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《天神衆》の宣教師 2

「……よし。立ち直った」

「案外立ち直るの早いんだな……。本当にもう大丈夫なのか?」

「あぁ。悪いな心配させて」

「ん。元気になったんならそれでいいよ。それで、何か食べるか?」

「俺はこのサービスのケーキでも頂くわ。ミュウにはこの間のでっけえパフェでも頼む」

「わかった。ちょっと待ってて」


 チェルシーはそう言って厨房の方へと去っていく。


「マスター。本当に、もう大丈夫なのですか?」

「大丈夫だ。悪いな、お前にも迷惑かけて」

「いえ。マスターが元気になったのなら、よかったです」


 ミュウは普段と同じローテンションな声音だったが、グレイにはニュアンスで安堵しているのだということがわかった。


 グレイはそのミュウの頭を撫でながら思う。確かに大会に出られないのは悔しい。大会に出れば何かを見付けられるかもしれない、そう思っていたから。

 だが自分が大会に出て、無属性魔法という未知なる力を振るえば様々な方面から注目されることになる。

 既に学院内では広まりきった話だが、今回の大会はミーティアで行われる。その噂の拡散力は今までとは比べ物にもならないだろう。


 そうなればミュウの正体が世に知れ渡る時も早くなってしまう。それはグレイにとってもミュウにとっても得にはならない。目立つことは極力避けねばならなかった、そう考えれば諦めもついた。


「はい。お待たせ。特製パフェだぞ」

「ありがとう、ございます。いただきます」


 ミュウはチェルシーの持ってきたパフェをパクパク食べ進めていく。

 その様子を眺めながら視線を店内に移す。


「客、まだ少ないままなんだな……」

「ん~。そうだな。元々は賑やかな店ってわけでもなかったから、昔に戻ったって感じではあるんだけどね。それでもやっぱりちょっと寂しい、かな?」


 昔、この喫茶店はその名の通り隠れ家的な店であり、有名店ではあれど毎日行列が出来るような店ではなかった。所謂知る人ぞ知る店といった感じだった。

 だが徐々に店員が増え出したり、あの事件が起こって店の壁などが壊されたりした際にわずかではあるが増築したりした影響からか、次第に少しずつ客が増えはじめてきて、キャサリンがここで働くようになった頃には毎日がとても忙しくなっていた。


 大変ではあったけれど充実していた。少なくともチェルシーはそう感じていた。


 だがそれも今では遠い夢だったのかと思うほど、店内は静まり返ってしまっていた。


「まあ、でもすぐにまた賑やかな店に戻るだろ。今はあの《天神衆》って奴等がいるから町の皆が何かとピリピリして、そのせいで客足が遠退いてるだけだって」

「………………そう、だな」

「……? どうかしたのかチェルシー?」


 《天神衆》という名を聞いた途端、チェルシーの表情は少し強張り、影が射す。


 ちょうどその時、店の扉が開いた。扉に付いた鈴がチリンと鳴る。何気なくそちらを向いたグレイの視線の先には、件の宣教師が立っていた。


「こんにちは、ハイドアウトの皆さん」

「また、来たんですか」

「ええ。それで店長はどちらに?」

「今は出掛けてますけど、貴方とはお話にならないと思います」

「それは手厳しい。そろそろ話くらい聞いていただきたいのですが」


 宣教師は店員と入り口で話をしている。その声はグレイの耳にも届き、チェルシーに耳打ちする。


「あいつ、ここによく来るのか?」

「……うん。最近、ちょっとな」

「迷惑してんなら俺が追い返そうか?」

「いや。いつもすぐに帰るし、たぶん今日も大丈──」


 大丈夫、と言おうとした瞬間。店内で皿の割れるような音がした。


「んだよこれはよぉっ!」


 弾かれるようにその音がした方を見ると、一人の男が乱暴にテーブルを蹴り飛ばし、テーブルに乗っていた皿が床に落ちて割れていた。


「一体何だってんだ?」

「ど、どうしましたかお客様っ!?」


 チェルシーは慌てつつもその男の元へと駆ける。男はかなり厳つい顔をしており、その顔は怒りで歪んでいる。


「どうもこうもあるかってんだ! こんなクソみてえな料理出しやがって! なめてんのかこの店はッ!」

「えっ、も、申し訳ありません。お口にあいませんでしたでしょうか?」

「あぁそうだよ! やっぱ精霊に見捨てられた奴なんぞが作った料理なんか食うんじゃなかったぜ! おい! これ作った奴、表出てこいよ! 俺が直に魔法で一発ぶっとばしてやっから!」

