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開幕 前期総集戦 2

「あら? あなたは確か……」

「……ミュウ=ノーヴァス、です」

「あぁ、あの《プレミアム》の。一人で図書室に来るなんて珍しいわね。お兄さんはどうしたの?」

「寮にいます。わたしはお使い、です。本を返しに来ました。あと本を何冊か借りに」

「お使いねえ。偉いわねあなた。それにしても人使いの荒いお兄さんね」


 司書の講師は呆れたように呟くが、ミュウは首を横に振って否定する。


「マスターは、優しいです。マスターはいつもわたしに本を読んでくれます」

「う、うん。そっか。あなたにとっては優しいお兄さん(マスター)なのね」


 ミュウのマスター、という呼び方にやや引っ掛かりを覚える司書ではあったが、ミュウの小さな背丈も相まって、ただの遊びかおふざけでそう呼んでいるだけだと無理矢理納得することにした。

 当然、ミュウがグレイのアークであるとは夢にも思っていないだろう。ただ単にミュウかグレイのどちらかが少しばかりおかしな思考をしているのだと勘違いするだけである。

 それがグレイにとって良いのか悪いのかと言われれば、良くはないと答えるだろうが。


 何はともあれ、ミュウは借りていた本を返却した後、グレイに頼まれていた本を探しに広い図書室を歩き回った。


 ミスリル魔法学院の図書室には様々な種類の本が蔵書されており、その数は百万冊を越える。そんな中から頼まれた数冊の本を探すのは至難の技だが、ミュウは司書の講師に、ある程度の場所を聞いていたので思いの外早く見付けることができた。

 十分ほどで頼まれていた本を全て見つけ終えたミュウは、おまけに自分が読みたいと思った本を一冊借り、グレイの待つ寮へと戻った。


「ただいま、帰りました……」

「おう、おかえり。悪いなわざわざ。昼飯はもう用意してるから手洗ってきな」


 寮にはグレイだけが残っており、テーブルの上には昼食が用意されていた。ミュウは急いで手を洗って椅子に座る。

 しかしミュウが寮を出る時まではいたはずのエルシアとアシュラの姿が見当たらないので辺りをキョロキョロと見渡す。

 それに気付いたグレイがミュウの向かいの椅子に座りながら答えた。


「あの二人は自主練に行ったよ。あとキャシーちゃんもまだ戻ってこないな。会議長引いてんのかね」

「そう、ですか」


 そう答えるとミュウはパクパクと昼食を食べ始める。グレイは早速ミュウに借りてきてもらった本を読み始める。

 自然と無言になる寮内。時折聞こえてくるカチャカチャという食器の音や本のページをめくる音が大きく聞こえるくらいの静寂。

 一人でならともかく、二人でいるときの静寂は妙な気まずさを覚えるものである。しかしグレイとミュウにとってはそんな静寂は全く苦にならない。

 そもそも普段ミュウはグレイの魔力中枢エレメンタル・コアの中にいるので、謂わば二人は一心同体であり、今さら変な気遣いなどは無用なのである。

 勿論最初の頃はグレイもミュウが少女の姿をしていることもあり、色んな意味で緊張することはあったが、今ではもうすっかり慣れたものである。


 しばらくはそんな静かな時間が続き、ミュウが昼食を食べ終えた頃にグレイが読んでいた本から顔を上げてミュウに話しかけた。


「ミュウ。悪いがもう一回だけお使い頼まれてくれないか?」


~~~


 先日の放火事件が発生したミーティアでは様々な噂が飛び交っていた。

 しかしその噂には尾ひれが付いていたり、脚色されていたりした。

 だが本当のことを知っているのはあの場に出くわした人間の中でも更に少数しかいない。

 そのため、誰もがその噂を信じてしまっていた。


 その噂とは──


「本当……なんですか……?」

「ええ。遠目でしたが、私は確かにこの目で見ました。彼が、魔術師に襲われたところを」


~~~


 寮から外に出られないグレイの頼みを聞き、ミュウは一人でミーティアを訪れていた。

 ミュウは設定として、グレイの妹として学院に身を寄せてはいるが正式な生徒でもないため、わざわざ学院に外出許可を得る必要はない。なので校内だろうが校外だろうが問題なく歩き回れるのである。


 ミーティアは昨日よりも更に不穏な空気が漂っていた。原因は当然昨夜の放火事件である。聞こえてくる話から推測するに、犯人は魔術師で未だ見付かっておらず、怪我人も多数出たらしい。

