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魔術師の性 4

 ──エルシアとアシュラが町を逃げ惑っている一方で、グレイは地下室に閉じ込められていた。

 そして部屋の隅でうずくまる男の存在に気付く。何故かその男の顔に見覚えがあるのだが、どこで見たかは思い出せない。記憶を辿って思い出そうとするも、全くどこにも引っ掛からない。

 先程グレイを殴った男に負けず劣らずの厳つい顔だが、その口には猿ぐつわを噛まされ、よく見ると両手は手錠で繋がれている。

 その手錠は魔力を吸い取る特殊な金属で作られている。つまりそれは彼が魔術師であることを物語っている。


「お前、は……?」

「ん~! んん~!!」


 その男がグレイの顔を見て、怒りの形相を露にした。恨まれるようなことをした覚えはないのだが、男はずっと呻き続ける。

 このまま放置するのも気が引けたのでとりあえず猿ぐつわだけでも外してやると、途端に男が叫び声を上げた。


「てめえこのクソガキ! あん時ぁよくもやってくれたな!!」

「……はっ? ……いや、誰だよあんた?」

「こ、こんの……ッ! 覚えてすらいねえってか! 俺はビーカだ! 店では俺のこと容赦なくぶん殴りやがって! しかもありゃお前の独断らしいなっ!?」

「店? ぶん殴る? 独断ってなんの……」


 店とはハイドアウトのことだろうかと考えていると、ようやくビーカと名乗る男の顔を思い出した。


「あぁ、あの時のクレーマーか」

「だから、ありゃ作戦だったろうが!」

「作、戦? ……どんな?」

「はあっ?! だから、ハイドアウトにいちゃもん付けて店員共の魔術師に対する不満を高めろ、ってヤツだよ! やるなら徹底的、店員の何人かはボコれって話だったろ!」

「そんなことすれば捕まるだろ。馬鹿かお前」

「だからてめえら《天神衆》がそこに介入して俺を連行するフリをするっつー作戦だったんじゃねえか! ほんっと馬鹿だなてめえは!」


 馬鹿はお前だ、と思いながらも口にはせず、勝手にペラペラと話すビーカを放置し、今得た情報を一度整理する。


 この男、ビーカと会ったのは放火事件が起こる少し前。ハイドアウトの料理に意味不明ないちゃもんを付けていた。その場はグレイが物理的に収めたのだが、ビーカのその不自然さが少し気になっていた。何せ、ハイドアウトの料理は絶品だ。文句の付けようはどこにもないのだから。

 しかしそこですぐにリビュラに話し掛けられたせいでそのことをすっかり忘れてしまっていた。


 だが今の話を聞いて納得する。あれは全て作戦だったのだ。それをイレギュラーのグレイが邪魔をしてしまったというわけだ。

 リビュラはその時のグレイを見て、グレイを仲間に引き込もうと企んだのかもしれない。


 ビーカは未だグレイを《天神衆》の者だと勘違いしているようで、ギャーギャー騒ぎ立てる。


「うるせえな。静かにしてろよ。ていうかお前は何で捕まってるんだ?」

「知るか! あの夜、ジジイを殺った後に報酬をいただいたらとっととずらかるつもりだったっつーのに、ジジイは逃がすわ、リビュラの野郎はジジイ殺すまでは報酬は出さねえとか抜かしやがったんだよ!」

「ジジイ、ってまさか店長のことか?!」

「あぁそうだよ。何でてめえが知らねえんだよ」

「知るわけねえだろ。俺は《天神衆》じゃねえんだから」

「…………は?」


 ビーカはポカンと口を開ける。まるで予想だにしていなかったという顔だ。恐らくリビュラからグレイは仲間だと嘘の情報を教えられていたのだろう。


「そんなことより、もしかしてあの放火もお前の仕業じゃないだろうな?」

「…………」


 グレイの追求に黙り込むビーカ。決定だ。リビュラはこいつを利用し、二つの事件を起こさせた。

 一つはハイドアウトでの揉め事。もう一つは放火。犯人が魔術師だ、と叫んだ者の言葉は皮肉にも正しかったことになる。いや、もしかしたらそう叫んだ者も《天神衆》の仲間で、犯人ビーカのことを既に知っていたのかもしれない。


