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魔術師の性 3

 エルシアは瞳を閉じ全神経を集中させて魔力を高めていた。彼女の周りには眩い光が点滅し続けている。だがそんなことをすれば目立って仕方ない。わざわざ敵にこちらの居場所を知られるだけだ。

 そのためエルシアは今アシュラの作ったドーム状の影の中に入っている。これなら光が外に漏れることはない。加えて今はまだ夜で、そのドームは遠くからだとかなり見えづらい。身を隠すには持ってこいの状況だった。


 そんな中、エルシアは新たな魔法を、リラクリアに似た効果を出せる魔法を“創っていた”。


 だが、魔法を新たに創るなど、ただの学生でしかないエルシアにそう簡単に出来るわけもないのだ。

 攻撃系統の魔法ならまだしも、回復系統の魔法を創ることは桁違いに難しく、しかも精神に作用するものなど、普通なら年単位の時間と研究が必要である。

 エルシアの額には玉の汗が浮かび、思うようにいかない苛立ちが焦りを生み、ミスを連発させていた。


 アシュラと店長は邪魔にならないよう影の外に出る。


「エリーの方はもうしばらく時間かかるだろうし、今のうちに何があったか話しておいてくれねえっすか?」

「うむ。ではまず、《天神衆》の奴等がこの町にやって来た頃の話から始めねばならん」


 そう前置きし、店長は事の成り行きを説明し始めた。


~~~


 それは何もない平凡な一日。時期にすると、ミスリル魔法学院の生徒達が定期テストのために勉強を始め出した頃。


 ミーティアにやってきたリビュラ率いる数人の《天神衆》が町のあちこちで宣教活動を開始した。

 はじめは町の者達も冷めた目で彼らを見ていたが、徐々に、しかし確実に彼らの思想に賛同する者が増え始めていた。


 そのことにどこか危機感のようなものを覚えていた店長だったが、ある日の夜、突然そのリビュラがハイドアウトへと姿を現した。


 目的は自分達を仲間に引き入れることだった。当然店長はそれを断ったが、店員達の中には迷いを見せる者達もいた。このままでは店員達にも悪い影響が出ると危惧した店長はその日から単独で《天神衆》の調査を始めた。


 勿論、調査と言ってもそこまで本格的なものではない。噂話や、他の町での《天神衆》の宣教活動がどんなものなのか、といった情報を集めるくらいのことだ。

 そんな中、一つ見過ごせない情報を見つけた。


 内容は《天神衆》の極一部の過激派は仲間を増やすために、洗脳のようなものを行う、といったものだった。

 《天神衆》は《コモン》の集団であるため、その洗脳というのは魔法ではないのは確かだ。所謂人身掌握術の類いではないのか、とも思ったが、洗脳とは穏やかではない。

 そのためその部分について更に詳しく調べていくと、一つの魔法薬物に辿り着いた。それが甘怨香だ。

 これ単体では、人の感情を掻き乱し、昂らせ、混乱させるだけだが、そこに人身掌握術に長けた者の言葉が付け加えられると、まるで洗脳されたかのような症状になるという。


 その甘怨香は魔法耐性のあるものには効果が出ず、代わりに甘ったるい匂いがするらしい。しかし《コモン》である店長に魔法耐性はなく、リビュラ達が甘怨香を使っているという証拠を見付けられずにいた。


 そしてあの日、店長はとりあえず甘怨香の効果を打ち消す効果を持つリラクリアを買い集めるため、店を店員達に任せて朝から町中を歩き回った。だが、どの店にも置いておらず、唯一リラクリアが置いてある店を見付けた頃にはすっかり真夜中になっていた。


 まさかここまで時間が掛かるとは思ってもいなかったが、一応目的は果たしたので店に戻ろうと歩みを進めていると、近くで火災が発生しているのを見掛けた。

 現場に駆けつけると、魔術師団の者達と、住民達が言い争っていた。話を聞いていると、何とも無茶苦茶な言い掛かりだった。

 いくら自分達の家が燃えたとして、その怒りを魔術師にぶつけていいわけがない。店長はすぐに両者の言い争いに介入し、その場を収めた。

 するとそこにはグレイの姿もあり、少し話をしたのだが、グレイは魔術師団の事情聴取があったため、そこですぐに別れた。


 グレイと別れた後もしばらくはその場に残り、また両者の言い争いが始まらないよう見張っていた。そこに近付いて来たのがリビュラだった。


「ようやくお会いできましたね」

「……何のようだ?」

「怖い顔をしないでください。我々は同志ではないですか」

「あんたのお友達になった覚えはねえが」


 店長はリビュラを警戒していた。話を聞くところによると、魔術師と《コモン》を煽ったのはこの男だったのだ。自分がもう少し介入するのが遅れていたら暴動が起こっていたかもしれない。もし、それが狙いだったのだとしたら、リビュラが過激派であることはもはや疑う余地もなくなる。


「お時間よろしいですか? 少しお話があるのです」

「こちらにはない」

「そう言わないでください。貴方の大事な店で働く皆さんについての話ですよ」

「──ッ!?」


 わずかに動揺する店長。今日一日、店長は店を留守にした。もしその間にこの男が店に何かしたのだとしたら。いや、この際店はどうでもいい。そこに働く店員達とリビュラの間に何かあったのだとしたら。

 散々悩んだ結果、店長はリビュラの話を聞くことにした。


 流石にこの場で話すわけにもいかない、と場所を変えることにした。喧騒が遠くに聞こえるくらいの場所まで歩いていくと、前を歩くリビュラがおもむろに立ち止まり、振り返った。


「この辺でいいでしょう」

「……で? 何の話だ?」


 この辺、と言っても何もないただの路地裏だ。こんな所でする話とは何なのか、警戒しながら尋ねる。


「では率直に言います。私達の仲間になってください」

「断る」


 それは見事な即決だった。店長も何を言われるのか予想はついていたのだ。

 手を差し伸ばしたままの体勢で固まるリビュラだったが、やがてゆっくり腕を下ろす。


「そうですか。残念です。あなたほどの人が仲間になってくれればどれだけ心強かったか」

「そうとわかりゃとっとと去りな。あと、うちの店員にも手を出すなよ」


 そう忠告する店長の言葉を、リビュラは笑い飛ばした。


「……何がおかしい?」

「いえ。仕方ありません。あなたはもう要りません。代わりにその店員さん達を貰います」

「……おい! どういう意味だっ!?」


 意味深なことを話すリビュラに注意を向けていたせいで、後ろからの攻撃に一瞬反応が遅れた。そのせいで右手に持っていた袋を落としてしまう。中に入っていたリラクリアが転がり出てくる。それを見たリビュラは瞬時に悟った。


「なるほど。これはこれは。尚のことあなたには消えてもらわなければならなくなったようです」


 リラクリアを持っているということは、甘怨香のことを知っているということ。それはつまり、リビュラ達の計画の一端を知られていることになる。

 このことが魔術師団にバレれば違法宣教活動と見なされ、町から追放、もしくは捕縛される。そうなれば今回の計画も達成出来なくなる。

 今、何としても店長を生きて逃がすわけにはいかなかった。


「ちっ!」


 店長は左手に持った袋の中にあるリラクリアを適当にいくつか握り、地面に投げつけた。リラクリアは煙幕としても使え、リビュラ達の視界を塞ぎ急いでその場を離脱する。


 この町に住む店長の方が地の利があり、建物の陰を利用し巧みに逃げる。

 だが、聞こえてきた言葉に思わず足を一瞬止めた。


「貴方の店の子が私達の仲間になりましたよ。あなたが逃げるなら、彼女達の命を奪います」


 根拠はない。証拠もない。だが、あの日。様子のおかしかった者達の顔が脳裏によぎる。まさか今日、その者達がリビュラに唆されて奴等の仲間になっていたとしたら。

 そう考えてしまい、足を止めてしまった。そこへ狙い澄ませたように火の玉が飛来する。


「なにっ!?」


 しまった、と思う暇もなく、その火の玉が店員に直撃する。腕でガードするも、持っていた袋が焼け落ち、残りのリラクリアも地面に落ちる。


 急いで落ちたリラクリアをいくつか掴み取るも、他は再び飛来する火の玉に焼かれ、大量の煙が店長と謎の襲撃者との間に立ち上る。


 かなりの量のリラクリアを失ったが、敵の視界から逃れることは出来た。何とか路地から出ることが出来れば、と足を動かすも年のせいか先程の一発で体力のほとんどを奪われてしまっていた。


「……まったく。年は取りたくないな……」


 自嘲気味に笑う店長のすぐ後ろから男達の叫ぶ声が聞こえる。

 とうとう足が絡まり、盛大に転んでしまう。大きく擦りむき、血が流れる。すぐに起き上がろうとするも、体が言うことを効かない。

 ふと、握っていたリラクリアに視線を落とす。これには気休め程度だが回復効果もある。背に腹は変えられず、残り少ないリラクリアを一つ地面に叩きつける。

 煙を全身に浴びたおかげでわずかに体力が戻り、立ち上がる。

 だが襲撃者の声がすぐ後ろから聞こえた。


「見付けたぜジジイ。ったく、年寄りのくせにちょこまかと鬱陶しい。さっさと死ねや!」


 三度目の火の玉が店長に襲い掛かる。これを受ければ恐らく終わりだ。咄嗟に店長は近くにあった水路へと飛び込んだ。


