《アウトロー》 1
第25話
「……ほう。どういうことかな。これは」
「…………ミーティアの、ためなんです」
リールリッドは自分の手元を見下ろしながらエミーシャに尋ねる。エミーシャの声は震えていた。
「ミーティアのため? これがか?」
リールリッドの声音は低い。無理もない。何せ今、彼女の手には手錠が掛けられているのだから。しかもただの手錠ではなく、魔力を吸収する魔術師封じの手錠。
手錠は片手に掛かっただけだが、それだけで魔術師は魔法を使うことが出来なくなる。つまり、この瞬間からリールリッドの魔法は封じられたことになる。
「説明してくれるんだろうな、エミーシャ」
それはお願いではなく、命令だった。
「……放火犯から、脅迫状が届いたんです。『大会中に《聖域の魔女》を殺害、もしくは魔封じの手錠を掛けろ。さもなくばコロシアムに仕掛けた爆弾を爆発させる』って」
「……それで? こんな馬鹿な真似をしたと?」
「こうするしか、ないじゃないですか。今このコロシアムには全国から注目を集めています。この会場にだってどれ程の大物がやってきているか。そんな状況で爆弾騒ぎなんて起これば、ミーティアは消されます……」
「それを私が許すとでも?」
「いくら《聖域の魔女》でも! 世界中が敵に回ればどうしようもないでしょう!?」
「馬鹿者!! そもそも私がいて、このコロシアムに爆弾なんぞ仕掛けさせるものか! 君は騙されたんだ。恐らく私の魔力を封じたあとに爆弾を仕掛ける算段なのだよ」
「…………えっ?」
エミーシャの口から出た声は消え入りそうなほど小さなものだった。
「こうなったら早く観客を避難させるんだ。被害者が出てからでは遅い」
「そ、それは……出来ません……」
「何故だ!?」
「『いつも通りに進行しなければ、その時点で爆発させる』と、脅迫状に書かれてたんです! 今避難させるようなことをしたら、それこそ大惨事です!」
「ちっ……!」
油断した。リールリッドは自身の力を誇りに思うも傲ったことはない。だが、エミーシャが《コモン》であり、魔術師に勝つことなど出来はしないと思い込んでいた。かつて、似たようなことで痛い想いをしたことを、忘れてしまっていた。
「こうなれば誰か他の者にこのことを伝えて──」
「駄目です! 外部に漏らすことも禁じられてるんです! 私達の言葉がもし盗聴されてたら!」
「くそ……。用意周到な犯行、というわけか」
焦る二人の他所に、会場では二年生の部最後の試合が終了した。エミーシャは感情を圧し殺し、進行を続ける。その姿には、畏敬の念を抱くほどだった。
そのエミーシャを横目に見ながらリールリッドは思考を高速回転させ、解決法を探る。しかし、自分は行動不能。外部に連絡することは叶わない。避難を促すことも、犯人を探すことも出来ず、それどころか犯人の正体すらわからない。
「……犯人の」
「はい?」
「犯人の目的は何だ? 私か? それともこの会場に集まった観客達か?」
「わ、わかりません。私は何事も起きていないよう司会を進行することと、学院長先生を封じること。それだけしか言われてないんです」
「……そうか」
こうなればリールリッドに取れる手立てはない。悔しさに唇を噛む。
──ここで自分が諦めるわけにはいかない。自分はこの大会が始まる前に何て言った? 思い出せ。自分は《聖域の魔女》だろう。
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「あああぁっ!! 一年生の部が始まっちゃってるぅぅう!?」
町をぐるりと探し回り、一度コロシアムへと戻ってきたキャサリンが見たのは、二年生の部が終了し、既に一年生の部が始まっている光景だった。
リングではレオンとラピスが試合を行っている。どうやらエルシアとアシュラの試合は第三試合目のようだ。つまり、《プレミアム》同士の対決というわけだ。
恐らく、これが今大会一番のメインになるのだろう。
キャサリンは急いで控え室を覗いたが、やはり二人の姿はなかった。
