祭りの夜 2
『──これにて《ミスリル・オムニバス》一日目を終了致します。各学年の勝ち上がった選手の皆様は明日、二回戦と決勝戦があるので時間厳守で会場にお越しくださいますようお願いします。それではまた明日も激しいバトルを期待しています。司会進行エミーシャと、解説のリールリッド学院長先生がお送りいたしました』
大会一日目のスケジュールが全て終了し、観客らが席を立ち始めるのを見下ろしながらリールリッドはふぅ、と安堵の息を漏らすエミーシャに話し掛けた。
「お疲れ様、エミーシャさん」
「あぁ、はい。お疲れ様です学院長先生。すみません。途中で色々テンパってしまって、さぞ聞き苦しかったのではと」
「いやいや。若いのにしっかりとしていたよ。いきなり司会を交代になって色々苦労もしただろうに。この調子で明日もよろしく頼むよ」
「は、はい……」
エミーシャは緊張のためか、じわりと汗がにじんでおり、顔色もあまり優れない。
無理もない。何せ今彼女が話している相手は名門、ミスリル魔法学院の長にして最高峰の魔術師なのだ。ただの《コモン》であるエミーシャにとって、雲の上の存在である彼女とこうして話をしていることすら信じられないことなのだ。
リールリッドは自分がそういう人間なのだということを理解しているつもりだ。そのため、出来るだけエミーシャが気負わないよう気楽に話しかけているのだが、そう簡単にもいかないようだ。
「ところで、少し顔色が悪いな。もしかしたら疲れたのではないか? ここは私が見ておくから遠慮せず医務室に行ってくるといい」
「えっ……? あ、はい……。すみません。大丈夫です。ただ……その……ちょっと心配事が」
「ふむ。何だね?」
「いえ、その……。最近まで《天神衆》や爆発事件なんかがありましたし、この大会中にも何かが起きるんじゃないかと思っちゃいまして」
「あぁ、そういうことか。しかし安心したまえ。私の魔法で常時この町全域を見張っている。そう言えば確かにコロシアム内でも何人かがつまらない争いを起こしてはいたが、何かあればコロシアム内なら私が、ミーティアの方は私の学院に在籍する講師達や魔術師団の者達が即時解決させるさ」
「町、全域を? そんなこと、無理なのでは……」
「ふふ。私は世に名高き《聖域の魔女》だぞ。これくらい訳はない。もし町中で争いが起きても通信用魔道具を使って連絡を取れば大丈夫さ」
胸を張って威張るリールリッドは冗談を言っているようにも見えず、エミーシャは苦笑いするしかなかった。
それからエミーシャは明日の打ち合わせがあると言って深々と一礼してから司会者席を離れる。
一人となったリールリッドは再びコロシアムを見下ろし、今日行われた試合を振り返る。
どの学年も良い試合だった。特に一年生達は、魔法を覚えてまだ数ヵ月とは思えないほどだ。
そして、問題児の二人のことを想う。リールリッドは真剣な表情を浮かべ、これから起こりうるかもしれない可能性を憂いた。
それはここ最近起こってる事件のこととは関係なく、もっと先の話のことだ。
彼らの魔力はこの世界で最も稀少なもの。そして今日、それが世界へと知れ渡った。それはつまり、彼らの稀少な力が良からぬ輩に狙われることになったことと同義なのである。
もう後戻りは出来ない。命すら危うくなるかもしれない。大会前、リールリッドはそう何度も忠告したが彼らはそれぞれこう答えた。
──上等だぜ。返り討ちにしてやんよ。俺には野望があるんだ。それまではくたばったりしねえよ。
──大丈夫です。私の悲願を叶えるまでは何が何でも生き延びますので。むしろ糧にしてやります。
「ふっ。威勢のいい子供だよ全く」
リールリッドは思いだし笑いをしてから、ゆっくりと立ち上がる。
「だが、あれじゃまだまだだな。仕方ない。一人で立てるようになるまでは、私がしっかり面倒を見てやろう」
リールリッドは一人、小さく笑う。それはもう、心底楽しそうに。
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「……終わったか。さて、それじゃ後のことは今言った通りに頼む」
「受諾」
「わるいなミュウ。俺のわがままに付き合わせて」
「いえ。わたしは、マスターの望みを叶えるために産まれてきたので」
「……そうか。ありがと」
グレイはそう言ってミュウの頭を一度撫でてから、ミュウを残して観客席から去っていった。
