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ミスリル・オムニバス 2

「──って、わけだ。だから、別にどうということはねえよ」

「ふぅ~ん。先週の事件の犯人をまだ見付けられない魔術師団に業を煮やして自分達でも調査を始めた、ねえ……。《天神衆》の奴等って暇なの?」

「そりゃ暇だろうよ。そいつらの言う“災厄の日”とやらが訪れるまではやることなんざ、それこそ宣教活動やら犯人捜しくらいしかねえんだからよ」

「暇か暇じゃないかは知らないが、犯人を捜してること自体は悪いことでもないし、目撃証言くらいはしたって罰は当たらんだろ。で、お前らそろそろ時間じゃねえのか? ほれ、会場の映像を見る限り、二年の部も最後っぽいぞ」


 そういってグレイは店内に設置されていた映像照射用の魔道具から映し出された映像を指差す。


「そうね。そろそろ戻らないと。着替えする時間も必要だし」

「やっと出番か。腕がなるぜ!」

「んじゃ、程々に頑張ってこい。一応応援はしてやるよ」


 一応って何よ。と眉をひそめるエルシア。思いっきり暴れてきてやんよ。と拳を鳴らすアシュラ。二人はそのまま店を後にし、選手控え室へと戻っていく。


 再び一人となったグレイは窓の外に見えるエルシアとアシュラの背中を静かに見つめるのであった。


~~~


「ごめんなミュウ。長いこと一人にして」

「…………別に、気にしていません」


 とは言うものの、頬がわずかに膨れているので、どうにも怒っているようだった。それもそのはずだ。何せグレイは二年の部が始まる前にミュウの側を離れ、戻ってきたのは二年の部が終わったすぐあとだったのだから。


「本当にごめん! 意外と話が長引いたかと思ったらそのあとにエルシア達ともちょっと話してたんだ。ほ、ほら、これお土産。ドーナツだ。全部食べていいから機嫌治してくれ。な?」


 そう言って持っていた箱の蓋を開けてミュウに見せる。そこには色んな種類のドーナツが鎮座しており、さっきまで膨れっ面だったミュウは目をキラキラ輝かせていた。


「美味しそう、です。わかりました、許して、あげます」

「あ、ありがとな」


 ミュウは早速チョコレートのドーナツを頬張り、もしゃもしゃと租借している。その様子を見る限り、気に入ったようだった。なんだか今日は甘いものばかり与えている気がするな、と思ったが今日だけは良しとした。


 リスのように頬一杯にドーナツを詰め込んでいるミュウの表情はいつもの無表情と大して変わっていないが、最近は色んな感情を見せるようになってきていた。まるで娘の成長を喜ぶ親のような気持ちかのようだ。

 しかし、今はそんな気持ちに浸っている暇はなかった。



「……ミュウ。話がある。大事な話だ」


 いつになく真剣な表情をしていたグレイを見て、ミュウはこくんと頷いた。


