祭りの夜 4
「寮にもいなかったとなると、やっぱり夜遊びですかね……? あぁぁやばいですやばいです。グレイくんが不良になっちゃいますぅ~! これってやっぱりわたしの責任ですかね? わたしの責任ですよね。あぁああぁぁあああ……」
一度学院寮へと戻り、グレイの姿を確認出来なかったキャサリンは急いでミーティアに戻りながら苦悶に満ちた顔をする。
「どうしましょう。まさかとは思いますが、もっと面倒なことに巻き込まれてたりしないですよね? 大丈夫ですよね……?」
キャサリンは決して答えの返ってこない質問を暗い空に向けて小さく呟いた。だが、残念なことに彼女の予想は当たってしまっていた。
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とある廃墟にある地下室。グレイは非常に面倒な状況に追い込まれていた。
密閉された地下室に敵は六人。彼にとって、この場から脱出することはそこまで苦労することはない。しかしだからといって逃げるわけにもいかない理由がある。
こうなったら、とグレイは腹をくくり、その時を待つ。痛いほどの沈黙の後、不意にコツコツと誰かが階段を下りてくる音がして、次の瞬間に扉が叩かれる。合言葉が交わされ、扉を開く。そこにいたのは、ハイドアウトで働く女性だった。
「すみません。わざわざお越しになってもらいまして」
「いえ。それで……えっ!?」
その女性はグレイを見ると、まるで先程の男と同じようなリアクションを見せる。
「彼は、何故ここに?」
「……やはり、知っておられるのですか?」
「…………ええ。うちの常連客で、ミスリルの生徒です」
その言葉を合図に、と言わんばかりの勢いでリビュラの拳がグレイの頬を殴り飛ばす。
グレイは殴られる寸前にわずかに体を仰け反らせたので、ダメージを軽減させることが出来たが、予想以上にリビュラの動きが鋭かったことに驚き、受け身もままならない状態で床を転がり、謎の扉を背にして急いで顔をあげる。
見ると最初にこの部屋にいた四人が全員銃を手に持っており、銃口をグレイに向けていた。
いくらなんでも動きが迅速過ぎる。恐らく、彼らはこの町で勧誘を受けた一般人ではなく、《天神衆》の幹部クラスの実力者なのだろう。戦い方を心得ている。
今にも発砲されそうなタイミングで、しかしリビュラが手を上げて彼らを制する。
「待ちなさい。今彼を殺してはいけない」
「おい!? 何でだよ!? 殺しちゃいけねえ理由がわからねえぞ! あんなのさっさと始末しちまえばいいだろうが!」
「落ち着いてください。それは今出来ないのです」
「何故ですか? まさか、まだ彼を仲間にしようと考えているわけではないですよね?」
「いえ、そうではありません。魔術師など、利用することはあれど、私達の仲間にいれるわけがありません」
断じるように告げるリビュラの声に、全員が押し黙る。
「彼を殺せない理由は他にあります。彼の首に、十字のアクセサリーがあるのが見えましたか? あれはデュアル・クロス。二対一組の魔道具で、あれを掛けた二人はどれだけ離れた場所にいても互いのことがわかるのです。つまり、今彼を殺せばパートナーに彼の死が伝わってしまいます。彼がそのパートナーに『自分に何かあったらそのことを誰かに伝えろ』などと言っていた場合、私達の作戦に大いに支障をきたす恐れがあるのです」
「だったらそのアクセサリーを外した後にでも殺せば──」
「無駄です。外した場合も相手にそれが伝わります。予め打ち合わせていた場合、それだけでアウトです」
巨漢の男の提案は即座に切り捨てられる。苛立ちからか、机の足を蹴り飛ばし、机に乗っていたペンや紙が床に散らばる。
「落ち着いてください。まだ私達の作戦が何なのか彼には話していません。それに、彼には彼の目的があるのでしょう。そう易々と私達のことを外部に伝えることもないはずです。なんせわざわざ単身で私達の懐に潜り込んで来たのですから」
リビュラの口調は今まで通りだったが、崩れることすらなかった笑顔はなりを潜め、冷徹な目をグレイに向ける。グレイは一度だけこれと似た表情をしたリビュラを見た覚えがあった。
放火事件のあった現場で魔術師を見た時と、同じ目だった。
リビュラは今の今までグレイを仲間と思っていたからこそ笑顔でグレイに接してきたが、今は魔術師であることがわかり、騙されていた怒りからか、それともずっと昔から抱いている魔術師に対する恨みからか、その殺気はグレイの背筋に悪寒を走らせる。
