魔術師の性 5
「──これが、《天神衆》の計画の全て、です」
「……そうか。ありがとう」
ミュウの持ってきた情報を聞き終え、グレイはその場で足を止めた。どう動くべきか考えあぐねていたのだ。
「くそ……ッ! どうすれば……?」
《天神衆》の計画は同時に数ヵ所で行われるらしかった。しかしグレイの体は一つしかない。その全てを一人で回りきることは物理的に不可能だ。
中でも特に問題なのが二つ。一つは友の未来が掛かっており、もう一つはその他大勢の命が掛かっている。
天秤にかければ当然、大勢の命の掛かっている方へと向かうべきなのだろう。それどころか、既に彼個人で解決出来る域を越えている。
「マスター」
頭を抱え込んでいたその時。ミュウがグレイに声をかけた。
「マスターは、マスターの我が儘を、貫いてください。こちらは、わたしが何とかします」
「なっ!? そんなの無理だ。俺の身勝手にお前や皆の身を危険に晒すわけには──」
「マスター」
グレイの言葉を遮るように再度ミュウがグレイをまっすぐ見つめる。その目が訴えかけてくる。『自分を信じてほしい』と。
グレイと同じ灰色の、どこか眠たげな目をしていながらも、力強い光を宿すその目を見て、グレイは決心した。
「……わかった。そっちは任せるぞ、ミュウ」
ミュウはこくんと頷き、グレイも頷き返す。覚悟は決まった。なら後は迅速に行動を起こすのみだ。
「《特注顕現 蜃気楼の聖衣》!」
「受諾」
グレイの発した《キーワード》に呼応して、ミュウが虚空に手をかざす。
ミュウの本来の姿である《無限目録》の力は、《空虚なる魔導書》に記載された全ての魔法とアークを自在に使いこなせる、というもの。それは当然、自在に顕現させることも可能なのである。
ミュウから無色透明の魔力が迸り、グレイの体を包み込む。
そして現れたのは典型的な魔法使いのような聖衣と大きな帽子のアーク。アークを顕現したことにより、グレイの魔力と身体能力が跳ね上がる。
「それじゃ、行ってくる」
「はい。ご武運を。我が主」
グレイは強く地を蹴ってすごいスピードで跳び去っていく。それを見届けたミュウも急いでコロシアムへと向かった。
~~~
「おい。今の……」
「ええ。確かに感じたわね」
アシュラとエルシアはよく知る魔力の波動を感じた。突然、その魔力が跳ね上がったということは、何かトラブルがあったのは明白だ。
だが、トラブルならこちらも負けてはいなかった。
「いたぞ! こっちだ!」
「逃がすんじゃねえぞ! あと少しなんだ! 邪魔させるわけにはいかねえ!」
「ったく! まだ出来ねえのかエリー!?」
「あぁ~うるっさい! あとちょっとなのよ! 黙って護衛してなさい!」
「来るぞっ!」
アシュラ達は現在、《天神衆》の追っ手から逃げ回っていた。太陽が昇ったせいで、アシュラの影のドームが彼らに見付かってしまったのだ。夜ならまだしも、朝に影のドームなんてものを出していたら見付けてくれと言っているのと同じだ。
「これもエリーがちんたらしてっから!」
「あんたがいつまでも影のドームなんか張ってたりしてたせいでしょうが!」
「はぁっ!? 俺のせいだってか!?」
こんな状況だというのにまた喧嘩している二人を心配する店長だが、彼らにとってこれは日常なのだ。むしろ──
「あぁ~あ! こんなんだったらエリーに任せるんじゃなかったわ! 一人一人ぶん殴った方が早いぜ!」
「なんですって!? そんな野蛮なことで解決出来る問題じゃないって言ってんでしょうが! 穏便に済ませることが出来ないの? この馬鹿は!」
「はっ! 役立たずが吠えんな! なら俺がこの場を穏便に解決してやんよ!」
「上等よ! それより早くに魔法を創り上げて解決させるわよ!」
そのライバル意識が、相乗効果を生み出しているのだから。
アシュラはすぐに反転し、向かい来る追っ手に手をかざす。
その間にエルシアは二つの白い光を混ぜ合わせるように包み込む。
「《影霊》!!」
「《ヒーリング・パージ》!」
アシュラから伸びる影が追っ手の足に絡み付き動きを止め、エルシアの光が彼らを優しく照らす。
「あ、れ……? 俺は、何を?」
「うわっ!? なんじゃこりゃ?」
「何だか、変な夢見てた気が……?」