「つか、共犯者のお前が何で捕まってんだよ。……って、考えるまでもないか。お前はどうせ遅かれ早かれ口封じのために殺されただろうし、むしろまだ生きてることが不思議なくらいだ。たぶん全ての罪を着せるためだけの生け贄だったんだろうな。まあ、その計画も恐らくなくなったろうから、今は完全に何の価値もなくなったんだろうけど」

「ぐっ……」


 ビーカも流石にそれは感じていたのか、むしろその事実から逃れるためにわざと話をぼかしていた節すらある。だが、我に返ってみると現状は何も好転していない。

 グレイは立ち上がるとビーカを置いて地下室の出入り口へと向かう。後ろでビーカがわめいていたが、無視した。

 先程まで《天神衆》幹部がいた部屋には机だけが残っており、武器や作戦書などは一切残っていなかった。

 その部屋も出て地上へ続く階段を上がるも、出入り口は塞がれていた。天井を押してみてもびくともしない。上から何かで蓋をされているのだろう。


「まあ、そうだろうな。むしろ開けてる意味がわからん」


 出入り口が塞がれることは予想出来ていた。それどころか生き埋め、水没、閉じ込めてからの爆発等々、他にも色んなパターンを予想していたが、一番甘いパターンで安心したくらいである。ただ、厄介なことにこの天井(正確には床なのだが)は魔法を遮断する材質のようで、中からの脱出方法は見つけられなかった。


「こうなったら、ミュウから連絡来るまではあいつから得られるだけ情報を搾り取るか」


 グレイは地下からの脱出を一度諦め、ビーカのいる奥の部屋へと戻る。


「おいあんた、あいつらの作戦をどこまで知ってるんだ? 何を狙ってる?」

「知らねえってんだよ。俺ぁ金で雇われただけだ!」

「…………マジで役に立たねえ奴だなお前。リビュラに切られる理由もわかるってもんだ」

「あぁっ!?」


 まるで情報を得られなかったことに落胆し大きく溜め息を吐く。


「ならもうここに用はないんだが、どうにも外には出られそうにない。何とかして外に出る方法はないか?」

「だったらこの手錠を外せ。こんな天井ぶち抜いてやるよ!」

「……無駄だ。この地下室の壁は魔法耐性が強い素材で作られてる。お前ごときの魔術師にゃ破壊出来ねえよ」

「や、やってみねえとわかんねえだろ!」

「そもそも鍵がないだろ」

「使えねえなてめぇ」

「……黙ってろ犯罪者」


 本当に鬱陶しくなってきたグレイは余程少年のものとは思えない殺気を放つ。その殺気に怯んだビーカはそれ以降まったく口を開かなかった。

 実のところ、鍵は持っていた。巨漢の男に殴られた瞬間、ポケットから拝借しておいたのだ。何の鍵かは知らなかった。

 何かしら《天神衆》の作戦に妨げになればいいと思っていたのだが、ビーカの手錠の鍵穴を見る限り、残念ながらまず間違いなくこの手錠の鍵だった。


「ちっ。折角ついでに掠め取ってやったってのに、ただのゴミだったか」


 グレイはその鍵を懐にしまう。わざわざ鍵を外してやる義理は毛ほどもなかったからだ。


 そして、あれからどれだけの時間が経ったのか、窓も時計もない地下室ではわからないが、体感的に数時間地下室でじっとその時を待っていた。そして、ついに──


「…………来た」

「あ? 何がだよ」


 ビーカが尋ねてきたものの軽く無視して別の部屋に移り、グレイは目を閉じて集中する。魔力が上がっているのを感じる。それはどこかでグレイのアークが顕現したことを意味する。そして、それが彼女と示し合わせ、グレイが待ち望んでいた合図だった。


