祭りの夜 1
第23話
『え、っと……。はっ!? き、決まりましたぁあ! Cブロック勝者はアシュラ選手とウォーロック選手だぁ! な、何だか私も軽く混乱してましたが、こ、これにて一年生の部の一日目を終了致します。それでは、えと、再度一年生で勝ち残った六名を発表します──』
エミーシャはしどろもどろになりながらA、B、Cブロック勝者の名前を読み上げる。あまりに混乱していたせいか、リールリッドに試合の感想を聞くことを忘れていることすら忘れているエミーシャだったが、リールリッドはそのことを責めるようなことはせず、ただ隣でクスクスと笑っていた。
司会者なのだからしっかりしろとは思うのだが、今ばかりは少しばかり仕方ないだろう。
三つのブロック。そのどれもが色々と特殊で、中でもCブロックは少し異質な結末だったのだから。
Aブロックはエルシアの独壇場。
Bブロックは息つく暇のない大乱闘。
そしてCブロックは、アシュラとエコーが散々試合を荒らしてくれていた。
だが、それらよりもっと驚くべきことが起きた。それが、ウォーロックの取った行動である。
いや、今回の場合においては行動と言っていいのかもわからないが。
今回ウォーロックは鎧のアークを顕現し、アシュラの最初の攻撃を防御した。それ以外の一切の行動を取らずに、体力、魔力のいずれも消耗させず、自身の実力を見せることもなく、何事もないまま、ただ単にリングの上に立っていただけで二回戦に勝ち上がったのだ。
「な、何だか、一番目立ってないのに一番目立ってるわね……」
「あの乱戦の中で何もしないとは、ある意味ではすごいことですが」
「は、ははは……。流石は学年一位。肝が座ってるというか……」
「属性では有利な拙者ですら、何故か全く勝てる気がせんでござる……」
依然として何事もなくリングを降りてこちらに向かって歩いてくるウォーロックを見ながら、各ブロックで勝利した四人が呆然としながらそれぞれ感想を呟く。
Cブロックで一番目立ったのは間違いなくアシュラで、次にエコーであるはずなのに、今ではウォーロックのことばかりが印象に残ってしまっていた。
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「──ってぇ!! おいおいおいおい!!? おいこらウォーロックさんよぉ!?」
「何だ? もう戦いは終わっただろう。明日まで精神統一をしておくために、早く戻りたいのだが」
「いやいやいや! 何さらっと帰ろうとしてくれてんだっ!? つか、さっきはあまりにもあんまりな状況だったから軽く流しちまったけど、何だあれは!?」
「……いまいち要領を得んのだが、何が言いたい?」
「なんであの状況でぼ~っと突っ立ってたんだってことだよ! わかるだろっ!?」
アシュラは呆れ半分、怒り半分でウォーロックに詰め寄る。ウォーロックはふむ、と頷いてから口を開く。
「真の実力者はみだりに実力を奮わないものだ、というのが我が家の教えでな。加えて我は防御力に優れた土属性に鎧のアークを持っている。なので自ら攻めるようなことはせず、向かってくる相手を返り討ちにするつもりでいたのだ。しかし、お主らが勝手に潰しあい、結果的に一度の戦闘も行わずに勝ち残ることになった。それだけだが、他に何か聞きたいことはあるか?」
ウォーロックの話を聞いたアシュラは、数秒間フリーズした後、長い溜め息を吐いて、もう何もないと告げた。それを聞き、ウォーロックも何も言わないまま立ち去っていった。
振り返ると会場は次の三年生の部の準備を始めていた。
しかし、《プレミアム》を含む、とても一年生のそれとは思えないほど質の高い試合が続き、三年生達には計り知れないほどのプレッシャーを与えていたのだが、アシュラがそれを知ることはなかった。
そんなことよりアシュラの頭の中にあったのは、このあとに行う予定だったナンパ計画のことだったが、彼はまだ先程彼自身が観客にどんな印象を与えたのかは知らなかった。
当然、一人の女の子も引っ掻けることが出来なかったのだが、それはわざわざ言う必要もないだろう。