 そんな情報を蓄えながらミュウはグレイから預かった手紙を胸に抱きながら目的地であるハイドアウトへと向かった。

 道順はしっかり覚えているので迷うことなくハイドアウトへと辿り着いたのだが、そこで別の問題が発生した。


「…………おやすみ、ですか」


 ハイドアウトの扉には「CLOSED」と書かれた看板が下げられており、店内の様子も確認出来ない。明かりも着いておらず人の気配も感じなかった。


 これではグレイに頼まれたお使いを完遂出来ないと悩むミュウ。しばらく店前で立ち尽くしていたが、今出来ることは何もないと諦めて帰ることにした。


 その帰宅途中、ミュウはまたあの宣教師、リビュラが演説をやっているのを見かけた。その演説を聞いている人達はこの間よりも多く、そして群衆は荒々しい言動を繰り返していた。

 しかしミュウには彼らのやっていることの意味がよくわからないので軽く気に留めるだけで、すぐにその場から離れようとした。

 だがその群衆の中に見たことのある人物の姿があったような気がして、人だかりを二度見する。

 でもその時には既にその者の姿はどこにもなく、少し周囲を見渡してみたが結局見付けることは出来なかった。


~~~


「…………そうか。休みだったか……。いや悪かったな無駄足踏ませて」


 夕方頃に寮へと戻ってきたミュウから報告を聞いたグレイはミュウに感謝しつつ優しく頭を撫でる。


「ふにゅ……」


 頭を撫でられたミュウは気持ち良さそうに目を細める。しかし逆にグレイは眉間に皺を寄せて考え込む。


「しかし、今日ハイドアウトは定休日じゃないはず……。まさか既に……? でもあの店長に限ってそんなこと……俺の考えすぎだといいんだけど──」

「あぁ~。疲れた……」


 グレイが一人思考に耽っていると、エルシアが寮に帰ってきた。


「お帰り、なさい」

「ただいまミュウちゃん」

「ん? アシュラはどうしたんだ? 一緒じゃないのか?」

「誰があんなのと……って、あんたこそどうかしたの? そんな険しい顔して」

「いや。別に何も。今日の夕飯当番は俺だからな。何作るか考えてただけだ」

「そう、ならいいわ。あと今日は魚が食べたい気分なの」

「わかった。風呂の方も沸かしてるし、飯作ってる間に入っちまえよ」

「あら、気が利くじゃない。それじゃミュウちゃん。一緒に入りましょ」

「……はい」


 エルシアは嬉々としてミュウと共に風呂場へと消えていった。


「はぁ、ったく。夫婦かよお前らは……。グレイはさながら専業主夫か?」

「アシュラ……。いつ戻ってたんだよ。てか何だよ夫婦って」

「そのまんまの意味だっつの。この唐変木が」

「物覚えの悪いお前に言われるとは思わなかったわ」

「うっせぇ」


 アシュラの悪口に皮肉で返し、エルシアのリクエスト通り魚を捌き始める。


 それからしばらくしてようやくキャサリンが帰ってきた。

 キャサリンの顔にはくっきりと疲労が浮かび上がっており、帰ってくるなりソファへとダイブした。


「あぁぁあ~。疲れましたぁぁ……」

「お勤めご苦労様です! で、大会はどうなったんだキャシーちゃん!?」


 早速アシュラはうつ伏せになっているキャサリンに結果を尋ねる。


「んあ~? あぁ、結局予定通り行われることになりましたよ~。変わったことと言えば、わたし達講師陣がミーティアの魔術師団と結託して大会当日、防犯強化に努めることになりそう、ってことくらいですね……」

「それは……大変っすね」


 ということは大会当日グレイは一人、ミュウを入れても二人で観戦することになりそうだった。


「しかし流石キャシーちゃんだぜ。俺の期待にしっかり答えてくれたんだな」

「……いや。わたしはずっと静かに座ってただけです。問題ばかり起こる──もとい起こすクラスの担任の言葉はどうも学院長達には聞き取り辛いらしいです……」

「「…………なんか、申し訳無いです」」


 やはりというか、キャサリンの発言力はほぼ皆無のようである。グレイとアシュラはものすごい罪悪感に襲われるのであった。


~~~


「して、彼は?」

「いえ。完全に見失ってしまいました。どういたしましょうか」

「折角彼女らが協力的になってくれたのです。彼の存在はもはや邪魔でしかない。手段は問いません。確実に消しなさい。あと特に彼が外部や彼女らと接触しないよう、厳重に見張りなさい」

「はいっ!」


 男は一礼してから足早にその場を去っていく。

 見えない悪意の魔の手は着々とミーティアに蔓延っていく。しかし誰もそのことに気付くことが出来ずに日々は過ぎていった。

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