~~~


「それから一週間、何度も奴等に追われながら、残りわずかなリラクリアを使って生き延びたのだが、とうとう限界が来てな」

「いやいやいやっ!? むしろ限界来んの遅くねぇっ!? どんだけタフなんだよ!」

「ふっ。まあ、これでも昔は鍛えておったのだ。多少は、な」


 店長のしぶとさに驚きながらも、だいたいの事情を把握したアシュラはふむ、と考え込む。


「逃亡中に誰かに連絡は取れなかったのか?」

「無論それも考えたが、皆が人質となっている可能性もある以上、余計なことをするわけにもいかなかった」


 万が一にも人質として捕らわれている可能性が残っている限り、誰彼構わず話すわけにもいかなかったのだ。


「そうだな。それで、結局《天神衆》の奴等の狙いは何なんだ?」

「計画、と言ってはいたが、内容までは。だが、このまま何もないことはないだろう。明日、いや既に日付は変わっておるから今日にでも何か騒ぎを起こすかもしれん」

「根拠は?」

「今日は、《ミスリル・オムニバス》の二日目。この大会の本番とも言える日だ。これ以上に格好なイベントもあるまい。人を隠すには人の中とも言うしの」


 多くの人の出入りがあれば、騒ぎの中心人物が誰かの特定が難しくなる。いくら《天神衆》が怪しくても証拠がなければ捕まえられない。

 それに事を起こした後も、人に紛れて逃亡することも出来る。なるほど、確かにこれ以上ないタイミングだ。


 その問題の今日という日の始まりを知らせるかのように、空が明るみ始めていた。

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