《天神衆》の宣教師 5
先程発生した火災は魔術師団により無事鎮火された。その様子をずっと見ていた男の元に一人のローブを纏った男が近付いてきた。
「全く、奴の妨害のせいで作戦が上手くいきませんでしたね」
「いや。あれはあれで色々と収穫はあったさ。それに──」
「それに?」
「面白いものを見つけた。あれは次の作戦にとても有意義に使えるだろう。何としてでもこちら側へと引き込まなければな。それより、彼はあれからどうしたのです?」
「それが……逃げられてしまって」
「そうですか。流石は、と言うべきでしょうか。まあ、あの状態では長くはないでしょうが警戒は続けなさい。今彼らに接触されるのは非常にまずい」
「承知しました。では引き続き奴の捜索に戻ります」
そう言い残し、ローブを纏った男はその場を離れた。一人になった男は暗い空を見上げた。
「さて。あの《聖域の魔女》はどう動くか。まあ、恐らくは私の読み通りの動きをするとは思いますが。ふふ、祭りが楽しみですね」
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「もはや言葉もありませんよ……。どうして君はいつも騒ぎを起こすのですか?」
「あの、今回は別に起こしてないんですけど……。むしろ騒ぎを解決しようとした方で」
「どちらにしても、またも無断外出したことに変わりはありません。このような事件などに巻き込まれる恐れもあるから無断外出を禁じているというのに……」
事情聴取のためにミーティア魔術師団の本部にやって来ていたグレイ。その彼を迎えに来たカーティスはここ最近癖になりつつある溜め息を小さく吐いた。
「あぁ~、やっぱり学校の方に連絡行ったんすね。面倒なことになるな……」
グレイは今日も今日とて外出許可を得ずに町に出てきていた。だが彼の魔法、《ステルス・ゼロ》を使えば誰にもバレることなく帰宅出来るはずだったのだが、先程の事件のこともあり、流石に学院側に連絡しないわけにもいかなかったのだろう。
そして、運の無いことにその連絡を受けたのがグレイの担任ではなく、カーティスだったのである。
「ま、まあまあ先生。彼のおかげで一人の少女の命が救われたのですから、お説教はそのくらいで許してやって貰えませんか?」
「はあ……。わかりました。説教は帰ってからにします」
あ、終わりじゃないんだ……。と内心でガクッと肩を落とすグレイだったが、今は落ち込んでばかりもいられないので、そのまま視線をカーティスから団員の方へと戻した。
「ところで話は戻るんですけど、あの火、あれは魔法じゃありませんでしたよね。ということは──」
「あぁ。あの爆発や火災は魔法道具による犯行なのは明白だ。まあ、それを《コモン》の方達に説明しても信じてもらえるかどうか」
団員は苦い顔をして笑う。先程の騒動を見ればそんな顔になるのも頷ける。《コモン》の人達には魔法を魔法だと感知する力はない。あの火災が魔法によるものなのかどうかの判断が出来ないのである。
魔力計測器などがあれば話は別なのだが、既に火は消し止められている。
それに仮にあの火が魔法だったとしても水の魔法にて消火されたため、魔力の残滓を検出するのも一苦労である。更に加え魔術師に不満や疑心を持つ状態の住民達に正直に話したとして、どこまで信じてもらえるかもわからない。
「あともうひとつ。あの現場の近くでローブを纏った怪しい人物を見かけたんですが、逃がしてしまって……。まあ、本当にそいつが犯人なのかどうかはわからないんですけど」
「いやいや。気にしないでくれ。君には本当に感謝しているんだ。少女を救出してくれただけでなく、我々の間に立って仲裁しようとしてくれたことにもね。それに、そもそも犯人探しは我々の仕事だからね」
励ましの言葉を受けたグレイだったが、彼の思考は別のところにあった。カーティスは団員とグレイを交互に見て、話の間に割り込んできた。
「それでは我々はこの辺で。さあ帰りますよグレイ君」
「…………うす」
グレイの頭の中にはまだ引っ掛かるものがあったのだが、カーティスの静かな怒りに気圧されて小さく頷き、少し離れた所に静かに座っていたミュウに声をかけ、魔術師団本部を後にした。
その帰り道。夜中で、それに学院までの道のりには民家も建っていないので辺りは静寂に包まれている。
ただでさえ静かな帰り道だというのにグレイの前方には無言のカーティスが、後方にはこれまた無言のミュウが大人しく着いてくる。
三人とも一言も発することなく歩き続け、息苦しくなるほどの沈黙がしばらく続いたあと、おもむろにカーティスがグレイの方を振り向いた。
「グレイ君。この前私が言ったことを覚えていますか?」
