表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
103/237

《天神衆》の宣教師 3

「それじゃ悪いけど店長によろしく言っといてくれ」

「あぁ、わかった。それより早く帰らないと。門限あるんだろ?」

「まあな。でも俺には秘策があるし」

「秘策……? まあ、何でもいいけど気を付けて帰るんだぞ」

「それを女の子のお前に言われると何か複雑だな」


 グレイは苦笑しながら手を振り、ハイドアウトを後にした。

 その暗い帰り道。グレイはミュウと並んで歩きながら思考する。ミュウはグレイの表情が少し真剣だったことが気になった。


「どうかしたのですか、マスター?」

「ん? あぁ、いや何でもない。ちょっと気になることがいくつかあっただけだ。それよりとっとと帰ろう。あんま遅くなるとあいつらに心配かけるしな」


 ミュウが呼び掛けるとグレイはフッといつもの表情へと戻った。だがミュウにはそれは作った表情だということはわかっていた。しかしマスターであるグレイが何でもないと言うのであればそれに素直に頷くだけだ、とミュウは納得したように前を向く。


 ちょうどその時、すぐ近くから何かが爆発したような音がした。


「な、何だっ!?」

「マスター、あそこです」


 ミュウの差す指の先を見ると、黒煙と炎による明かりが見えた。

 気付くとグレイはその方角へと走っていた。すかさずミュウもその後を追う。


 すぐ近くの角を曲がると目の前には炎から避難している人達が多く見られた。もっとよく見ると数人が怪我を負っている。


「何があったんですか?!」

「わからんっ! いきなりあの建物が爆発したんだ」


 野次馬の一人に話を聞くと、何でもない普通の建物が突然爆発したという。その爆発の威力は中々に大きく、建物の大きな瓦礫が地面にいくつも散らばっており、炎は他の建物にも飛び火する。


「早く避難するんだ! ここは危険だ!」


 大声で叫ぶ声が飛び、グレイもそれに従うように避難しようとする。その時、背筋に冷たいものが走ったかのような感覚がして弾かれるように振り返る。

 すると視線の先に不審な人物を捉えた。と思うとすぐに建物の陰へと消えたのでグレイはその謎の人物を追おうと走る方向を反転させる。


 しかし、逃げる人々とぶつかりそうになり、上手く走れない。ようやく不審者のいた建物へと辿り着いた時にはその不審者の姿は無かった。


「くそ。どこ行きやがった!?」


 グレイは苦虫を噛み潰したような表情で辺りを見渡すもやはりどこにも不審者は見かけなかった。盛大に舌打ちし、もう少し辺りを探すべきか迷っていると、つんざくような悲鳴が聞こえ、咄嗟に振り返る。

