祭りの夜 3
廃墟の中へと入っていくグレイとリビュラ。しかし中には誰もおらず、明かりも点いていない。だがリビュラは迷うことなく進んでいく。
錆び付いた扉を音を立てながら開くと、そこには簡素な机と椅子が並び廊下に出る。グレイも大人しくその後を追う。
廊下の突き当たりに辿り着いた途端、リビュラは急に足を止めたかと思うといきなりその場にしゃがみこむ。
何をしているのか、と思っていると、リビュラがいきなり床板を持ち上げた。見るとそこには階段があった。
「おいおい……マジかよ……」
「ハハハ。確かにこんなのを見れば驚きますよね。ただの廃墟かと思えばこんなところに地下室への道があるだなんて」
グレイの予想通りの反応を見て笑うリビュラはそのまま階段を下りていく。グレイもやや躊躇ってから恐る恐る地下へと潜っていく。
階段はそこまで長くはなく、一段一段下りていくと徐々に人の話し声が聞こえてきた。
階段の終わると目の前に扉がある。その隙間からは光が漏れ見えていた。
リビュラが扉を叩くと扉の向こうからこちらに問いかけるように話しかけてきた。
「我ら《神徒》の天命は」
「天に座す我らが御神の御心のままに」
リビュラはそれを受けてすぐに返答する。今のは恐らく合言葉だ。それにしても今の合言葉は如何にも《天神衆》にピッタリといった感じだなと他人事のように思った。
すると扉が開かれ中へと招かれる。
中は意外なほど広く、大人が十人くらいなら余裕で入れそうなほどだった。そこに大きな机が置かれ、色々な地図や書類、武器のようなものが散らばっていた。それと、更に奥にもう一つ扉があった。ここまで来るとその奥にも行ってみたい衝動に駆られるグレイだったが、そうはいかなかった。
「リビュラさん。そいつは?」
「彼かい? 彼は私達の協力者だよ」
地下室に入って最初の部屋にいたのは四人。一人は体の大きな男。一人は眼鏡の男。一人は背の小さな男。一人はフードを被った男だ。その四人ともグレイは見たことのない者達だった。
グレイは内心でひっそりと安堵していると、体の大きい男が、険しい表情でグレイをじろじろと睨む。
「こんなガキが何の役に立つってんです?」
「見た目に騙されてはいけませんよ。彼は腕力のみで大の男を一撃で倒し、燃え盛る建物の中に単身突入して、見事少女の命を救ってみせたのです。そして彼もまた天神様の寵愛を受けた私達の同志なのです。きっと私達を救ってくれることでしょう」
「寵愛、ねぇ……」
思わずこぼれた言葉は幸い誰にも聞かれず、文句を付けてきた男もリビュラには従うのか、それ以来何も言わなくなった。代わりにその隣に立つ眼鏡の男がリビュラに声をかけた。
「それで、結局どうするんですかリビュラさん」
「ええ。今日実際に見てきて決心しました。作戦は実行段階に移します。他の皆さんは今どこに?」
「今は皆、着々と準備を進めています」
実行段階、ということはその前の準備期間があったということだ。その準備や作戦が一体どんなものなのかはグレイは知らない。
だからこそ、今グレイはここにいる。
「で、その作戦って何なんすかね? 俺も仲間になったんですからそろそろ教えてもらっていいっすか?」
「ええ、では早速──おや?」
リビュラが説明を始めようとした瞬間、外へと続く扉がノックされた。それに気付き、リビュラが先程と同じ合言葉を口にする。すると正解の答えが返ってきたので扉を開く。
「定期連絡に来ました」
「お疲れさまです。それでどうでしたか?」
「はい。それがですね…………ッ?!」
今地下室へと入ってきた男がグレイを見付けると、信じられないものを見たかのような表情を浮かべる。
グレイはその男に見覚えはなかった。だが、男はグレイのことを知っていた。
「何でそんな奴がここにいるっ!?」
「どうしたのです? 彼は私達の同志に──」
「違うっ!! そいつは魔術師だ!! 俺は何度もそいつがミスリルの制服を着ているところを見ているんです!」
