《アウトロー》 2
アシュラとミュウの二人はコロシアムに辿り着く。幸い、廊下に人はほとんどいない。大会に集中しているのだろう。それは二人にとって好都合だった
「最初の場所はどこだミュウちゃん!」
「はい。一番近いのは、魔力制御室です」
魔力制御室はリングに使われている結界を発動するための魔力を制御している部屋である。
「それどっちだ!?」
「こっち、です」
ミュウはコロシアム内の地図を丸暗記しており、迷うことなく魔力制御室へと向かう。だが──。
「おいおい。見張りがいるじゃねえか」
「このコロシアムの重要な機器を置いてあるので、厳重に守られている、らしいです」
「仕方ねえな。寝ててもらうか」
何とも物騒な提案をするアシュラだが、ミュウがすぐにそれを制する。
「待ってて、ください」
そう言うとミュウは魔法を発動させる。姿を消す魔法、《ステルス・ゼロ》だ。
ミュウは透明になった状態で見張りを気絶させる。そして何事も無かったかのようにまた姿を現す。
「どうぞ」
「はは……。こりゃミュウちゃんは敵にしたくねえな」
これほどまでに不意討ちに適した魔法もないもんだ、とアシュラは苦笑しつつ扉の前に立つ。だが、当然というか扉には鍵が掛かっていた。見張りの体を調べてみても、鍵らしいものは持っていないようだった。
「仕方ねえ。壊すか」
「待っててください」
アシュラの案はまたしても却下され、ミュウは扉に向かってピョンと跳んだ。普通ならそのまま扉に激突するところだが、ミュウの体に霞がかかったかと思うと、そのまま扉をすり抜けてしまった。
そしてすぐガチャッ、と鍵の開く音がし、扉が開く。扉の向こうにはミュウが立っていた。
「おおっ! その魔法、壁抜けも出来るのかよ!」
アシュラが感嘆したその魔法は《ミラージュ・ゼロ》。斬撃、銃弾、魔法など、ありとあらゆるものを透過させる魔法だ。その魔法で壁を抜けて、内側から鍵を開けたのだ。
アシュラが急いで中に入ると、魔力制御装置に、明らかに不審な物体が取り付けられていた。
「あれだな。ミュウちゃんの言ってた爆弾は」
「はい。恐らく、間違いありません」
見るところ、魔法爆弾ではなくただの火薬式の爆弾のようだった。おそらくは起動式で、スイッチが押されるまでは爆発しないだろうが、無理に取り外そうとすれば爆発してしまう危険性がある。
いくら魔術師と言えど、この爆弾を爆発させずに取り外すことは困難で、専門の知識がなければほぼ不可能だ。
ここにいるアシュラを除いて。
「なら、さっさと済ますか。《泥闇》」
アシュラの腕から伸びる影が爆弾にぶつかる。その衝撃で爆発するかと思われたが、そんな様子は一切なく、影が消えると爆弾も同時に消えてなくなっていた。
爆弾は影の中に取り込まれて、起爆することなく闇に葬られたのだ。
アシュラのこの魔法は爆弾処理にはもっとも適した魔法と言えた。
「よし! 次!」
「はい」
アシュラとミュウはすぐに魔力制御室を出て次の目的地に走る。その途中、後方から聞き慣れた声が飛んでくる。
「こぉぉらあああっ! 一体何をやってるんですかアシュラくん! もうすぐ貴方達の試合が始まっちゃうんですよおおおお!?」
振り返るまでもなくわかる。キャサリンだ。恐らくとんでもない形相で追い掛けて来ているだろうことは容易に想像出来る。
「わりぃキャシーちゃん! ちょいと今は暇じゃねえんだ! 説教ならまた今度にしてくれ!」
「何を言ってるんですか!? こうなったら──《アクア・スプラッシュ》!」
キャサリンはアシュラの足を止めるために水魔法を放つ。だが、その魔法はアシュラの隣を走るミュウに掻き消された。
「なっ?! ミ、ミュウちゃん!? どうして邪魔するんです!? それにグレイくんはどうしたのです!?」
「……秘密」
「だから何でなんですかぁぁ!?」
アシュラとミュウという珍しい組み合わせの二人が大会を放り出してまで何をしているのか。
キャサリンにはアシュラと、ここにはいないエルシアが、この大会に向けてどれだけ頑張ってきたのかを知っている。それだけに、今彼らがそれ以上の何かに巻き込まれているのだと悟る。
「あぁ~もうっ! とりあえず止まりなさ~い!!」
だからこそ、何が起きているのかを知る必要がある。また勝手に無茶をされてはキャサリンの精神衛生上とても困るのだ。それを察してか、アシュラがミュウの方を横目で見て頼みかける。
「……ミュウちゃん。わりいけど、キャシーちゃんに事情話してきてくれね?」
「……いいのですか?」
「あの人は信用出来る人だからな。それにまだ人手は足りてないだろ? こっちは大丈夫だ。爆弾のある場所だけ教えてくれ」
「わかりました。場所は──」
ミュウは残りの爆弾設置場所をアシュラに伝え終えたあと、すぐに振り返りキャサリンと向き合った。
