開幕 前期総集戦 5
『今日は実に清々しい天気で私はとても嬉しく思う。これも私の日頃の行いの良さの表れだな』
リールリッドはそう言いながら一人でクスクス笑う。ミーティアに住む者や、よその町から来た者達の多くは彼女の美貌とその微笑みを見て思わず言葉を失っただろう。何せリールリッドの美貌はまるで絵画の中から飛び出してきたかのような美しさは誇っているからだ。
しかし、彼女をよく知る学院の者達は一様に同じことを思っていた。「どの口が言うのか」と。
そんな生徒、講師達の視線を感じたのかは定かではないが、リールリッドは一度わざとらしく咳払いをしてから話を再開させる。
『何はともあれ、無事に今日という日を迎えられて良かった。生徒達にとって、今日はとても大切な日だ。一年生にとっては初めて大きな舞台で、この広い世界に向けて自身の力を披露する日であり、二年生にとっては我が校に一年間通い続けて、どれ程の実力を身に付けたのかを見せ付けるための日であり、三年生にとってはこれからの将来を決定付けるやもしれん非常に重要な日だ。今日はそんな大切な日だ。だから私は生徒達のためになら何でもやろう。いくらでも無理を通してみせよう』
リールリッドは力強く拳を握り、自分を見上げる生徒達を見る。
『今、ミーティアでは色々と騒ぎが起きているのは知っている。そしてそのことは皆も知っていることだろう。不安に感じている者もいるだろう。だが、何一つとして心配することはない。何人たりともこの大会に手出しはさせない。《聖域の魔女》リールリッド=ルーベンマリアの名に賭けてここに誓おう』
その時のリールリッドの目は、いつも見せるような無邪気なものではなく、凛とした大魔術師の威厳を放っていた。
『だから安心して、思う存分、君達の力を発揮するといい。ここにいる全員に、そして私に披露するがいい。今日と明日はそういう日だ。これからの時代を担う若者達よ。私の、そして私達のミスリル魔法学院の誇りと実力を、世界に大いに見せ付けてやれ!!』
「「「おおぉぉおおおおお~!!!」」」
生徒がリールリッドの言葉に応えるかのように雄叫びをあげる。会場にいる観客は、その凄まじい迫力に気圧され、または感化される。
それを満足そうに眺めてからリールリッドは負けじと大きな声を張り上げた。
『いい返事だ。では、ただいまより《ミスリル・オムニバス》の開催を宣言する!』
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リールリッドの開会宣言の後、生徒達は再び控え室へと戻っていき、その間に係員がリングの準備を始めた。
それを適当に眺めながらグレイは思う。今ほど大会に出れなくて悔しく思ったことはなかった、と。
勿論出られないとわかった日は落ち込みもした。色々と自分に言い聞かせ、無理矢理納得させたりもした。そして自分には夢が無い。だから大会に出られなかったからといっても特にこれといった問題はないだろうとも思っていた。
しかし、今のリールリッドの言葉を聞いて何故か少し悔しくなった。自分でも気付いていなかったが、いつからかグレイは両手を強く握り締めていた。
何故悔しいと感じたのか、ついぞグレイは理解できなかったが、次の大会は何が何でも出場してやると心に決めた。
──そんな時だった。
「やあ。またお会いましたねグレイくん」
振り向くと、そこにはモノクルを掛け、甘ったるい香りを漂わせ、胡散臭い笑顔を浮かべた宣教師、リビュラが立っていた。
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「……なぁエリー。俺らの出番はまだなのか? 何でまた控え室まで戻んねえとなんねえんだよ?」
「あんた、説明会ちゃんと聞いてなかったわね?」
「な、何言ってんだよ。聞いてたに決まってんだろ? 現に大会のルールは覚えてただろが」
「それは覚えていても、スケジュールの方は覚えてないんでしょうが。ぶつぶつぶつぶつと。堪え性のない小さな子供かって話よ」
「小せえ子供みてえな胸板してる奴に言われたくねえよ」
「……何? そろそろ死にたいのあんた?」
「どうせ死ぬならぺたんこでなく、でけえ胸の中で死にてえんだが? あぁ、悪い。天地がひっくり返ってもお前には出来ないことを頼んじまったな。本当酷なこと言ったな。許してくれ」
「コロス!」
控え室に戻る途中、またもや発生した問題児のくだらない争いを、今度は誰も止めようとはしなかった。