見ると、先程まで怒り狂っていた追っ手達の表情が、まるで何事もなかったかのようなスッキリした表情へと変わっていた。
「「よし! 俺(私)の勝ち!」」
そして二人は同時に勝利宣言をする。
「はあ? 何言ってんだエリー。俺が穏便に止めたのが先だったろ?」
「何言ってるのよ。あんたは動きを止めただけ。何も解決してないじゃない。あの人達が正気を取り戻したのは私の魔法のおかげ。つまり私の勝ちでしょうが!」
「俺の魔法があいつらの動きを止めてたから出来ただけだろうが!」
「どっちみち私の魔法があの人達を助けてたんだから一緒よ。くだらないことで時間取らせないで、さっさと私の勝ちってことを認めなさいよ!」
──しかし、喧嘩ばかりして目的を見失うことがあるのが玉に瑕ではあるのだが。
「お、お前達。もうそれくらいで──」
店長が二人の喧嘩を仲裁しようとしていると、こちらに向かって走ってくる人影が目に入った。更なる追っ手かと思い警戒するが、とても見慣れた少女がこちらに向かって走ってきていた。
「エルシアさん。アシュラさん」
「「ミュウちゃん!」」
エルシアとアシュラが同時にその少女の名を呼ぶ。
「無事だったのねミュウちゃん」
「さっき無属性の魔力を感じたからどうしたのかと思ったが、ミュウちゃんは平気そうだな」
ミュウの無事を確認し、エルシアはミュウに抱きつく。そしてミュウが無事ということは同時にグレイも無事だということだ。だが安心してばかりもいられない。
「エルシアさん。アシュラさん」
「ん?」
「どうしたの?」
「手伝って、ください。マスターのために」
ミュウのお願いを、エルシアとアシュラが断るわけもなかった。
「おうよ。ミュウちゃんの頼みなら聞かねえとな」
「ええ。ミュウちゃんのためなら何でもやるわ」
「ん? 今何でもやるって言った?」
「変なことに反応してんじゃないわよ!」
だが、決してグレイのためとは言わなかった。でもそれで構わない。それが結果としてグレイのためになるのだから。
「お願い、します」
ミュウは深く頭を下げた。
~~~
ミュウと合流した三人はミュウの口から《天神衆》の計画の概要を知った。
「……それ、本当なの?」
「はい」
「でもよ。その情報、どうやって仕入れたんだよ?」
アシュラの疑問に、ミュウはすぐに答えた。
「マスターの指示で、わたしはマスターと《天神衆》の人の後を追いかけてました」
──昨晩、ミュウがグレイから指示されていたことは一つ。グレイが失敗した時のバックアップだった。
そもそも最初の作戦ではグレイが《天神衆》内部に潜入し、彼らが何を企んでいるのかを暴き、同時にハイドアウトが《天神衆》と関わりを持っているかどうかを調べる、というものだった。
もし、ハイドアウトは全く関与していなければグレイは即座に通報するつもりでいた。しかしそれは叶わず、ハイドアウトが深く関わっていることを知る。
そうなれば通報するわけにもいかなくなり、何とかグレイだけで解決しなければならなくなった。
グレイはハイドアウトのために、何としても《天神衆》の作戦を未然に防がなければならない。
そのためには彼らの作戦を詳しく知る必要が出てくるのだが、この時には既に魔術師であるという疑惑を持たれており、聞き出せる状況ではなかった。
だが、グレイはこうなることは薄々予感していた。
そもそも彼はよく学校を抜け出し、制服のままでミーティアへと訪れていたことが何回もある。グレイのことを知っている者が《天神衆》の仲間になっていることも十分考えられた。そして案の定、そのせいで素性が知られることになったのである。
こうなった時、グレイの出来ることは大人しく誰かにぶん殴られて気を失ったフリをするくらいだった。
何故なら、その場でリビュラ達を倒してしまえば手掛かりがなくなり、ハイドアウトの皆の所へと辿り着けなくなるからだ。
だからこそ、グレイはたった一撃でやられたフリをしてあの場をやり過ごした。
外に待機させているミュウに全てを託すために──
「でも待って。そのリビュラって奴があいつらのボスなら、その場で倒しちゃえばよかったじゃない。その時点で作戦自体が無くなってそれで終わりでしょ?」
「はぁ……。駄目だなエリー。お利口なだけじゃこの先、生きていけねえぜ?」
「ど、どういうことよ!」
