問題児達の実力 4
ミスリル魔法学院の校則では「原則として、学院の外での魔法使用を固く禁ずる」と明記されているが、これにはいくつか例外がある。
その一つは、やむを得ない場合、つまり今のような正当防衛である場合。もう一つが講師の魔法使用認証許可である。
だが、キャサリンは反対だった。
「何言ってるんですか!? 危険過ぎます! 許可なんて──」
「でも私とグレイは既に魔法使っちゃいましたし、先生が許可してくれないとあの二人も危険ですよ?」
そう言ってエルシアが指さした二人はヘルベアーを前にしながらキャサリンに向かって呑気に手を振っていた。
キャサリンはその危なっかしい生徒を見て溜め息を吐き、条件付きで魔法使用を許可した。
「あくまで魔術師団の到着するまでの時間稼ぎですよ! 無理して倒そうなんて考えないで下さいよ~! あとアークも最悪の場合を除いて使用禁止とします! わかりましたか~!?」
屋根の上からグレイ達に言い聞かせようと声を張り上げるキャサリンだったが、グレイ達の目はヘルベアーのみを見据えていた。
「さっきの決闘はマジで不完全燃焼だったし、Bランクはちょうどいい憂さ晴らしだぜ」
「それ以前にあんたとの決着すら付いてないんだからフラストレーション溜まりまくりよ」
「それを言うなら俺の方だろ。まだまともに戦ってすらいないんだからな。んじゃ、ミュウは安全な所まで下がってな」
「……わかりました」
ミュウはグレイに言われた通りに危険の及ばない所まで下がり、町の人達は避難し、周りには誰もいないことを確認した三人は準備体操をしながらニヤリと笑い、ヘルベアーの遠吠えに合わせてそれぞれ動き出した。
「まずは小手調べよ。《レイジング・ライカ》」
三人中、最速を誇るエルシアが光速で動きヘルベアーを翻弄する。
右へ左へと移動しながらエルシアは白い雷を放つ。
その攻撃を防ぐように、ヘルベアーは自分の周りに魔法の岩壁を出現させた。
エルシアは構わず雷をぶつけたが、表面をわずかに削ることしか出来なかった。
「なるほど。流石Bランク。魔法もしっかり使えるわけね」
「なら次は俺だ! その岩壁ごと叩っ斬ってやる! 食らえ《影爪》!」
アシュラは腕から伸びた影で岩壁を易々と横薙ぎに斬り裂いた。
しかし、岩壁の中にヘルベアーの姿はなく、足元には大きな穴が空いていた。
「ちっ! こいつ地面に潜ってやがるぞ! 気ィ付けろ!」
そのアシュラの警告とほぼ同時にエルシアの足元が崩れ、ヘルベアーの太い腕と爪の攻撃によってエルシアが足を負傷する。
すぐさま《レイジング・ライカ》で距離を取ったエルシアだったが、無理をしたせいで全身に激痛が走り、思わず膝を折る。
「くっ! しくった……。でも、まだ甘いわ。やるなら足を切り落とすくらいしないとね。《ライフ・ライト》」
だが、エルシアは淡い光に包まれて負傷した足がまるで最初から傷などなかったかのように完全に回復していた。
「大丈夫か? エルシア」
「これくらい平気よ。それよりあんたもミュウちゃんと一緒に下がってたら?」
エルシアを心配し、近くまで駆け寄ったグレイだったが、余計なお世話だったな、と苦笑する。
「まあ、確かに俺は魔獣を相手にするのはあんま得意じゃねえからなぁ。ってことで、サポートよろしくっ」
グレイはそう言って笑い、エルシアは溜め息を吐く。
「ちょっ!? あぁ、もうまったく、あんたって奴は。わかったわよ。それじゃ二人とも目ェ瞑りなさい。瞬き眩め《フラッシュ・ボム》」
エルシアはヘルベアーの目のすぐ前で光を放射した。
ヘルベアーは突然視界が真っ白に潰れ、悲鳴を上げる。
視覚を奪われたヘルベアーは無茶苦茶に腕を振り回しながら暴れ出す。
しかし、その足元の影から黒い死霊の手のようなモノが何本も伸び、ヘルベアーの動きを止めた。
「あんま暴れんじゃねえっての。グレイ!」
「おう!」
エルシアとアシュラのサポートを受け、グレイがヘルベアーに接近する。
グレイは全身のバネを利用し、魔力を纏わせた足でヘルベアーの顎を蹴り上げる。
短い悲鳴の後、数秒だけ意識が飛んだヘルベアーだったが、すぐに意識を取り戻し、馬鹿力で無理矢理に死霊の手を引きちぎる。