 すると今度は三階建ての建物の最上階の窓から小さな少女が顔を出して泣きわめいていた。


「逃げ遅れたのかっ!? 親はどこにいるんだっ!?」

「そんなのわかんねえよ! それに火の勢いが強すぎる! 魔術師団の到着を待つしか……!」

「何してんだよ魔術師団の奴等はよ! 早くしねえとあの子供が!」


 そんな声が飛び交う間にも火は激しく燃え上がり、子供のいる三階にも火が襲いかかる。その光景が、グレイの忌まわしい記憶を呼び起こす。


「くそ……ったれがぁぁ!!」

「マスター!?」


 だがグレイはその記憶を振り払い、その建物へと飛び込んだ。


「おいっ! やめろ小僧! 死ぬぞ!」


 そんな声を背中で受けつつも無視して建物の中へと入る。一階はほとんど火の海で階段も今にも燃え落ちそうだった。


「あつっ! この火、魔法じゃねえな。最悪だ!」


 この火がもし魔法で発生した火だったならグレイの魔法で消し飛ばすことも出来たのだが、魔力も感じられないのでどうやら違うようだった。


 グレイは口を手で押さえながら階段を駆け登り三階に辿り着く。


「確か、この部屋だったな」


 わずかな記憶を頼りに少女がいるはずの部屋の前に立つ。急いで扉を開こうとするが、形が変形しているのか、どうしても開けられない。


「くそっ! こうなったら──」


 グレイは扉から二歩下がり、勢いよく回し蹴りを放つ。扉は大きな音を立てて破壊され、部屋の中の様子が確認出来るようになった。

 部屋には子供が一人、窓際で泣きじゃくっている。その目が部屋の扉をぶち壊したグレイに向けられ、更に大声で泣きわめく。


「ちょっ!? 大丈夫だ、俺は君を助けにきたんだよ」

「う、う、うわああああんっ!!?」

「ったく! この状況でもたついてるわけにはいかないんだ。ほら早く──」


 すっかりグレイに怯えてしまっている様子の少女に手を差し伸ばした直後、グレイの背後でまた爆発が起きた。

 完全に不意を突かれた形となったグレイは部屋の壁に叩きつけられてしまった。


「げほっ! ……あぁ、いってぇ……」

「お、おに、いちゃ、だい、じょうぶ……!」

「あぁ、平気、だ……。これでも体は丈夫だからよ……」


 煙と壁に叩きつけられたせいで頭が少しボヤけてきたが、まだ意識はある。冷静に状況を見て、階段からの脱出はほぼ不可能と判断した。何せ部屋の外は今の爆発で完全に火の海となっていたからだ。


 だとしたら、脱出ルートは一つに絞られた。震える足を叩き、何とか立ち上がると少女を右腕に抱き抱えた。


「ちょっとの間だけ目瞑って耳塞いでな。安心しろ、絶対助けるから」


 未だ泣き声の少女だったが、こくんと頷き、言われた通り強く目を瞑って耳を塞いだ。


「よし。じゃいくぞ……ッ!」


 意を決してグレイは窓に足を掛け、一息に飛び降りた。野次馬達は一斉に悲鳴を上げ、息を飲む。


 その数秒後、さっきまでグレイ達のいた部屋でも爆発が起きた。爆風に押し出されるように宙に身を投げ出されたグレイは何とか足から落ちるように空中で体勢を整える。

 だが、地面を見るとそこには白い大きな布が広げられていた。いつの間に、と思ったが今はありがたかった。グレイは体勢を変え、腕に抱えた少女を庇うように背中から落ちた。それを確認した布を持つ町の人達はそのままの状態で即座に火元から離れた場所にグレイを地面に降ろす。

 布の上に落ちたとはいえ、流石に少し体が痛んだ。が、地面に落ちるのとは大きく違う。一度深く息を吐いてから自分を助けてくれた人達に礼をした。


「あぁ、すんません。助かりました……」

「いやいや。こちらこそだよ! よくやってくれた。本当にありがとう!」


 地面に寝転がったまま逆に礼を言われたグレイは、腕の中で未だ震えている少女を優しく起こす。


「ほら。もう大丈夫だぞ」


 少女の顔は涙でくしゃくしゃだったが、どこか安堵しているようだった。何度も首を縦に振っている。

 どうやら大した怪我もないようでグレイもようやく安心した。


「マスター。危ないことは、あまりしないでください」

「あっ、ミュウ……。悪い。また心配かけたな」


 気付くとすぐ側にミュウが座り込んでいて、無表情ながら少し怒っているようだった。

 グレイはばつの悪そうな顔をしながら体を起こす。するとスッと手が差し伸ばされた。顔を上げるとそこにはついさっき会ったばかりの宣教師、リビュラが優しげな笑顔を携えながら手を伸ばしていた。


「……またあんたかよ」

「ええ。また会いましたね。まさかこんなに早く再会することになるとは、流石に思ってもみなかったですけれど」


 グレイは少し戸惑いながらもその手を取り立ち上がる。周囲にいた人達からは拍手喝采を浴び、むず痒くなって頬を掻く。


 その空気が、次の瞬間にピシリと凍りついた。


「大丈夫ですか皆さん!? ここは危険です。急いで離れて!」


 爆発が発生してから十数分後になるだろうか、ようやく魔術師団が現場に到着したのである。

 本来なら、ここは空気が凍りつくような場面ではない。むしろ安堵の息を漏らし、これで大丈夫だと思うところである。

 にも関わらず、先程まで英雄を称えるような雰囲気が、この場に招かねざる者が現れたかのような重苦しい雰囲気に変わった。


「おやおや。随分と遅い到着で。もしかして眠っていたのですか?」


 リビュラは先程の優しげな笑顔を消し去り、冷酷な笑顔を露にした。

二月十六日。二章 落書き置き場更新

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