《アウトロー》 5
「にしても、どうやってあそこから出てきやがったんだ?」
「…………」
「おいおいだんまりかよ。愛想のねえガキだな」
「モーガン、さん……? 何でここに……?」
《天神衆》幹部で巨漢の男、モーガンは数十人の仲間を引き連れてグレイとチェルシー達の元へとやって来た。
だがグレイが、正確にはミュウが手に入れた作戦の情報では、モーガンは町で暴動を起こすチームにいたはずだった。
「おう。てめえらの手伝いに来てやったのよ。てめえらときたら、《アウトロー》のくせしてただのガキ一人に苦戦してやがんだからよ」
モーガンは嫌味ったらしく嘲笑い、グレイを睨み付ける。チェルシー達はあまりにも当然のように言うので思わず聞き逃しそうになった。彼の発した彼女達に対する禁句を。
「今度は殺す気でいくぜ?」
「…………」
拳を鳴らして威嚇するモーガンだが、グレイは微動だにしない。声も出さず、ただモーガンをじっと見る。
「何だ? ビビって声も出ねえってか? はっ! これじゃ俺がまるで弱いものいじめしてるみてえじゃねえか」
ガハハ、と笑うモーガンにつられて彼が引き連れてきた仲間達も笑いだす。魔術師よりも優位に立っている。その感覚がたまらなかった。
「……お前らとは、喧嘩する気にもならねえな」
「あぁん? 何か言ったか?」
ようやくグレイが言葉を発したかと思うと、いつ、どこから取り出したのか、特製のグローブを両手に填めた。
「知ってるか? 喧嘩ってのは互いの価値観のぶつかり合いで、相手に自分の価値観を伝えるためにやることだ。自分の価値観を相手に理解してもらいたいからやることなんだ。少なくとも、俺はそう学んだ。だからこそ、俺はチェルシー達と喧嘩をした。俺の気持ちを伝えたかったし、理解してもらいたいと思ったからだ。でも、お前に俺の気持ちが理解出来るとも思わないし、してもらいたいとも思わねえ。だから今から俺は、ただただ一方的に、お前を叩きのめす」
「はっ! 元よりそんなつもりもねえよ、悪魔!」
「てめえらみたいなのが神の使いだってんなら、俺は悪魔でいい。魔術師を見下すことしか出来ねえお前らなんぞ、いもしねえ神とやらを盲信しながら朽ち果てろ」
「やれえええ! 悪魔狩りだぁっ!」
モーガンらは一斉に飛びかかる。皆の手にはそれぞれナイフや鉄パイプや棍棒などを握っている。だが、その程度の者達などグレイの敵ではない。
「シリウス流 無差別戦闘術 無我の構え」
グレイはそう呟き、目付きが変わり、拳を構える。向かい来る敵の懐に自ら飛び込み、速度と体重を利用した拳が敵の顔面にめり込んだ。
そしてすぐにその場で跳び上がり、周りにいた三人の顎を的確に蹴り抜いた。
「このっ!」
着地したグレイの頭目掛けて鉄パイプを振り下ろす相手に対して、グレイは回避ではなく迎え撃つ。鉄パイプを握る手を裏拳で弾き、堪らず鉄パイプを手離す。
すかさずグレイはその鉄パイプを掴み取り、棒術のように振り回し、敵五人の側頭部を殴り飛ばす。
「こ、こいつ!?」
次々と仲間が倒され、焦りを見せ始めた《天神衆》達がたたらを踏む。グレイがその隙を見逃すはずもなく、更に三人を地に沈めた。
その光景を少し離れた場所で見ていたチェルシー達は、全員思い知らされた。
先程まで自分達と戦っていた時のグレイは手加減をしていたのだということを。しかし、その手加減はグレイが彼らを出来るだけ傷付けずに説得するためだったのだ。そしてそれは今のチェルシー達にはよく伝わった。
チェルシーは一人、グレイが語ってくれた話を思い返す。辛い過去を背負いながらも明るく生きたグレイの友の話。
似た経験をしたチェルシーは、その友の気持ちがよく理解出来る。それでも、明るく生きようとする強い意志は尊敬出来る。そんな子が死んでしまったなんて可哀想で仕方ない。
今までチェルシーは自分達が一番惨めで憐れで可哀想な存在なんだと思っていた。そして魔術師は全員幸福で、満ち足りた存在なんだと勘違いしていた。でも違った。そんなことはなかったのだ。
だが考えればそれは当然だ。魔術師は、言ってしまえば魔法が使えるというだけだ。それは確かにすごい才能で、誰もが羨むものだ。しかし、だからといって万能ではない。元も子もないことを言うならば、魔法があれば便利。たったそれだけなのだ。