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「まるでデジャヴを見ているようですわね」
「こんな品のないデジャヴは見たくないんですけど」
アシュラとエルシアのくだらない喧嘩を遠目に眺めながら呟くのは《セイレーン》序列一位のアルベローナ=アラベスクと序列二位のラピス=ラズリだ。
「あれでエルシアの方は総合四位、アシュラの方は実技で一位だとはな」
「人は見た目によらないっていうことだよね~。ま、エコーは見たまんまの美少女だけどね~」
「は? 寝言は寝て言えオカマ野郎」
「よっし。エコーがクロード君と一緒のブロックになったら後ろから援護してあげるからね!」
「後ろから襲いかかるつもりだろ。やるなら真正面から来い」
「え? バックより正常位の方がいいって?」
「死ね! ほんと死ね!」
などとこちらも負けず劣らずのくだらない言い争いをしているのが《セイレーン》序列三位、クロード=セルリアンと、序列四位、エコー=アジュールである。
「どうやら、品の無さではうちも負けていませんわね!」
「そこは負けていて欲しかったと心から思います……。二人まとめて消えてほしい……」
アルベローナは何故かどや顔で誇り、ラピスは頭を抱えながら恨みごとを呟くのだった。
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「んで、一年生の出番は二年の次、ってことでええんやんな?」
「うん。そうだよ。まず最初に二年生。次にぼくら一年生。最後に三年生の順番で進められるんだよ」
と、これからのスケジュールの話をしているのは《ドワーフ》序列四位、クリム=エンダイブと序列三位、マルコシウス=マルセーユの二人である。
「でも、何でウチらより先に二年の人らがやるんよ? ややこしいやろ」
「それには色々事情があるんだよ」
マルコシウスの言う通り、大会はまず二年生の部から始まるのには理由があった。
何故このような順番なのかというと、一年生はまだこの大会がどのようなものなのかを知らない者が多い。そのため、二年生がまず手本となるよう先に行われるのである。
そして次に一年生、三年生と続く。三年生が最後なのは当然、この大会で一番のメインだからだ。
観客のほとんどは彼らを見に来たと言っても過言ではない。なので、ありていに言えば一年生の彼らはより三年生の実力をより良く見せるための前座に過ぎないのだ。
まだ魔法を覚えて間もない一年生の戦いを見た後に彼らより長く魔法に触れてきた三年生が出れば、どれだけの実力差があるのかを見せることができ、三年生の優秀さやそんな彼らを育てたミスリル魔法学院の評判を上げることにも役立つといった仕組みだ。
「そりゃまた狡い作戦だねぇ~。あぁ~やだやだ」
そう言って肩を竦めたのは《ドワーフ》序列二位、カナリア=カスティールだ。彼女にはどうにも小細工をしているようで気に入らなかったのだ。
「そう言うな。それによって先輩方の役に立つのだからそれで良いだろう。それに前座だろうと何だろうと我々は我々の出来ることをやるだけなのだ。腐る必要もない」
そんなカナリアを注意したのは《ドワーフ》序列一位にして、総合一位にもなった現一年最強の男、ウォーロック=レグホーンだった。彼の言葉を聞き、カナリアも「はいはい」と気のない返事をする。
「なあ、そこのちっこいの」
「へ? えと、ぼく?」
そんな時、アシュラがマルコシウスに話しかけてきた。あまりにも意外な人物から呼び掛けられたため、少し動揺するマルコシウスだったが、アシュラは構わず話を続けた。
「そうお前だ。ちょっと聞きてえことあんだが、その二年の部が終わるまでは俺らはフリーなんだよな?」
「あ、うん。基本は控え室に待機、ってことになってるけど、コロシアムの中だったらまだ放送で呼び出せるしギリギリ大丈夫、ってことになってるはず──」
「よし! それだけ聞けりゃ充分だ! んじゃ、ちょっくら行ってくるぜ!」
そう言ってアシュラは足早にその場を去っていった。
「私も、叫んだら喉渇いたわ。確かコロシアムの中にもお店がいくつかあったし、そこで一休憩でもしようかしら。それじゃ失礼」
続いてエルシアもそう言い残して控え室に戻ることなく立ち去っていく。
二人がいなくなったことにより場は一気に静まり返り、レオンが皆の感情を代弁するかのように呟いた。
「じ、自由奔放過ぎる……。全く、相変わらずの問題児っぷりだな、あの二人……」
その時、この場にいた一同全員が一斉に無言のまま頷いたという。