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「何故だ……? 何でこうも上手くいかねえんだよ……? はぁ~、だりぃ……」
「あのねぇ……。別にどうでもいいけど、溜め息吐くのやめてくれる? 折角の料理が不味くなるんだけど」
「まあまあ。何かショックなことがあったんですよ。そっとしておいてあげましょう」
アシュラ、エルシア、キャサリンの三人は宿の食堂で夕食をとっていた。
小さな宿屋ながら料理は中々美味く、エルシアも満足していたのだが、目の前に座るアシュラは、何か余程辛いことがあったのか、いつものウザさがなく、いつもとはまた違ったウザさがあった。
余談だが、キャサリンがアシュラを見付けた時はコロシアムの廊下に手と膝を突いて項垂れていた。
鬱々するアシュラ。苛々するエルシア。そんな二人を見てアワアワするキャサリンは話を変えようと、この場にいないグレイの話題へと切り替えた。
「それにしても、グレイ君はどこへ行ったんでしょう。学院に戻ったんでしょうか。アシュラ君はグレイ君がどこにいるか知りませんか?」
「……さあ? 毛ほども興味ねえっすわ。あいつのことだからそこらで遊んでんじゃねえの?」
「それはあんたでしょうが」
「否定はしねえ」
開き直るアシュラに再度イラッとしたエルシアだったが、流石に宿屋で暴れるわけにもいかないので何とか堪える。
「あぁ~。嫌な予感がしますぅ~。わたしこのあと町の方をもう一度見て回ってから学院の方に戻ってみますので、二人はぜっっったいに! 外に出ず、明日に備えて早く寝てくださいねっ!」
「「りょ、了解です……」」
二人はキャサリンに強く念を押され、素直に頷くしかなかった。
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「待たせたな」
「いえいえ、お気になさらず。……おや? 妹さんはどうしたので?」
「家に帰らせた。あいつはまだ小さいからな。別にいいだろ」
「そうですか。いや、構いませんよ。私は最初からあなたに協力してもらいたかったのですから」
リビュラは早速歩き始め、グレイもそのあとを追った。
だんだん日は傾き、町は薄暗くなっていく。
「どこまで行くんだよ」
「もうすぐ着きますよ」
リビュラは前を向いたままそう言った。もうすぐ、と言われてグレイは周囲の町並みをぐるりと見回す。
あまり見覚えのない道だ。人の気配もなく、どこか閑散としている。なるほど。リビュラのような者が身を隠すには適している場所だと感じた。
そしてリビュラがある建物の前で足を止めた。
「……ここか?」
「ええ。さあ入りましょう。心配せずとも、私と一緒にいれば大丈夫ですから」
リビュラはそう言って、廃墟のような建物へと入っていく。グレイは意を決してその後を追った。
その二人の様子を物陰から盗み見る人物がいたが、二人はそれに気付くことはなかった。
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少々時は遡り、コロシアムでは三年生の部が行われている頃。
ランバックはコロシアムの南口付近にたたずむリビュラの姿を見掛けた時、先日の放火事件の時のことを思い出していた。
あの時のリビュラは心底魔術師という存在を嫌っているようだった。にも関わらず、その魔術師の大会が開かれているコロシアムの周辺にいるのは不自然だと感じたのだ。
何か良からぬ目的があるのでは、と、しばらく彼のことを遠目に監視していた。
しかし魔道具で誰かと通話したりはしていたが、他には特に不審なところはなく、考えすぎかと思っていたその時、驚くことに彼の元にグレイが近寄っていったのだ。
それだけでなく、二人はそのままどこかへ歩いていくのが見えたので、思わずランバックは密かに彼らの後を追いかけた。
そして付かず離れずの距離で二人を尾行しており、たった今廃墟のような建物へと入っていくのが目に入った。
何かある。誰が見てもそうとしか思えない状況にランバックは困惑した。何がどうなっているのかが全くわからないからだ。
思考が軽くパニックを起こしていたためか、ランバックは自分の背後に忍び寄る者の気配に気付くことが出来なかった。
不意にランバックの意識はそこで途切れた。