開幕 前期総集戦 4
コロシアム内にある選手控え室。部屋は各学年ずつに分かれており、アシュラやエルシア達一年生は全員同じ部屋に集められていた。
しかし同じ部屋にいるとはいえ、ここにいる全員がライバルであるため、各クラスごとに分かれて座り、各々が小声で作戦を立てていたり、精神統一をしたりしながら大会開始を待っていた。
その中でアシュラとエルシアは間に数席空けて静かに座っていた。
だがアシュラは腕を組み、苛立ちからか地団駄を踏み始める。
「…………まだかよ」
「まだよ。てか、それもう何回目よ。あともう少しなんだから大人しく待ってなさい」
「だぁぁあっ!! くそ! 何でこんな無駄に早く来てこんな狭いとこで閉じ込もってなきゃなんねえんだよ! 町はあんなにお祭りムード一色だったっつーのに! しかも今日は他の町からも沢山人がやって来てるんだろ? ってことは美少女もわんさか来てるってことだろ!?」
「だからうるさいのよ。頭の中で色々作戦考えてるんだから邪魔しないで。あと、別にわんさかは来てないと思うけど? 例え来てたとしてあんたには一ミリたりとも関係ないでしょうが」
「ちょっ!? そこまで言うかっ!? よぉ~し。じゃあ賭けるか? 俺が一人でも美少女をナンパしてきたら──」
「嫌よ。そんなの結果がわかりきってて賭けなんて成立しない。つまり時間の無駄。あと口を開かないで。酸素の無駄。それに、あんたみたいな奴に声かけられる子の身にもなりなさい。消えないトラウマ植え付ける気? あんたの存在全てが無駄よ」
「んだとゴラァ! 無駄のない胸板のテメエにとやかく言われたかねえっての!!」
「はぁあっ!? 何ドセクハラ発言してくれちゃってんの!? 脳天ぶち抜かれたいのあんたはぁっ!?」
「あぁぁ~もうっ! いつもいつもいつもいつも! ほんっとうにうるさいのよあんた達はぁぁあああ!!」
今にもアシュラとエルシアの身内での場外乱闘が始まりそうになっていたまさにその時、同じ部屋にいた赤い髪をツインテールにした少女が二人に負けず劣らずの大声で叫んだ。
彼女の名はアスカ=バレンシア。《イフリート》クラスで序列二位の成績を出したまごうことなき実力者の一人である。
「ここはあんたら二人だけの控え室じゃないのよ!? 常識ってものを考えなさいよ! バカなの!?」
「失礼なこと言わないで。バカはこのガングロだけよ」
「バカはこの貧乳だけだっての」
「誰がひ、貧乳よ! 少なくともアスカよりは大きいわよ!」
「何でアタシを比較に出した!? 言え!!」
「あぁ、それだけは認める」
「あんたもあんたでそんなこと認めてんじゃないわよおぉぉおお!!」
一切反省の色が見えない二人は、それどころか更に火に油をそそぐ。怒り狂うアスカだが、二人はそんなアスカを無視して続ける。
「はっ! もしバトルロイヤルでお前と一緒のブロックになったら一番最初にエリーを片付けてやんよ!」
「上等よ。優勝するにはどっちみちあんたも倒すことになるんだから。ただ早いか遅いかだけよ」
「あぁ、もうっ! 平然と無視してんじゃないわよ!? って言うかなんなの!? どんだけ相性最悪なのよあんた達は!」
「まあまあ落ち着けアスカ。ほら、喧嘩するほど仲が良いとも言うじゃないか。この二人はとても仲が良いんだよ」
「「断じて違う!」」
二人に全力で否定されたのは同じく《イフリート》の序列一位、レオン=バーミリアン。今回の定期テストで総合二位になった天才である。
しかし今はエルシアとアシュラに詰め寄られ、引きつった笑顔で後退りしていた。
「と、とりあえずまずは落ち着こう。な? ほら。大会前に体力を消耗するなんて不毛でしかないだろ?」
「……それもそうね。全くその通りだわ。これこそ無駄でしかないもの」
「だな。こんなしょうもないことを負けた時の言い訳に使われるのも癪だし」
未だお互い棘のある言葉を投げつけあうが、一応落ち着いたらしかった。
そんな彼らの様子を少し離れた所で見ていた《イフリート》の序列三位、メイラン=アプリコットは苦笑する。
「あはは……。やっぱりあの二人の間にはグレイ君くらいしか入っていけそうにないね。いやぁ~、まさか合格ラインぎりぎりアウトになるなんて」
メイランは先月、グレイと決闘しており、その時に大きな借りを作ってしまっていた。しかしその借りとは別に、本気のグレイともう一度戦いたいとずっと思っていたので、彼が出場しないと知った時は驚きと共にとても残念な気持ちになった。
「そうッスね。メイランがそこまで言うん人なんスから、オイラとしてもこの大会で是非戦ってみたかったッス」
メイランの言葉に大きく頷いたのは同じく《イフリート》序列四位、ゴーギャン=バグダッドである。彼は未だ《プレミアム》の三人との戦闘経験はなく、自分と似た戦闘スタイルのグレイとの戦いを望んでいたので、メイラン同様残念に思っていた。
「それに、君も残念だったッスね。折角リベンジマッチに燃えていたのに」
そうゴーギャンは隣に座っている少年に話を振ったが、その少年は腕を組みながらそっぽを向いた。
「はぁ? 燃えてなんかいない。あいつは落ちた。俺は選ばれた。ただそれだけの話さ」
とは言うものの、彼──ギャバル=ジェンダーの顔には不満という文字がはっきりと書かれていた。
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そんな《イフリート》の生徒達の会話が耳に入ってきて、《ハーピィ》の序列一位であるカイン=スプリングもその会話の中に出てきた少年のことを思う。