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「観てましたよエルシアさんっ! おめでとうございます。凄かったですね!」
「はい。ありがとうございますキャシー先生。この調子で優勝してやりますから」
「頑張ってくださいね。あと、アシュラ君も勝ち残ってましたね。でも、そのアシュラ君は一体どこに行ったんでしょうか?」
「さあ? たぶん、勝ち目のない戦いに行ってるんだと思いますけど」
「?」
エルシアの言う、勝ち目のない戦いというものが何なのか思い付かないキャサリンは小首を傾げる。エルシアは何でもないですと返す。
「あっ、着きました。ここがエルシアさん達の泊まる宿屋ですよ」
コロシアムの東口から出てすぐ近くにある宿屋へと案内されるエルシア。大会で一回戦を勝ち残った者には特別にミーティアの宿屋に学院の経費で宿泊出来るのである。
わざわざ明日も学院からミーティアまで来る手間を省くために備えられた特権だ。ちなみに他の者達は既に別の宿屋へと向かっている。別々の宿屋とはいえ、同じ区域にあり、設備もほぼ同じである。
中に入ると、店主はすぐに二人に部屋の鍵を差し出した。その鍵に書かれた番号の部屋へと入る。
広さはそこそこだが、ベッドと小さなテーブルが一つあるくらいの小さな部屋だ。本当に一日二日寝泊まりするくらいの宿なのだろう。代わりと言ってはなんだが、そのベッドはとても高級感に溢れていた。
部屋の確認を終えて廊下に出てみるとそこには既にキャサリンが待っていた。ちなみにキャサリンも今日はこの宿に泊まるらしかった。勿論経費で。
「あ、そういえば、グレイ君とは会いましたか?」
「え? あぁ、はい。試合が始まる前に少し」
「それじゃあ今どこにいるかわかりますか?」
「いえ、試合が終わってからは見かけてないですけど。どうかしたんですか?」
「はい。エルシアさんもアシュラ君も大会で勝ち残ったのでこの宿に泊まることになりますし、わたしもそうです。でもそうなるとグレイ君だけが一人で学院に戻ることになってしまうので、アシュラ君の部屋に放り込んでおこうかと」
「何でわざわざそんなことを? グレイのことですし、一人だからといって危険なことは──」
「皆さんは一ヶ所に集めておかないと、どこで何をするかわかったものではないですから。それはつまり、わたしが危険な目に会うかもしれないってことです。主にお金的な意味で」
それを言われるとぐうの音も出ない。エルシアはなるほど、と苦笑する。
「でもアシュラの部屋も一人部屋なんじゃ……」
「え? 何か問題が?」
「…………無いですね」
用は新しい部屋を借りるのも、二人部屋に代えるつもりもないらしい。その場合、キャサリンのポケットマネーを使わざるを得ないからである。
未だ金欠なキャサリンからすれば、わずかな出費も抑えたいのだろう。今度は苦笑することすら躊躇われ、それに自分には特にこれといった被害はないのでどうでもいいや、と思うことにしたのであった。
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コロシアム南口。観客の騒ぐ声を背中に浴びながらランバックは気が緩みそうになるのを必死に堪えて周囲の警戒を続けていた。
今回彼ら《アトリア》の団員達に与えられた任務は二つ。一つは先日の放火犯の捜索及び拘束。もう一つがミーティア全域、特にコロシアム周辺の警備強化だ。
今は大会中で人の出入りも多い状況だ。些細な争いも少なくない数発生している。
加えて最近までこの町に出没していた《天神衆》によって一般人と魔術師による衝突が起きている。
噂ではそのせいで大会自体が無くなる可能性もあると言われていたくらいだ。それを学院長のリールリッドが大会中に起きた問題は全て自分が責任を取るとミーティアの町長に話を付け、どうにか開催にまでこぎつけたのだ。
そのため、警備には学院の講師も何人か配置されている。
超名門のミスリルに勤める講師とくれば、その実力も折り紙付きであるため、何が起きても対処できるはずだ。
その頼もしさのせいか、若干緊張感に欠けるというか、集中力が切れてきたせいか、ランバックは何の気なく辺りを見渡したちょうどその時。
「あれは…………」