「申し訳ありませんお客様。で、ですが、暴力沙汰は──」

「うっぜえんだよ! 料理人なり責任者なりを出せって言ってんだ! 女は引っ込んでやがれっ!」

「きゃあっ!?」


 男が腕を振り払い、チェルシーはそれに弾かれて突き飛ばされる。

 それを見たグレイは即座にチェルシーを庇うように受け止める。


「大丈夫かっ?!」

「うっ……。うぅ……ん」


 突き飛ばされたチェルシーを椅子に座らさ、グレイはそのクレーマーの男の前に立つ。


「おいこらそこのクレーマー。俺のダチに何してやがる?」

「あぁ?! ただのガキが女の前だからって何気取ってやがる!? クソガキが魔術師の俺とやりあおうってか? 怪我しねえうちに引っ込みやがれ!」

「はっ! 魔術師が何だっての。てめえみてえな三流以下の魔術師なんぞ一ミリ足りとも怖かねえよ」

「へ、へへ……。くそ! 良い度胸だよクソガキが! 吹き飛べやっ! うおらぁぁっ!」


 男が大きく腕を振りかぶる。だがグレイはそれより早く男の懐に潜り込み、腹部に拳を叩き込む。


「がはっ!?」


 体内にあった息を全て吐き出した男はそのまま前のめりに倒れ込み、意識を失った。


「ったく、一撃で終わりかよ。学生からやり直しやがれ。……いや、やっぱ無理だな。こんな老けた学生はごめんだ。ってことで魔術師辞めろ。不愉快だ」


 グレイは手をパンパンと叩き、吐き捨てる。

 そのままグレイは気絶した男を見る。


「でもこいつ、何で──」

「ほう。強いのですね、君」


 いきなり後ろから話し掛けられたグレイは飛び退くように跳ね上がり、後ろを振り返る。するとすぐ近くにあの宣教師が立っていた。


「ふむ。……ふむふむ。なるほど。ほうほう」


 その宣教師はグレイの顔から爪先までじろじろと観察する。今のグレイの服装は別に珍しくもない。町で買った普通の私服である。観察するようなものは何もないはずなのだが、宣教師の掛けていたモノクルがキラリと光り、しかも何だか甘ったるい匂いがして、とても気味が悪かった。


「なんだよあんたは。人のことジロジロ見てんなよ」

「あぁ、いやいや。申し訳ない。君みたいなただの少年がこんな厳つい男を倒せるなんて不思議でね。しかもこの者の話を聞く限り、彼は魔術師のようだけれど、よく恐れずに立ち向かえたね」

「別に怖くねえっての。俺のことをただのガキだとか言って甘く見てるような奴に負ける気なんざさらさらしなかったしな」

「勇敢なのですね、君は」

「……何なんだよさっきから。何のようだ?」


 ペラペラと話し掛けてくる宣教師に嫌気が差したグレイは目を鋭くさせて宣教師を睨み付ける。


「おっと、重ね重ね申し訳ない。私は《天神衆》の使い、リビュラと言います」

「あっそ。んじゃリビュラさんとやら。さっさと警察呼んで貰えますかね。この男をしょっぴいてもらわにゃならんので」


 グレイはさも興味無さそうな顔で床に倒れている男を見下ろす。


「そうでしたね。ではこの男は私達が責任を持って連行致しますよ。すみませんが、頼みますよ貴方達」


 宣教師が店の外に待機させていたお供を呼びつけて、気を失っている男の腕を持って引きずるように連れ去っていった。


「それでは私達はこれで。今日は店長さんとお話が出来ませんでしたが、良い出会いがありました。これも神のお導きでしょうかね。では、また後日改めて来ます。……あぁそういえば、君の名前を伺っても?」

「お断りだ」

「おやおや。それは残念です。では君も縁があればまたお会いしましょう」


 そう言い残し、宣教師達は店から立ち去っていった。

 その場に残ったグレイは、散らかった床を片付けるチェルシー達を手伝いながら店長を待った。


 正当防衛とはいえ、流石に店で暴れたことを詫びないといけないと思っていたからだ。チェルシーからはわざわざそんなこと、と言ってはいたが、一応けじめだと言って聞かなかった。


 だが、いくら待っても店長は店に帰ってこなかった。

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