「でもまさか、あのグレイ君が大会出場選手に選ばれないとはね。先月の月別大会の借りを返しておきたかったんだけどなぁ」
「今さらどうこう言っても始まらねえよ。あいつが不参加でラッキー、くらいに捉えてりゃいいんだ。そんなことより今考えるべきことを考えろ。なぁコノハ?」
「そう、だね。ソーマ君の言う通りかな、って思う。わたしやシャルちゃんはグレイ君に負けちゃったわけだし、ライバルは、やっぱり少ない方が嬉しい、と思う……」
そう話すのは《ハーピィ》の序列二位、ソーマ=シュヴァインフルトと序列四位、コノハ=フォーリッジである。
「うむ。カイン殿の悔しい気持ちも理解出来るでござるが、ここはコノハの言うことの方が一利あるでござる。勝負とは常に非情なのでござるよ」
そしてその二人の話に同調するように頷くのは同じく《ハーピィ》序列三位、シャルル=オリンピアだ。
彼ら四人は先月の月別大会でグレイと対峙し、事実上敗北しているのである。
実際は途中で思わぬトラブルに遭遇してしまったため、決着を付けることは結局叶わなかった、というのが正しいのだが、彼らはその時のことを自分達の完敗であると捉えていた。
「……そうだな。ありがとう、みんな。今はこの大会で勝ち残ることにだけ集中することにするよ」
しかし、カインは仲間の言葉ですぐに思考を切り換え、静かに時が経つのを待った。
「はぁああああっ!!」
「うらああああっ!!」
「うるさいって言ってんのよおおおおっ!!」
「いや、今のアスカも大概うるさ──あぶなっ!?」
ただし、残念なことに室内は再度喧騒に包まれ、静かな時を過ごすことは出来そうになかった。
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アシュラとエルシアによる一悶着もようやく収まり、とうとう大会開始の時間になった。
室内に放送がアナウンスが流れ、皆控え室を後にした。
ちょうどその頃、グレイとミュウは何とか空いてる席を見付けたところだった。
「ふぅ~。危ない危ない。もう少しで立ち見になるとこだったな」
「ほうへふへ(そうですね)」
グレイはわずかに浮かんだ額の汗を拭く。それに比べてミュウは平然としており、口の中には先程のリンゴ飴を頬一杯に詰め込んでいた。
『あ~。あ~。こほん。さて、皆様大変長らくお待たせ致しました~! ミスリル魔法学院主催の《前期総集戦》、またの名を《ミスリル・オムニバス》の司会を務めさせていただきます、エミーシャでございま~す!』
会場に響き渡った開会宣言のアナウンスに答えるように会場にいる観客が大きな歓声を上げた。
『それでは早速今回の主役達。ミスリル魔法学院の選ばれし精鋭達の入場です! 皆様、大きな拍手でお迎えください!』
そのアナウンスとほぼ同時に三年の生徒から入場し始め、次に二年、一年と整列しながら会場へと入ってきた。当然その中にはアシュラとエルシアの姿もあった。
コロシアムには観客達の拍手が鳴り響いていたため、あまり目立ちはしなかったが、グレイは確かにある言葉を耳にした。
「お、おい……。あいつ、もしかして……?」
「はぁ? いや、ま、まさか……そんなことあるわけねえだろ」
「褐色の肌は確かに珍しいが、あの一族以外にいないってわけでもないだろ……。び、ビビりすぎだろ……」
彼らの会話から感じ取れる感情はただ一つ。純粋なる恐怖だ。
褐色の肌。そんな色の肌を持つ者はミスリル魔法学院には一人しかいない。
「アシュラ……。何もしてねえのに悪目立ちしてんな」
それが彼の性なのかは知らないが、アシュラ自身は今までもそのようなことは聞き流してきたので、グレイがわざわざ口を出すこともないだろうと視線を戻す。
「おっ? あいつは確か……」
一年の選手を一人ずつ見ていくと、一人懐かしい人物を見付けた。
「ギャバルか。そういや退院したってのはシエナから聞いてたが、まさか大会に出場するまで実力を付けてるとは思わなかったな」
グレイが気に留めたギャバル=ジェンダーという少年は《イフリート》の生徒で、かつて《プレミアム》に因縁を付けてきて、その後とある事件に巻き込まれた人物だ。
その事件での後遺症で長らく入院生活を送っていたのだが、今月の頭には退院したという話を彼の担任から聞いていた。
入院する前の彼の序列はクラスで二十二位だったはずなのだが、今では定期テストで学年三十位以内に入っている。どれほどの努力を積んできたのかがよく理解出来る。
「そういや結局あいつから直接謝罪してもらってねえ気がするな。まあ、今さらどうでもいいんだが」
どうせ今まで忘れていたことなので深く気にすることもないと思うグレイだった。
そしてようやく全学年合わせて総勢九十人の生徒が整列を終え、拍手も止んだ。それを確認してから再びエミーシャのアナウンスが始まる。
『はい! 彼らが今大会の主役。総勢九十人の若き精鋭達です。では次にミスリル魔法学院の学院長であらせられるかの有名な誇り高き魔女、リールリッド=ルーベンマリア様からお言葉をいただきたいと思います。よろしくお願いします』
コロシアムの一角に立つ観客席より高い位置に作られている司会者席に、きらびやかなドレスを纏った麗人が右手にエミーシャから受け取ったマイクを持ち、一礼してから話し始めた。
『やあ、おはよう。私の愛する生徒諸君』