「……先生。お願いが、あります」
「え……? あっ、はい」
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「合図はまだか?」
「はい。まだ作戦開始の狼煙は上がってません」
「そうですか」
「その代わりに何だか変な光がチカチカ光ってますけど……いや!? 待ってください! こっちに向かって何かが飛んできます!」
「何ですって!?」
見張り役の青年の声が場の空気を一変させる。全員が青年の指差す方向を見ると、そこには灰色の聖衣と大きな帽子を着た子供がいた。
その少年が青年らの元に勢いよく着地し、その衝撃でわずかに砂塵が舞う。
「《解除》」
その言葉が発せられた直後、灰色の聖衣と帽子は姿を消し、大きな帽子が邪魔をしていて見え辛かった子供の顔が確認出来た。
「やっと見付けたぞ。チェルシー。それに、ハイドアウトのみんな」
その子供のことを彼らは、そしてチェルシーはよく知っていた。
「グレイ……」
「いやぁ~。ほんとめちゃくちゃ捜したぞ。こんなとこで何やってんだ? ハイドアウトは出張サービスでも始めたのかよ?」
グレイは辺りを見渡しながら、わざと核心を突こうとせず回りくどい話し方をする。
グレイ達のいる場所はミーティア郊外。もっと詳しく言うなら、ミスリル魔法学院付近の平原だ。
「出張サービスならコロシアムに行けよ。そっちの方が稼げるぞ。なんせ、今学校には生徒も講師もほとんど残っちゃいないだろうからな」
今、ミスリル魔法学院には講師のほとんどがミーティアの警備に駆り出され、生徒の多くは大会の観戦に行っている。
そして《聖域の魔女》リールリッド=ルーベンマリアも今はミーティアのコロシアムにいるはずだ。
つまり今のミスリルはほぼ無防備な状態になっているということ。
《天神衆》の真の目的は学院にあった。その作戦の一端をハイドアウトが担っているのだ。だが、まだ作戦は始まっていない。今ならまだ引き返せる。
「ほら。さっさと町に戻ろうぜ。今稼がずにいつ稼ぐんだよ。なんなら俺も手伝って──」
「…………ないで」
「──え?」
チェルシーが小さく呟き、グレイは思わず聞き返す。しかし次の瞬間、それが聞き間違いではないことを思い知らされた。
「邪魔、しないで! 私達の気持ちなんか何も知らないくせに! 私達がどれだけ店長に救われてきたか知らないくせに! 魔術師のくせにっ!! 店長を手に掛けた魔術師なんか、いなくなればいいんだ! そんな魔術師を育てる学校なんか、消えてなくなればいいんだぁぁっ!!」
チェルシーの心の底からの叫び。それは今回のことだけでなく、もっと昔。もっと幼い頃から積み重なってきた魔術師に対する憎しみという感情が、一斉に噴き出したかのようだった。
「落ち着け、チェルシー。お前らは《天神衆》の奴等に騙されて利用されてるんだよ。それにまだ店長が死んだって決まった訳じゃない。俺は店長を襲ったっていう男に会った。そいつが言うにはまだ生きてる可能性も──」
「じゃあ! 何で帰ってこないんだ!?」
「何か事情があるはずだ。恐らく、《天神衆》の奴等に命を狙われていて、身動きが取れないとか、襲われた時に深い傷を負ったとか。とにかくまだ諦めるには早いだろ」
「嘘だっ! 魔術師の言葉なんか信じない!」
激昂しているせいで冷静な判断が出来ない状況なのだろう。《天神衆》の言葉は鵜呑みにし、魔術師であるグレイの言葉は頑なに信じようとしない。
チェルシーは涙を流しながら叫び散らす。その叫びに呼応するかのようにハイドアウトの全員の感情も昂っていく。
「聞く耳、持たねえってか。なら、仕方ねえからこっちも言わせてもらうぞ。……あぁ、そうだよ。俺にお前らの気持ちなんてわかるわけないだろ。だって俺は《アウトロー》じゃねえんだから」
グレイはこの場で決して言ってはいけない禁句をわざと口に出し、チェルシー達に喧嘩を売った。本来の目的を忘れさせ、グレイだけに注意が向くように。全てを吐き出させ、受け止め、尚且つ自分のわがままを押し付けるために。
「てめえ……この魔術師風情がぁッ!」
「私達のことを、《アウトロー》なんて呼ぶんじゃないわよ!」
まさに一触即発。場は緊迫感に満ち溢れ、強い眼光で互いを睨み付ける。
「もう邪魔をしないでくれ。私達はもう、我慢出来ない」
チェルシーは俯きながら、唇を噛んでいる。爆発しそうな感情をギリギリで塞き止めているような感じだった。
「私達は、ミスリルに行く。全部、滅茶苦茶にするんだ」
「させねえよ、そんなこと」
虚ろな目でグレイを見据えるチェルシー。その視線を真正面から受け止めるグレイ。
「来いよ。お前ら全員まとめて相手してやる。喧嘩上等だ馬鹿野郎」
グレイは強く、拳を握り締めた。