「で、君は何のために私を欺いて、命の危険を冒してまでここにいるのです?」
今のリビュラの言葉は質問のように聞こえるが、実のところ脅迫と言った方が正しい。答えなければ、容赦はしない。そう言っているようにしか聞こえない。
グレイは手をあげながら立ち上がり、リビュラを睨み付ける。
「お前らが何を企んでいるのか。そして、何でハイドアウトの皆がお前らに協力しているのかを調べるためだ」
グレイは正直に答え、視線をハイドアウトの女性に向けた。
「何でだよヘレナさん! 何であんた達がこんなことを? 店長は何て言ってるんだよ! チェルシーはっ!?」
グレイは責め立てるように言葉を投げつける。だがヘレナは眉一つ動かさず、どこか遠くを見るような目で告げる。
「……魔術師に、わかるわけないでしょ……。私達の苦しみが。それに、店長を手に掛けた魔術師なんかに!!」
「……な、んだと……?!」
店長に手を掛けた。その信じがたい言葉に、グレイのポーカーフェイスと思考が弾け散る。
「それは一体どういうことなんだよ!?」
「黙ってやがれ!!」
「──ッ!?」
ヘレナへと詰め寄ったグレイの腹部を、巨漢の男の大きな拳がめり込み、勢いよく吹き飛ばした。
そのまま奥の部屋に続く扉をぶち破り、何かが壊れる音が地下室に響く。いくら魔術師であれど、今のをまともに受ければ無傷ではすまない。
加えてグレイはまだ子供で、狼狽していた。しばし扉の向こうを見つめていたが、グレイが部屋から出てくる様子はない。
中を覗くと、ピクリとも動かないグレイが倒れているのが見えた。
「おっと……やっちまった。今更聞くのもあれなんですが、気絶させるのも駄目なんですかい?」
「いや。気を失った程度なら大丈夫なはずです。その程度のことではいちいち発動しないでしょうから。ですが、この場所に居続けるのは危険ですね。早くこの場所から離れましょう」
「りょうかい。んで、あのガキはどうするんで? あの魔道具でパートナーとやらに連絡されちゃ困るんでは?」
「そうですね。ですが彼には彼の目的があり、このことを公にしたくないようですので放置しましょう。それにパートナーと連絡を取っても、私達の作戦はもう止められません。それに彼は私達が何をするかは一切知り得ませんから」
巨漢の男はその言葉に渋々了承する。そしてそのまま小声でもうひとつ尋ねる。
「じゃあ、奥にいるもう一人はどうします?」
「彼も置いていきましょう。今は夜ですが騒がれれば邪魔になります。それにここまでくればもはや彼は用済みです。始末しておいて問題はないですが、今は時間が惜しい。それに彼女に見られると色々と厄介です」
「あいよ。じゃお前ら、散らばってるもん持ってとっとと出ろ。証拠になりそうなもんは一つとして残すなよ」
リビュラ達は急いで部屋にあるものを抱えて階段を上がっていく。全員が地下室を出た後リビュラはすぐに指示を出す。
「それでは、中から開けられないように上から何か置いといてください。幸いこの地下室は魔法攻撃にも耐えられるくらいに頑丈に出来ています。魔力が外に漏れ出ることもないので、外から魔力を追ってここを見つけることも困難でしょう。あとは出入り口さえ塞げば彼がここから出てくることはないでしょう」
「よし。ならそこらにあったオブジェでも持ってくるか。てめえら手伝え」
リビュラから指示を受けた幹部達は廃墟の中に放置されていた精霊を模したオブジェを置き、地下室への出入り口を塞いだ。
「はははっ。魔術師が精霊に閉じ込められるたぁ滑稽だぜ」
「急ぎますよ。ですが誰にも見付かってはいけませんよ」
リビュラは仲間達を引き連れて廃墟を後にした。
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「ん、んん……」
グレイは軽く目の奥でちらちらと星が舞っていたが、ようやく意識がはっきりしてきた。
今自分は冷静さを失って隙だらけになり、思いきり殴り飛ばされて気絶した。
そう彼らには見えたはずだ。証拠にグレイにとどめを刺しに来ることもなく、地下室から逃げ出した。
「上手くいったが、結構いいパンチもらっちまったな……」
腹を抑えながら寝転がるグレイ。回復魔法を使えればすぐ楽になるのだが、生憎グレイはそんなもの使えない。そもそも知らない。
なので自然回復するのをじっと待つしかない。目を閉じ回復に専念していると、カタンッ、と何か物音がした。
まさかリビュラ達が帰ってきたのかと思い、薄目を開けて確認すると、そこには──。
「お前、は……?」