問題児達の実力 3
「可愛い~!!」
「そう、でしょうか?」
エルシアはミュウに色んな服を着せ、その度に可愛い可愛いと言っていた。ちなみに今はメイド服を着させられていた。
実はエルシアは無類の可愛いもの好きで、部屋には沢山のぬいぐるみが綺麗に並べられている、とは無謀にもエルシアの部屋に突入し、情け容赦なく迎撃されたアシュラの言葉だった。
現在、グレイ達は学校外にある大きな街、ミーティアを訪れていた。
その一角にある有名店に入って、かれこれ一時間、最初はエルシアと共にミュウの服を選んだりしていたグレイとアシュラだったが、流石に飽きてきていた。
しかし、エルシアは全く飽きていないようだった。更に何着かの服を持ち、ミュウと一緒に更衣室に入る。
これは、まだまだ時間がかかるなと、男二人は項垂れた。
そこから数十分後にキャサリンが合流した。
「あなたたちっ! 何ナチュラルに外出してるんですかっ! さっきあまりにも自然過ぎだったせいで私も、後で行きます。なんて言っちゃったじゃないですかっ! 普段優等生なエルシアさんが、どうしちゃったんですか?!」
「可愛いは正義だと思うんです」
「理由になってないのですよ!?」
ミスリル魔法学院は完全寮制で、寮も学院の内部に存在し、外出時には手続きが必要となる。
これは、魔法使い見習いである生徒が無闇に学外で魔法を暴走させないための処置であるのだが、それを《プレミアム》の三人はよく無視して街に出掛けていた。
問題児と呼ばれるのは何も、謂れのない誹謗中傷だけが原因ではないのであった。
「でも、あれで一応担任の許可は取った、ってことになるんじゃね?」
「ならこれは監督不行き届きのキャシーちゃんのせい、ってことかもしれないっすね」
「ま、まさかそんなことっ……。まさか、また減給なんてことに……。いやああっ!?」
泣き出しそうになっているキャサリンを見かねて、グレイはネタバレした。
「嘘ですよ。今日はちゃんと手続きしましたから」
「へっ? そうなんです? でもそんなに早く許可が下りるなんてこと……」
「学院長に直接言ったんすよ。「あんたのお遊びで決めた決闘に付き合ってやったんだから、特別に外出させろ」って」
「そ、そんな失礼な口調でっ?!」
キャサリンはさっきとは違う理由で青くなる。これはこれで教育不行き届きで減給の原因になりそうではある。
「そ、それで学院長は何と?」
「「全く。さっきのことを全然反省していないな。でも、まあ許してやろう。わかった特別に許可してやろう」とか言ってましたね。あと、キャサリン先生の今月の給料は何とかかんとかって」
「嘘だと言って! 最後の部分は嘘だって言って!」
もはや半泣きどころの騒ぎではなかった。勿論最後のは嘘だったのだが、面白かったので三人ともしばらく黙っていた。
ネタバレしたとき、更に泣かれた。申し訳無くなった三人はお詫びにパフェを奢ることになった。
するとすぐに泣き止んだので、ほんとに子供だな、と三人とも思ったのだが、それは秘密にしておいた。
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「何たる失態なの!? まさかこうもあっさりと、しかも不様に負けるだなんてっ! それでも貴方達はあの気高き《イフリート》の生徒なのですか!?」
ファランは《イフリート》の校舎の一室でギャバル達三人に説教をしていた。
ファランは、優秀な魔術師であると同時に典型的な属性主義者でもある。しかし、これは別に珍しいことではない。魔術師のほとんどは優秀であればあるほど、属性主義思想が強くなる傾向がある。
しかしファランは些か思想が他より強いのか、自身の属性にかなりのプライドを持っている。
その彼女と同じ火の魔力を持つ自分の教え子が、歴史も伝統もない、ただ珍しいだけの《プレミアム》にあっさりと破れたことが腹立たしくてならなかった。
そしてそれはギャバル達とて同様だった。椅子に座りながら膝の上では血が滲むのではないかというくらいに強く拳を握り込み、その表情は暗く険しい。
「くそ、くそ、くそっ! あの野郎……ッ」
ギャバルは自分が負けたあの瞬間を思い出す。
ファランから聞かされて初めて知ったことだが、自分は魔法も使用されておらず、それどころか殴られてすらおらず、ただのデコピンで気絶したという。
彼にとってこれ以上の屈辱は無かった。クラス内ランキング戦の時で、二十二位という不甲斐ない成績を出した時ですらここまでの怒りを覚えたことはない。
「グレイ……。グレイ=ノーヴァス……。絶対にお前を許さねえぞ……ッ!」
ギャバルは自分に恥をかかせたグレイに逆恨みし、復讐の炎を心に灯した。
それにファランは気付いていたが、あえて何も言わなかった。
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「パフェ、美味しいです」
「なんかミュウ、今日食い過ぎじゃね?」
「たくさん食べたら大きくなるわよ」
「大きくない大人もいるけどな。一部分以外」
「アシュラ君。セクハラにつき、減点です」
「ちょっ!? 俺別にキャシーちゃんが胸はでかいけど背はちっちゃい、なんて言ってないんだけどっ!?」
「はい、更に減点です」
「うえぇ~!? 理不尽だぁ~!」
グレイ達五人は、あれから更に三十分ミュウの服選びを続けた後、近くにあった喫茶店に入っていた。
ちなみにミュウは今、白と黒の十字型のヘアピンと所謂ゴスロリと呼ばれている服を着ていた。
本人は全く気にしていないようだが、店中からかなりの視線を集めていた。