「もおおっ! 二人とも一体どこに行ったんですかぁぁあっ!?」
そう叫ぶキャサリンはもう一度ダメ元で町に捜しに行こうかと観客席を出て、コロシアムの廊下を小走りで進む。
すると廊下の窓の向こうから、眩しい光が差し込んできた。
何かと思って窓際に立ち、町の様子を見ると。
「なん、ですか? あれは?」
キャサリンの見たのは、町のあちこちで白い光が何度も炸裂している光景だった。
「まさか、エルシアさん!?」
光を操る魔法を使える者など、エルシア以外に知らない。そもそも存在しているのかすら怪しいところだ。
キャサリンは再度窓から飛び降りようと窓に足をかける。ちょうどその時、足元を見るとアシュラとミュウがコロシアムに入っていくのが見えた。
「ええっ!? このタイミングで!? ええと、ええっとぉ~?!」
悩んでいる間にも町のあちこちでは光が炸裂している。恐らくエルシアは光速で町中を移動しているのだろう。だとしたら彼女に追い付くことはキャサリンには出来ない。
なら、今コロシアムに戻ってきたアシュラに話を聞く方が早いと判断し、キャサリンはすぐにアシュラを捜すことに決めた。
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ミーティアの警備を担当していたシエナは、突如町中に謎の光が炸裂している原因を追っていた。と言っても元凶はシエナもとっくに把握している。こんなことが出来る人物は一人だけだ。
「何を考えてるの、エルシアさん……」
どうやらエルシアは光速移動で人が多くいる場所を狙って、あの光を炸裂させているようだった。幸い、被害者らしい被害者は出ていないが、こんなことを繰り返させる訳にもいかず、理由はどうあれ迅速に捕縛しなくてはならない。
シエナはエルシアの動きと群衆の密集地を脳内で瞬時に分析し、次にエルシアが訪れるであろう区域に到着した。
するとちょうどエルシアがその場に現れた。
「ちょっとエルシアさんっ。一体何をやってるの?! 貴女確か今日試合じゃないの!?」
シエナの声に気付いたエルシアはシエナの方を見て答えた。
「ごめんなさいシエナ先生! 事情は説明しません! でも誰かを傷付けたりしないんで見逃して貰います!」
どこか丁寧なように聞こえて、実際そんなことはない言葉を吐き捨てると、エルシアは群衆に向けて光を炸裂させる。
シエナもその光を一緒に受けて、一瞬頭の中が真っ白になる。そのすぐ後に心を落ち着かせるような優しく暖かい光が体を駆け巡る。
ほんの一瞬ではあるが意識が飛び、気付けばその一瞬でエルシアはまた別の場所へと移動していた。
流石のシエナにも、光の速度で逃げるエルシアを捕まえるのは困難を極めるので、ひとまず自分が受けた光の魔法の正体を推測する。だが既にほとんど正解に近い答えを導き出していた。
「今のは、回復魔法の類い……。それも傷や体力に作用するものじゃなくて、精神系に効くもの、か。そんな高度な魔法を使えることにも驚きだけど、今何故その魔法を町中に?」
エルシアの奇行の理由が未だわからない。町の人達に攻撃をしてるわけではないようなので、確かに悪いことではないのだが、そのせいで余計に何を考えているのかわからないのだ。
無差別攻撃ならぬ無差別回復。そんなことをして何になるというのか。
そうこう考えていると、近くで声を荒げる男の言葉が聞こえてきた。
「おい! どうしたっていうんだ!? お前らさっきまでの威勢はどこいったんだ!?」
「いや……何のことだか。それより何なんだあんたは」
「そういやここで何してたんだろ私……?」
「ふ、ふざけんな! ここまで来て、裏切るっていうのか!?」
「裏切るってなんだよ。訳わかんねえこと言ってんなよ」
「く、くそっ! 一体どうなって──」
半狂乱状態のフードを被った男の肩に何者かの手が置かれ、恐る恐る振り返るとそこには笑顔のシエナが立っていた。
「ちょ~っとすみません。少しお話、お聞かせ願いませんか?」
その笑顔には有無を言わせない迫力があった。