「なら聞くが、リビュラがボス、って誰が言ったよ?」
「はあ? そんなの見てればわかるでしょ」
「そうだ。見てれば誰もが奴がボスだと思う。でも、確たる証拠なんてないだろ。もしかしたらリビュラの裏に誰かいるかもれねえ。グレイはその可能性を考えて、下手に暴れたりしなかったんだろうぜ。それに、ハイドアウトの皆がそのまま町を離れて《天神衆》の奴等にくっついて行っちまう可能性もあった。そうなったらそれこそ最悪だ」
こういう、ひねくれたものの見方が出来ないエルシアは悔しく唇を噛み、アシュラはどや顔でエルシアを見下す。正直、死ぬほどムカついたが、我慢してミュウの話の続きを聞く。
──グレイを地下室に閉じ込め、外に出てきたリビュラ達を見て、ミュウはグレイの言っていた通りにバックアップとして彼らの後を慎重に追っていった。
リビュラ達はかなり周囲を警戒しながら歩いていく。当然だ。グレイが既に通報している可能性も考えられるからだ。
しかし彼らにはミュウの姿を確認することは出来なかった。だが無理もない。なんせミュウは“姿を消す魔法”が使えるのだから。
とは言っても姿が消せるだけで、足音などは消せないため、十分距離を置いて追跡を続けた。すると大きな宿屋に辿り着いた。そこでリビュラと幹部のみが宿屋へと入っていくので、ミュウもその後を着いていく。
十分の警戒を怠ることなく続けた彼らは、周囲に敵がいないことを確認していた。
だからこそ、彼らは油断してその場で作戦の最終確認を行う。
後ろに姿を消した状態で盗み聞きをしているミュウの存在に気付けないまま。
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ミュウの話を聞き終えた二人はポカンと口を開けていた。
「す、すげえな、おい……」
「隠密スキル高すぎじゃない?」
「前の大会で、慣れてますので」
そう言えば、と二人も思い出す。ミュウはその魔法を駆使し、前回の月別大会ではMVPにまで選ばれたのだ。
だからこそ、彼女の言っていることは真実なのだということがわかった。
「だったら今すぐ動かないと。しかも偶然とは言え、まだ間に合うじゃない!」
ことは一分一秒を争う事態だった。すぐに行動を起こさないといけない。
「なら町は私に任せて」
「だったら俺はコロシアムに行くぜ。俺の魔法なら確実に処理出来る」
「わたしも、コロシアムに行きます」
「儂はうちのガキ共のところへ行こう。これは儂がケリをつけねばならんことだからな」
全員が自分のすべきことを悟り、自ら名乗り出る。全ては《天神衆》の計画を始まる前に潰すため。
「すまん。お前達まで巻き込んでしまった責任は必ず取る」
「気にすんなよ店長」
「そうですよ。店長さんは何も悪いことしてないんですから」
申し訳なさそうに頭を下げる店長を見て、アシュラとエルシアは笑い飛ばす。
「俺は俺のために暴れる。ただそれだけだ」
「私は私とミュウちゃんのために動くだけです」
魔術師は皆自分のためだけに動く。アシュラやエルシア、そしてグレイにとって、今やっているのは自己満足で自分よがりで自己中心的な行動でしかない。それが魔術師の性なのだ。
だから気にするな、と笑ってみせた。
「それじゃ行くわよ。アシュラ、あんたは一番重要なんだからしくじるんじゃないわよ!」
「当たり前だっつの! そっちこそ途中でへばるとかやめろよな!」
二人はいつものように喧嘩しながら、自分の役割を果たすために駆け出した。
ミュウもアシュラの後を追う。そんな三人の小さくなる背中を見て、店長は深く感謝する。
グレイも含め、エルシアもアシュラも、一言も通報するという選択肢を選ばなかった。そもそも考えすらしていないのかもしれない。
彼らにとっては得にならないことで、むしろ無駄に自分の身を危険に晒すだけだ。
事件を解決するだけでなく、その後のことも含めた全てを考えて、彼らはこの選択を選んでくれた。
こんな優しい魔術師もいる。それを知っているからこそ彼は《天神衆》などの仲間にはならないのだ。だが、まだそれを知らない者達がいる。
「あの馬鹿ガキ共が。簡単に唆されおって」
店長は、自分の店員達を叱りつけるために、限界に近い自分の体に鞭を打って走り出した。