その悲鳴にも似た言葉を聞いたリビュラは今までにないほど目を大きく見開き、グレイは心の内で大きく舌打ちをした。
なんとかしてこの場を逃れなければならない。
「あれは、ただ似た服をオーダーメイドしただけで──」
「嘘つけ! お前は今日大会で暴れたあの恐ろしい化け物達と一緒にいるところを何度も見たんだぞ!」
恐怖からか、その者の声は震えているが、恨みにも似た感情をない交ぜにしたような眼光をグレイに向ける。
彼のその目はリビュラ達にどう映ったか。どう見ても、嘘を吐いているようには見えなかっただろう。
この状況は不味い。そう判断したグレイは即座に次の嘘を思い付く。
「いやいや、勘違いしないでくださいよ。あれはあいつらの友人のフリをしたまでです。親しくなれば隙が生まれる。その隙を突くため近付いたまでです。制服に似たのを作ったのも奴等に親近感を覚えさせられるかと思ったからに過ぎないんすよ」
「……ふぅ。残念ですが、今の状況ではどちらの言葉が正しいのか、いまいち判断出来ませんね。二人ともがこの町で最近知り合った者ですし、二人がどういう人物かもわかりません。なので、ここにもう一人。そうですね……。ハイドアウトの誰かに来てもらえればハッキリするでしょう」
その言葉にグレイの心臓がドクンと跳ねた。それこそがここに来てからの一番の気掛かりだったのだ。
グレイがわざわざこんな危険を冒しているのは、まさしくそのハイドアウトの人達のことが心配だったからだ。
そして、今のリビュラの言葉はグレイの嫌な予感が最悪の形で的中したことを意味し、同時にグレイが非常に危機的状況に追い込まれたことになる。何せグレイが魔術師であることを、ハイドアウトの全員が知っているからだ。
それだけに、リビュラのその提案だけは何としてでも取り下げさせなければならない。グレイは焦りは決して表に出さず、慎重に言葉を発する。
「いや。そんな必要はないでしょ? だってリビュラさんが直々に俺を仲間にするって決めたんですよ? ねぇ、リビュラさん」
「……確かに、私は君を視て、君が私達の仲間であると思いましたし、今もそうであってほしいと思っています」
「な、なんでそいつの言うことを信じるんですかリビュラさん?!」
真実を述べているにも関わらず、風向きが怪しくなってきた男はすがるようにリビュラに尋ねる。
リビュラは険しい表情のまま、掛けているモノクルを指差す。
「これは、魔力の色を見ることが出来る魔道具です。これを通してグレイくんを視ても魔力の色が見えません。それが私が彼を仲間だと思った理由です」
魔術師は属性によって魔力に色が付く。加えて極めて優秀な魔術師でない限り、全く魔力を漏らさずに生活することは出来ない。
そのため、普段の生活の中では魔力を抑制することなく、緩やかに体の周囲を漂っているのだ。
そしてリビュラのしているモノクルを通せば、魔力を持たず、魔力を視認することすら出来ない《コモン》にですら、色を視認することが出来るのである。
なら何故グレイの魔力を持たない人間だと思ったのか。それはグレイの魔力が『無色透明』だからである。つまり、唯一そのモノクルで魔術師だと見極めることが出来ない人物。それがグレイなのだ。
しかし『無色透明』の魔力などというものは過去に例がなく、グレイがそんな魔力を持っていることをリビュラが知る由もない。
そしてグレイは、リビュラのモノクルが魔道具であることを見抜いていた。正確には、ミュウに頼んで借りてきてもらった本にそのモノクルのことが載っていたのだ。
だからこそ、これで誤魔化しきることが出来ると思った。
「しかし。万が一という場合もあります。君の汚名を晴らすためにも一応ハイドアウトの人達にも聞いてみましょう」
だがリビュラは用心深く、話を聞き流すような失態はしなかった。
こうなってしまえば、もうどうしようもない。狭い地下室に六人の敵。外に繋がる扉は塞がれ、後ろには謎の扉。八方塞がりとなったグレイは緊張と沈黙に包まれたその場に立ち尽くした。