それこそ魔法があれば色々と楽になる。魔道具の恩恵に預かっている《コモン》にだってそれは容易く理解出来る。
だが魔法を使うには当然訓練や勉強も必要だ。高い地位に就くためには、それこそ血の滲むような努力が必要不可欠だ。
でも《コモン》はそういうところにあまり目を向けない。『どうせ努力すれば強くなれる。努力しても魔法を使えるようにならない自分達からすれば羨ましいことこの上ない』という感情の方が強いからだ。
確かに、その通りだ。努力しても辿り着けないなんて、虚しいだけだ。悲しいだけだ。そして、そんな自分に絶望してしまった者達が《神徒》になるのだろう。
魔術師ではない自分が劣っているのではない。魔術師そのものがそもそも悪で、自分達こそが正義の、神の使者なのだと、自分を誤魔化したい者達の集まりなのだ。
《コモン》は魔術師になれない。これだけは変わらない現実。魔術師になりたかった者にとって、これ以上ない不幸であり、絶望だ。
何よりも魔術師に憧れて、そして絶望し、魔術師を妬み恨むようになった者達が《神徒》なのだ。全く何という皮肉だろうか。
だが、見方を変えれば魔術師以外の何者にだってなれる。という風にだって取れるのだ。魔法が全ての世界ではないのだから。
それでも尚、魔法に関わる仕事に就きたいなら、魔道具を研究、開発する者になればいい。
魔獣と契約することは出来ないが、調教し、使役することは《コモン》にだって出来る。
魔術装備を使えば魔術師に匹敵する力を身に付けることが出来る騎士にだってなれる。
自らの力のみで魔法を使いたい、という点に拘らなければ、《コモン》にだっていくらでも道はある。
だが、魔術師になれないと諦めたその時点で、自分達は不貞腐れたのだ。他の道を探すこともなく、自分に才能がなかったと諦めて、自分を魔術師として産んでくれなかった世界を恨んだだけだ。
いるかどうかもわからない神様にすがっただけなのだ。そういった努力をすることを、自分達は放棄したのだ。
そう感じた時、チェルシーの中でわだかまっていた何かが消えていく感覚がした。
「そう、か……。私は、何も見てなかったんだな……」
魔術師の輝かしい姿ばかりを見て、自分達がいかに惨めなのかを振り返り、そこで卑屈になって目を伏せて、見えないところで努力している魔術師の姿を見ようとしなかったのだ。そしてそのまま、別の道を探すようなこともなく、全て運命のせいにして諦めた。
グレイ達が魔術師だと知って、軽く嫉妬して、その魔術師の中でも特に稀少な存在なんだということを知って更に嫉妬した。
表では決して出さなかった薄暗い感情。親しく笑いかけてくれる彼らを見て、チェルシーは自分のことが笑われているのではないのかと感じる時すらあった。
自分がなりたくて仕方なかった魔術師。自分と同じ年齢なのに、自分とはかけ離れた存在。チェルシーはグレイ達のことをずっとそういう人達なのだと思っていた。
でも、心のもう片方ではとっくに気付いていたのだ。魔術師も人間であるということを。そして自分は、グレイ達のことが好きなのだということを。
無意識的に、心を許せる者に対してしか使わない口調を使っていたことこそが、何よりの証。
そのため、先程までグレイに対してどこかで力をセーブしてしまっていた。そして、だからこそ甘怨香の魔力を自力で振り払うことが出来たのである。
その時、グレイを背後から狙撃しようとしている人物が視界に入った。グレイからは完全に死角で、気付いているようには見えない。
気が付いたらチェルシーは駆け出していた。
「私の友達に、手を出すなぁああっ!」
「なっ、てめっ!?」
チェルシーは体を放り出し、突進する。そのお陰で照準がずれ、同時にグレイも狙撃に気付き、素早く回避する。
「この……アマァ!!」
狙撃を邪魔され、銃口がチェルシーに向けられた。
「や、やめろてめぇええ!」
「死ねやぁああ!」
チェルシーは思わず目を閉じる。グレイの叫びは虚しく響き、引き金が引かれ──
「うちの店員に、手ぇ出すんじゃねえ」