そして、まだすぐ近くにいたグレイを睨み、両手を固く握って鎚のように振り下ろす。
だがグレイはヘルベアーの足元に滑り込み、すかさず足を払う。
攻撃が空振りしたヘルベアーのバランスは既に崩れており、更にそこで足を払われたので、そのまま前のめりになって倒れる。
グレイは即座にその場を離れ、二人に合図する。
「今だ、やれ二人とも!」
「言われなくても! 《ホーリー・レイ》!」
「《影針》!」
無数の光の雨と影の針がヘルベアーを襲う。
体にいくつもの傷を負いながらも、ヘルベアーは地を叩き、大地を揺らす。
「ガアアアアッ!!」
「うへぇ。ピンピンしてやがるな」
「そりゃそうでしょ。仮にもBランクなんだし、もうちょっと魔力を削らないと攻撃通らないわよ」
「二人とも集中しろ。来るぞ!」
ヘルベアーは口を大きく開き、砂の弾丸を飛ばしてくる。
それをエルシアは高く跳んで回避し、アシュラは影の盾で防ぎ、グレイは全てを見切り、必要最低限の動きだけで躱し続ける。
中々攻撃が当たらないことに業を煮やしたヘルベアーは、最初にキャサリンに向けて放った魔法《アース・クエイク》を繰り出した。
次々と隆起する地面がグレイに迫り来る。
「効かねえっての。おらっ!」
グレイは足を思いっきり地面に突き立てる。すると、先程と同じような破砕音がしたと思えば急に地面の隆起が止まった。
そのことに驚愕する間も与えずに、アシュラが《影爪》をヘルベアーの頭部目掛けて振り下ろす。
だがヘルベアーは冷静だった。まず巨大な前足でその攻撃を受け止め、もう片方の前足でアシュラを殴り飛ばし、アシュラは壁に激突する。
「ぐっ! あいててて……。やるなぁ、この野郎ッ!」
「動くなバカ。回復してやるから」
建物の壁に叩き付けられたアシュラは平然と振る舞っていたが、エルシアには殴られた方の腕の骨が折れていることを見抜かれており、アシュラは大人しくエルシアの回復魔法を受ける。
そこに追撃をかけようとヘルベアーが二人に向かって走ったが、グレイが横腹に飛び蹴りし邪魔をする。
「こっちだ、来いっ!」
グレイがヘルベアーを挑発し、無軌道に繰り出される攻撃を躱しながらアシュラの回復を待つ。
そして回復が終わった途端にアシュラはヘルベアーに向かって駆け出し、棘の生えた拳のような影を両腕に纏って連続で殴りかかる。
「お返しだこの野郎ォォ!!」
「……うるさいわね。回復させずにほっとけば良かったかしら。それならまだ静かだったでしょうに。てかアシュラ! あんまりウロチョロしないでっ!」
エルシアは嘆息しつつ、慎重に狙いを定める。
手をピストルのように構え、一瞬の隙を狙い射つ。
「今! 貫け《ストライク・サンダー》!」
白き稲妻は雷鳴と共にヘルベアーを襲いかかる。
ヘルベアーがその攻撃を躱せたのは、単純に野生の勘と運が良かったからだけだった。
「えっ、外したっ!? 嘘っ!?」
「うっわ、外した」
「下手くそだな、エリー」
「うっさい! 先にあんた達から始末するわよ!」
アシュラとグレイに小馬鹿にされて怒りを露にするエルシア。
戦闘中でもいつもの軽口を叩き合う三人。しかし、意識はしっかりと眼前の敵を見据えている。
一方、ヘルベアーは心の中で野生の勘が警報を鳴らし続けていた。
そして気付いていた。今、自分と対峙している三人の敵が、まだ本気を出してすらいないということに。
このままでは確実に殺されるだろうと考えたヘルベアーは覚悟を決めて前足を大きく振り下ろし、大地を大きく揺らす。
その衝撃で足を取られた三人の隙を突き、ヘルベアーは上空に魔法を発動させた。
次の瞬間、突如グレイ達の頭上に巨大な岩が出現し、重力に従って落ちてくる。
ヘルベアーは自滅覚悟で自身の持つ魔法の中で最強の魔法《ロック・フォール》を発動した。
しかし、それに怯むことなくグレイ達は迅速に動いた。
「あんな岩、あたしが吹き飛ばしてやるわ!」
「いや、駄目だ。それだと町に被害が出る。ここは俺がやる! アシュラ、足場頼むっ!」
「あいよ。行ってこい!」