「なあ、ミュウ。その服、嫌なら嫌って正直に言っていいんだぞ? 別にエルシアの趣味に付き合ってやることはないんだからな」
「別に、嫌ではありません。……似合ってませんか?」
「いや、似合ってるよ。びっくりするくらいな。まあ、ミュウがいいならそれでいいよ」
グレイはそう言ってミュウの頭を撫でる。するとその瞬間、背筋が凍るような感覚を覚えた。
咄嗟に辺りを見渡すと、店員や他の客が、まるで犯罪者を見るような目でグレイを見つめていた。否、睨んでいた。
「……何でどこに行ってもこうなるんだよ」
「顔が犯罪者めいてるからじゃない。 その腐った目だけでもなんとかすれば?」
「何言ってんだエリー。腐ったもんは元には戻らねえんだぜ? 常識だ」
「上等だよお前ら。表出ろや」
「喧嘩しないでくださいよ~。ここは学院の外なんですから」
キャサリンは一応生徒三人に釘を刺す。
ミスリル魔法学院の校則に、「学外での魔法使用を固く禁ずる」というものがある。
当然だ。この世には魔力を持たぬ者もいる。魔法自体を恐れる者もいる。
そんな人達がいる町中で、魔法初心者の学生が好き勝手に魔法を使えばどんな惨事になるかわかったものではない。
故にこの校則を破る者には重い罰を与えることになる。最悪の場合、即刻で退学となり、牢に入れられることすらある。
流石のグレイ達もこの校則はきちんと守っており、今のはただの冗談半分のやりとりであることをキャサリンは理解していた。
そんなふざけながらも穏やかな時間は、突如終わりを告げた。
突然、店の外から轟音と悲鳴が聞こえてきた。
その音は徐々に大きくなり、ついにはグレイ達のいる店のガラスが破壊された。
「きゃああああっ!?」
窓際にいた数人の客がガラスの破片で軽傷を負ってしまい、それを見たキャサリンは即座にその全員に回復魔法を掛けてからグレイ達に指示する。
「私は外を確認してきます。三人は皆さんを安全な所まで連れていってあげてください!」
そう言い残し、キャサリンは店の外に出て、現状を確認した。
町の通りにある建物のあちこちが破壊されており、逃げ惑う人達の悲鳴が飛び交っていた。
その騒動の中心には暴れ回る一体の魔獣の姿があった。
「なっ!? あれはヘルベアー!? 何でBランクの魔獣がこんな町中にっ!?」
魔獣とは読んで字の如く魔力を持つ獣のことを総称した言葉である。
そもそも、精霊の残した膨大な魔力は何も人間だけが得たわけではない。
人間は勿論、獣や昆虫、草木や鉱石にも魔力が宿るようになったのである。
そして、魔力を得た獣や昆虫等は力や体格が変化し、凶暴化する個体もある。
その力をランク付けし、SからFまでの階級がある。
Sよりも上のランクも存在しているとされているが、それは余り公にはされていない。
今キャサリンが対峙している魔獣、ヘルベアーはBランク。異様に発達した前足から繰り出される攻撃は大木を易々と殴り倒す。土属性の魔力を持ち、防御力も高い魔獣だ。
わかりやすく目安を出すとすればBランクを倒すには上級魔術師、つまり学院の最上級生、もしくは学院の講師レベルの魔術師を三人以上必要とする。
そして、キャサリンの驚愕も尤もだった。
何故なら魔獣は魔術師よりも数が圧倒的に多く、故に人々は町の周りに砦を築き、そこから結界を張り、魔獣が町の中に入れないようにしている。
しかし現に今は結界内に魔獣が入り込んでおり、無差別に破壊活動を行っている。
結界が破壊されたという情報はなく、警報も鳴っていない所を見ると、何者かの策略である可能性が高い。
しかし、今やるべきことは原因の追求でなく、魔獣の対処だと思考を切り替えたキャサリンは水魔法《アクア・ソーサー》をヘルベアーに向けて放つ。
円盤状の水ノコギリがヘルベアーに直撃する。しかし──
「効いてませんか。やはり属性が不利だと……」
ヘルベアーは土属性の魔獣だ。水属性のキャサリンにとって、これ以上にやり辛い相手はなかった。
一方ヘルベアーはダメージこそ受けてないものの、自分に攻撃してきたキャサリンを敵だと認識し、異様に発達した前足を地面に叩き付けた。
すると地面から岩が隆起し、キャサリンに襲いかかった。
回避しようとすれば出来た。しかし、キャサリンは瞬時に理解した。
ここで回避すれば後ろで逃げ惑っている人達にこの魔法が当たってしまうということに。
キャサリンは決死の覚悟で《ウォーター・ウォール》を発動した。
だが、やはり属性不利が祟って水の壁は徐々に濁り始め、次の瞬間には弾き飛ばされた。
威力を削ることしか出来なかったことが悔しくて下唇を噛みながら、後は衝撃に耐えるのみと腕を構えて目を閉じる。
「…………あれ?」
しかし、想像していた衝撃は来ず、その代わりに謎の浮遊感に襲われたキャサリンはぱっと目を開けた。
そこにはこちらを見下ろすエルシアの姿があった。
今エルシアはキャサリンをお姫様だっこしながら空中にいた。どうやらキャサリンを抱き抱えて大きくジャンプしたようだ。
「お疲れ様ですキャシー先生。後は任せて下さい」
「な、何をっ!? それに攻撃はまだ──」
キャサリンの不安を余所に、何かが砕ける音がした。
視線を下に移すと、ヘルベアーと対峙しているアシュラと、地面に拳を突き立てたグレイが視界に入る。
エルシアは建物の屋根に着地し、キャサリンを下ろす。キャサリンはそのままぺたんとその場に座り込む。
エルシアはそんなキャサリンを見下ろしながら笑顔でとんでもない言葉を口にした。
「あいつ、私達で片付けるので魔法使用許可下さい」