戒しながら即答する。


「貴方達のやろうとしていることは既にわかっています。大人しく魔獣を退かせて自首しなさい!」

「な、何を言っている?! 私達は魔獣達に襲われていただけだ! この狼煙も、異変に気付いて貰いたくてやったものだ」


 この期に及んでこの場から逃れようとするガルネに、キャサリンは鋭い視線を向ける。


「わたし、言いましたよね? 既にわかっていると。最後に、もう一度だけ言います。自首しなさい」


 先程より声のトーンが低くなり、気のせいか気温も下がったかのように感じた。


「くっ! くそぉ!! おい魔獣共! その女を殺れぇ!!」


 そのキャサリンの冷たい視線に耐えられなくなったのか、ガルネが叫ぶように魔獣に命令する。その命令を受けたメラエナの群れは一斉にキャサリンとミュウに飛び掛かった。


「ミュウちゃん、わたしの側を離れないでくださいね。《ヘイル》」


 だが、キャサリンは自分達の周囲にだけ大量の雹の塊を降らせる。その雹はメラエナの頭部や胴体の骨を容易く砕き、一瞬にしてメラエナの群れを全滅させた。


「…………これが、答えですか?」

「ひぃっ!?」


 Bランク魔獣を全滅させたキャサリンに、底知れない恐怖を感じたガルネ達はすぐさまこの場から逃げ出そうと足を動かそうとする。


「なっ!? う、動けねえ!?」

「足が、凍りついてるだとぉ!?」


 だが、キャサリンの《ヘイル》は何もメラエナを倒すためだけに放たれたわけではなく、地に落ちた雹が地面を凍りつかせてガルネ達の足元を凍らせたのだ。


「逃がしませんよ。貴方達はわたしの生徒達の邪魔をしたんです。その責任はしっかりと取ってもらいます」

「うわ、うわああああっ!?」


 足から徐々に凍っていき、終いには全身を凍りつかせた。


「頭を冷やして、反省しなさい」


~~~


 それからしばらくしてミーティアの西郊外に、十数人の《天神衆》が集まっていた。東郊外で上がった撤退の狼煙を見た者達だ。その中に撤退の指示を担当する幹部のテットが集まった人数を見て驚愕した。


「おい! 人数が全然足りてないぞ?! それに幹部の奴等はどうしたんだ!? モーガンさんまで見当たらねえぞ!?」

「知らないわよ! 失敗したんじゃないの!? それより早く逃げましょうよ! あの魔女の怒りを買うようなことをしたのよ!? このままこの町にいると危険よ! 早くしてよ!」


 《天神衆》幹部は五人。テットを除くと後はリビュラ、モーガン、ガルネ、そして暴動を起こし、それに乗じて金品や魔道具を盗み出す役割を与えられた部隊の隊長のワムーがいる。 そのうち、リビュラとガルネ以外はここに揃う手筈なのだが、彼らは一向に姿を見せない。


 仲間の女が答えたように、失敗し捕まってしまったのかもしれない。もしそうだとすると、これ以上来ない彼らを待っていても特はなく、今残った仲間も全滅しかねない。苦渋の選択をするしかなかった。


「ちっ! 仕方ねえ。撤退開始だ! 急げ!」


 その号令に一同は一斉に撤退を開始する。だが、慌てふためきながら逃げれば不審に映る。極めて慎重に、ただの行商のように振る舞わなければならない。


 そんな彼らの眼前に、突如火の玉の雨が降り注いだ。


「うわああああっ!?」

「きゃあああっ!?」


 突然の襲撃に彼らは絶叫し悲鳴を上げる。その攻撃の主が彼らの後ろから声を掛けてきた。


「はいは~い。ちょっとそこの人達止まってくださ~い」


 動きは既に止まっている、ということはさておき、テット達の元へとやって来たのは、《シリウス》の南方支部副隊長にして、ミスリル魔法学院の《イフリート》代表講師、シエナ=ソレイユだった。


「な、なんでしょうか? 我々は先を急いでいるんですが」

「はい。知ってます。だからこそ、止まっていただいたんです」


 にこにこと笑うシエナ。まさか、既に自分達のことを知られているのか、と内心で焦るテットだが、決してそれを表に出してはいけない。


「それを知っているなら、早く用事を済ませてもらえますか?」

「そうですね。なら早速──《天神衆》の皆さん。今すぐ自首することをおすすめします」

「散開ッ!!」


 テットの指示は迅速だった。この状況と相手。どれをとっても《天神衆》が圧倒的に不利だ。数で勝っていることなどまるで関係ない。今のテット達にシエナを抑える手立てはない。


 ならばあえて散らばり、全滅だけは何としてでも回避する。それに敵が散らばればいくらシエナでも全員を一度に倒すことなど出来ないはずだ。それが最善の道だ。テットはそう信じて散開の指示を出した。


「《ファイア・サークル》!」


 しかしテットのそんな思惑は、たった一つの魔法によって燃やし尽くされた。

 シエナは周囲に炎の壁を円上に発生させ、テット達の逃げ場を完全になくした。


 その燃え盛る炎を見た《天神衆》達は、その場にへたりこんだ。


「さぁ。大人しく町に戻りましょうか」


 その言葉は彼らにとっての死刑宣告と同義だった。

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