グレイはアシュラが作った影の階段を駆け上がり、巨大な落石に向かって跳んだ。
「全て等しく無に還れ。《リバース・ゼロ》!!」
魔力を混めた拳が、巨大岩に接触した正にその瞬間、何かが砕けるような音がした。
そして、ヘルベアーが発動した魔法は跡形もなく消え失せていた。
その光景を信じられないような目で見るヘルベアーに向かってグレイが宙で回転しながら落ちてくる。
はっと我に返ったヘルベアーは迎撃しようと前足を振り上げる。
「じっとしてなさい。《ホーリー・ランス》」
「じたばたすんな。《角影》」
しかし、右の前足を空から光速で飛来した光の槍に、左の前足を地面から生えてきた異形な影の角に刺し貫かれ、両方の足の自由を失った。
迎撃も回避も不可能となったヘルベアーは最後の抵抗として今持つ全ての魔力を頭部に集中し防御力を高める。だが──
「残念だったな。無属性の前では魔法全てが無意味なんだ」
「あたし達に喧嘩売ったのがあんたの敗因よ。無駄な足掻きはやめなさい」
アシュラとエルシアの言葉の本当の意味を理解することはヘルベアーには不可能だった。
だが、ヘルベアーは本能的に己の死を悟った。
「終わりだッ!!」
遠心力と重力と魔力の全てを混めた踵落としがヘルベアーの頭蓋骨を砕き割った。
その時、骨の折れる音と、何かが──魔力が砕ける音がした。
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頭部が陥没し、完全に沈黙したヘルベアーを確認し、グレイは安堵の息を漏らす。
「ふぅ~。討伐完了っと」
「ありがたく思いなさいよグレイ。美味しいとこはあげたんだから」
「そうそう。これでさっきの件はチャラだからな~」
そう言って笑うアシュラ。さっきの件とは、練習場で迷惑をかけたことだった。
グレイは少し考えたが、別にそこまで気にしていたわけでもないのでそれで構わなかった。
そこにミュウがトテトテと歩いて近寄ってきた。
「大丈夫ですか、マスター?」
「ああ、平気平気。俺はこの二人と違ってバテたりしないから」
グレイは笑いかけながらミュウの頭を撫でる。頭がちょうどいい高さにあるので何だか癖になりそうになっていた。
ミュウは頭を撫でられるのが気持ちいいのか、目を細めながら小さくあくびをした。
「どした? 眠いのか?」
「はい……。さっきのでお腹一杯になったので……」
ミュウの声は小さく、うつらうつらとしていた。
さっき、というのはパフェのことだろうか。確かに甘いモノを食べると満腹感を得られるが、あまりお菓子ばかり食べされるのは良くないかな、等とまるで親か保護者のようなことを考えながらグレイはミュウをエレメンタル・コアに戻した。
「さて、と。ミュウちゃんはおねんねしちまったし、このあとはどうする?」
「どうするって、普通に魔術師団に事情説明でしょうが。でもいちいち細かい報告するのは面倒ねぇ」
「それなら俺にいい案があるぞ」
グレイはそう言うと、未だに屋根の上に放置されていたキャサリンを見た。
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空には夜の帳が降り、三日月が淡く街を照らしている。そんな中、一本の蝋燭だけを灯した部屋に二人の男が口論していた。
「ば、馬鹿な……!? ただの学生ごときにヘルベアーが倒されただとっ!?」
「は、はい。まさかBランクがこうも一方的にやられるなんて……」
「クソッ! 早く次の手を打たねばこのまま学院に戻られるぞ」
「しかしどうします? Aランクの魔獣を引っ張り出すにしても、既にミーティアの魔術師団も動いています。これでは……」
若い男の声からは焦りが感じられた。もう一人の初老の男も同じく焦りを感じながらも、冷静に通信用の魔道具を起動した。
数秒後、向こうの相手と繋がり、現在の状況を話した。
「……私だ。作戦は失敗した。……いや、まだ手はある。だが、この作戦にはお前にも協力してもらう必要がある。あぁ、手筈はこうだ──」
新たな作戦を伝え終わった男は、揺らめく蝋燭の火を吹き消した。そして、部屋には静寂のみが残った。