「え? ……何でしたっけ?」
「今度無断外出すれば罰を与える、という話です」
「あぁ……。確かにそんなこと言っていたような、言ってなかったような……」
「確かに言いましたよ。で、その罰の内容ですが──」
すっとぼけるように視線を逸らすグレイだったが、そんなことでカーティスを誤魔化せるはずもなかった。
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「で、一週間の寮内謹慎となったとさ」
「「あっそ」」
「反応がそっけなさ過ぎじゃね?!」
ようやく寮へと戻ったグレイとミュウを迎えたのはアシュラとエルシアの二人で、グレイはその二人に今日あった出来事を簡単に話した。ちなみにキャサリンはグレイ達が戻る少し前に呼び出しを受けたらしい。
十中八九グレイの無断外出の話をされるのだろうことは全員なんとなくわかった。
「こりゃまたキャシーちゃんから朝まで説教コースだな。お疲れ~」
「一週間後といえばちょうど大会前日まで謹慎するってことじゃない。あっ、でもあんたは大会に参加しないんだし特に問題はないわね」
「まあそうだけど、さらっと俺の心を抉るのやめてもらえません!?」
今回のグレイが言い渡された謹慎処分の内容はこのようなものである。まず学外は当然、校舎、練習場、学食にも行くことは許されず、完全に寮に謹慎していなければならない。そして定期的に見回りの講師が訪問し、確認を取るらしい。
これでもし寮にいなかった場合、さらに重い罰を受けることになる。その罰の内容は教えられなかったが、最悪の場合退学もあり得る。
学院側としても稀少な存在であるグレイを退学にはしたくないはずだが、流石に限度というものがある。
グレイとしても退学になるのはごめんなので謹慎が解けるまでは寮で大人しくしている他ない。
「あぁ~くそ。これならさっきの間に店長に話しとくべきだったな」
「何をよ?」
「店であったことと、事件の時に気付いたこととかをな」
「どんなことに気付いたってんだよ?」
「いや……。確証はないし、俺の思い過ごしかもしれんから今は言わねえ」
「はぁ? ったく、もったいぶりやがって……」
アシュラはさも面白くなさそうな顔をしてグレイを睨むが、一向に話そうとしないグレイを見て諦めたのか小さく舌打ちした。
「にしても、町がそんな調子なのに町の方で魔術師の大会なんてやっても大丈夫なのかしら?」
「どうだろうな。もしかしたら中止、なんてことにもなるかもしれんが」
「おいおいっ!? それは困るぜ!? 中止なんかになったら何のために血ヘド吐いてまで勉強したのかわからなくなるだろ!!」
「それを俺に言われてもだな……」
当然ながらグレイ個人に大会を開催するか否かの決定権はない。それらは全て学院長であるリールリッドが決めることである。大会に参加出来ないグレイは他人事のように適当に聞き流しながら謹慎中の一週間をどう過ごそうか考え始めるのだった。
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「大会はやるぞ。中止なんてそんなつまらないことは御免だからな」
「とはいえ、安全面の保証が出来ない以上、やはり中止すべきだと思いますが」
「大会には私も出席するんだ。これ以上の保証もないだろう」
「話はそんな簡単なものではありません。少しは町の者達のことも考えてください」
キャサリンは学院長室でリールリッドとカーティスが言い争うのを少し離れたところで聞いていた。
つい先程まではキャサリンがグレイの無断外出の件についての説教を受けていたのだが、話はそのまま町であった放火事件へと移り、町の治安が著しく乱れていて、魔術師への不満が高まっている現状で魔術師の大会を開いていいものか、という話へと変わっていった。
一講師でしかも新人であるキャサリンには発言力も何もないので、二人の言い争いを大人しく見ているしか出来ない。正直さっさと寮に戻って布団に潜って眠ってしまいたかったが、どうもそんなり部屋から出られそうな雰囲気ではない。
リールリッドは頑として大会を開くと主張している。カーティスはそれに色々と反対しているが、最終決定権は学院長であるリールリッドにある。
そのことは当然カーティスも承知している。だから必死で説得を試みていたのだが、どうやら徒労で終わりそうだった。
「逆に考えるんだ。今大会で魔術師のイメージアップを図ろうじゃないか。そうすれば今ある悪評だっていくらか解消されるだろう」
「ですから、話はそう簡単では──」
しかし、話はまだまだ続きそうだった。キャサリンは重くなる瞼を必死に上げながら、心の中でグレイに恨み言を呟くのだった。