~~~


 二年生の部が終了し、十分間の休憩に入る。その間に一年生はそれぞれ準備に取り掛かる。

 だが控え室は静寂に包まれており、皆集中しているのがわかる。

 闘志に燃える者、冷静に備える者、飄々と控える者、泰然と構える者。

 態度は様々だが、一同が胸に秘める想いは同じ。『絶対に勝つ』そのことのみを考えていた。

 心地よい緊張感の中にあった彼らだったのだが、次の瞬間にそれはぶち壊される。


「だ~か~ら~! 俺が勝つって言ってんだろ!? ものわかりが悪いなエリーは」

「何舐めたこと言ってんのかしらねこの脳筋バカは」

「はぁ? インテリの頭でっかちよりはマシだっつの!」

「脳細胞全部が筋肉ダルマのあんたよりは遥かにマシよ!」


 原因は当然、問題児のご帰還のせいであった。一斉に溜め息を吐く一同だったが、問題児二人はそれを全く意に介さなかった。


 何はともあれ、一年生総勢三十人が全員揃った頃、コロシアム内アナウンスが鳴り、一年生は全員ステージに呼び出された。


~~~


『さあ! 先程の二年生の部はとても白熱しましたね。そしてお次は今年入学した若き魔術師達、一年生の部です! 皆様拍手でお出迎えください!』


 司会のエミーシャに促され、拍手に包まれる会場へと現れた一年生達。総勢三十人。

 まだ幼さの残る彼らだが、その表情は真剣そのものだった。

 服装はいつもの制服ではなく、生徒それぞれが用意した自身を現す礼装を纏っている。この場は自分を世間にアピールする場であるため、貴族の者達はいかにも高級感漂う礼装をしている。

 最前列を歩くレオンとアルベローナはその中でも特に目立つ。片や気高き勇者、片や麗しき淑女のような礼装をしている。


 そして、それとは逆の意味で目立つのは最後尾を歩くアシュラだ。袖無しの黒いロングコート。装飾は一切無く、唯一のアクセサリーと言える右腕に付けているバングルもまた黒色だ。彼自身の褐色の肌と漆黒の髪も手伝い、まさしく黒一色なその礼装にまたも会場がざわつく。


「あの黒いの、夏場だってのに暑苦しい格好してんな。それに比べてその横にいる白い娘は綺麗な格好してんじゃねえの」


 そんな黒いアシュラと対比して評されるのは、純白の髪をポニーテールにまとめ、軽装ながら美しさを放つ白いドレスのような礼装を着たエルシアだ。わずかに露出している肩や足から覗く白磁の肌は、多くの男を魅了する。左手には白い指輪を填めており、彼女もまた同様に人目を惹いていた。


 白と黒。その色だけでも二人は注目を浴びている。なんせ、この二人以外は基本、赤、青、緑、黄のどれかの色を基調とした礼装を着ているからだ。

 加えてアシュラは褐色の肌を持ち、エルシアは美貌を備えている。

 感嘆の声が響く中、一年生が整列を終えたのを確認すると、エミーシャの楽しげな声が聞こえてくる。


『さて、それでは早速各ブロックの出場選手を発表します。皆さんスクリーンをご覧くださ~い!』


 映像用の魔道具が宙に巨大なスクリーンを映し出す。そこには各ブロック出場選手の名前が書き出されていた。


「ほう」

「うげっ!?」

「よっしゃあ!」

「マジか……」

「やった。一緒だね」

「これ、勝てる気しねえんだけど……」


 出場選手らは自分が出るブロックのメンバーを見てそれぞれ異なった反応を示す。

 そんな彼らの様子を文字通り他人事のように眺めるグレイは、改めてもう一度スクリーンを見る。


 ──Aブロック

 《イフリート》

 ゴーギャン=バグダッド

 カルメン=ビンヤード

 《セイレーン》

 ラピス=ラズリ

 キーラ=メディシン

 ロンサール=ムートン

 《ハーピィ》

 カイン=スプリング

 コノハ=フォーリッジ

 《ドワーフ》

 カナリア=カスティール

 マルコシウス=マルセーユ

 《プレミアム》

 エルシア=セレナイト


 ──Bブロック

 《イフリート》

 レオン=バーミリアン

 アスカ=バレンシア

 キャロット=タンジェリン

 《セイレーン》

 アルベローナ=アラベスク

 クロード=セルリアン

 《ハーピィ》

 ソーマ=シュヴァインフルト

 シャルル=オリンピア

 ポルネオ=ヴェルダンディ

 《ドワーフ》

 クリム=エンダイブ

 プディング=カルカッタ


 ──Cブロック

 《イフリート》

 メイラン=アプリコット

 サーリ=オクサイド

 ギャバル=ジェンダー

 クーディ=フードゥル

 《セイレーン》

 エコー=アジュール

 モネ=マネ

 トリトン=ブロスィッシュ

 《ハーピィ》

 ギィリ=ガンダス

 《ドワーフ》

 ウォーロック=レグホーン

 《プレミアム》

 アシュラ=ドルトローゼ


 見たところ、各クラスの序列一位は各ブロックに二人ずつに分けられているようだ。序列上位者以外の名前もちらほらと見受けられるが、決して油断してかかっていい相手ではないのだろう。

 そのことはエルシアもアシュラも重々承知しているだろうが、どうも二人は暴走しがちなところがある。つまらないミスをしないことを祈るのみだ。

 などと思っていると、観客席がざわついているのに気付く。だが原因はすぐに理解出来た。


「なあ? 《プレミアム》ってなんだよ?」

「はぁ? お前知らねえのかよ。《プレミアム》ってのは…………何か特別な奴のことだよ」

「全然説明になってねえじゃねえか!!」


 つい先程の二年生の部には存在しなかったクラスの名前があったからである。


 その話を聞き、確かに全然説明になっていないが、あながち間違ったことを言っているわけでもなく、むしろほぼ正解を口にしていると言ってもいいくらいだと思った。

 しかし、そのことをわざわざ教えてやる義理もないので盗み聞きを早々に止めて視線を舞台へと戻す。ちょうどその時、再びエミーシャが指示を出す。


『それではAブロックの選手はリングへ、他の選手は選手用の客席まで下がってください』


 選手は言われた通り、Aブロック出場者以外は客席へと向かう。


『はい。では皆さんはまだ一年生なのでもう一度だけルールの説明を行います。今大会《ミスリル・オムニバス》の一回戦はバトルロイヤル方式。自身の魔法とエレメンタル・アークのみ使用可能とし、その他の凶器や魔道具の使用は一切不可。しかし、学院で行われたイベントにて手に入れた魔道具に関してのみ、講師の承認を得たものに限り使用を許可するものとします。その上で試合は各ブロック十人ずつに分かれて行われ、最後まで残っていた二人×三ブロックの計六人が二回戦へと勝ち上がれます。勝敗は相手を戦闘不能、ギブアップ、リングアウトさせることによって決定します。前者二つは文字通りの意味なので説明を省略します。そして最後のリングアウトですが、リングの周りには特殊な結界が張られています。結界の大きさはリングと同じ半径十メートル、高さは三十メートルで、リングアウトはこの結界の外に吹き飛ばすことを意味します。あと誤解の無いよう言っておきますが、リングの、結界の外に体の全てが出た瞬間にリタイア扱いとなります。逆に爪先だけでも結界内に残っていればセーフです。あとこの結界は人は自由に通り抜け出来ますが、魔法や魔力は通しませんので、安心して全力を出してくださいね』


 エミーシャは長々としたルール説明を終え、隣に座るリールリッドへとマイクを手渡す。


『では、私から一つ付け加えさせて貰う。……とは言え、ほとんど彼女に説明してもらった通りだ。この試合は反則行為をしない限り、あとは何をやっても構わない。そう。何をやっても、だ。どんな方法でも最後まで残っていた者の勝ちだ。それをよく理解した上で、大いに自分の力を奮ってくれたまえ。以上だ』


 リールリッドはそれだけ言い終えてからマイクを返す。

 エミーシャはもう一度リングに立つ十人の選手を見る。皆、それぞれアークを顕現させており、既に準備は出来ているようだった。


『それでは、カウントを開始します。会場の皆さんもご一緒に。5、4、3、2、1──試合開始!』

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