「《接続コネクト》」


 すると、グレイの脳内に直接ミュウの声が聞こえてきた。


 ──マスター。任務、完了です。


 グレイは相棒ミュウが見事に仕事を果たしてくれたことを知り、希望が見え始めた。


 ──よし。よくやったミュウ。あとは俺のところにまで戻ってきてくれ。今地下室に閉じ込められて身動き取れないんだ。

 ──《受諾アクセプト


 グレイは心の中でそう話す。するとすぐに返事が返ってくる。


 これはグレイとミュウが一心同体だからこそ使える意思伝達方法である。遠距離になればなるほど、魔力と集中力を必要とするが、魔道具などを使わずに意思疏通できるのである。

 これでここから脱出するための目処は付いた。後はミュウの到着を待つのみだった。


~~~


 グレイの指示を受け、ミュウは急いでグレイの元へと戻る。

 今いる場所からグレイのいる廃墟まで最短ルートで駆けつけるために、建物の屋根を伝って一直線に走る。


 しばらく走り続け、ようやく視界にグレイのいる廃墟が映る。それと同時にその手前にある建物の屋上に寝転がる男も同時に確認した。


 ミュウは一度足を止め、彼の側へと近付く。どうやら気絶しているようだ。


「……少し、強くやりすぎました」


 少し申し訳ない気持ちになったミュウだったが、あの時は仕方なかったのだと自分に言い聞かせた。


 と、言うのもそこに転がっているランバックを後ろから襲い、気絶させたのは何を隠そうミュウ本人なのだ。


 あの時、ミュウはグレイの言いつけでこの廃墟の周辺に待機していた。そこにランバックがグレイとリビュラの後を追って廃墟に忍び込もうとしていたのを見付けたのだ。

 しかし、ここでランバックに介入されてはグレイの邪魔になる。そう判断したミュウは瞬時にランバックの意識を狩り取ったのだ。

 幸い、ランバックは一撃で伸び、ミュウはランバックを誰にも見付からないように、廃墟の隣にある建物の屋上に寝かせたのだ。


 ミュウは気絶したままのランバックに謝罪した後、すぐに廃墟の中に入る。すぐにグレイの魔力を辿り、あの隠し階段のある廊下に着く。

 しかし隠し階段のある床の上には精霊のオブジェが置かれている。隠し階段のことを知らないミュウだが、そのオブジェの下からグレイの魔力を感じた。


「邪魔、です」


 ミュウは容赦なくオブジェを破壊し、床を調べてみると地下へと続く階段を発見した。

 階段を下り地下室の一番奥の部屋へと入る。するとそこにはグレイの姿があった。


「マスター」

「おっ、ミュウ。悪いな手間取らせて。助かったわ」


 グレイはミュウに近付き頭を撫でる。頭を撫でられるのは好きなのだが、今はそれどころではなかった。ミュウは急いで先程得た情報をグレイに伝えようとした。


「おいガキ」


 だが、先程まで視界にすら入っていなかった男にそれを遮られてしまった。

 その男の顔を、ミュウは二度見たことがあった。一度はハイドアウトで。二度目は宣教師達の集まる広場で。

 だが、何者なのかはわからないので警戒を強める。そんなミュウを宥めるようにグレイはミュウの頭に手を置く。


「なんだよオッサン」

「そのチビがここに入ってきたってことは、入り口は開いたんだな?」

「そうだが、お前はここに残していくぞ? 全部終わったら犯罪者として捕まえに来るから。それに手錠も掛かったままなんだからどうせ遠くにゃ逃げられないだろうしな」

「な、ふざけん──がふっ!?」


 ビーカが台詞を言い終わるより速く、グレイの拳がビーカの腹に深く突き刺さる。

 ビーカはそのままよたよたと後退り、壁に背を預けたまま床に倒れ伏した。


「……お前みてえな魔術師がいるせいで《コモン》との軋轢が生じるんだよ。この恥晒しが」


 グレイは軽蔑の言葉を吐き捨ててミュウと共に地下室を出る。

 久し振りに見る地上は既に明るくなっており、遠くで花火の上がる音が聞こえてきた。

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