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オレと……じゃなかった。私の覚悟

 どうしてこうなった…………


 気がつくと私は真夏の学校に来ていた。

 来ていたというかすでに中にいる。授業が始まっているのかHRかわからないが、教室外に人影が見えない隙に裏門から侵入して統括部の部室へ隠れたのだ。

 そして武山がどこからか調達したという女子用制服に着替えさせられている。


 本当にどこから用意したんだか…………


「世の中には知らない方が幸せな事もあるんだよ」


 年寄りくさっ!


 私は武山の不遜な物言いに苦言を呈しつつパイプ椅子を取り出して座る。

 一昨日来て以来まだ二度目の来訪だったが雑然とした室内はちょっと見渡せば必要な物が見つかるほど物に溢れていてパイプ椅子を探すのにも苦労しなかった。


 で、結局どういう事なんだよ?


 ここに向かう途中、武山から話は聞いたものの、いまいち学校への道を覚えてなかった私は迷わないよう進むのに精一杯で内容が頭に入ってこなかった。

 曖昧に聞いたところでは真夏が本調子じゃないとか何とかそんな事を言っていた気がするのだが……


「簡単に言えば今の彼女はまなっちゃんであってまなっちゃんじゃない。別のものに憑かれているんだ。まあオレの所為なんだけど」


 最初から意味のわからない事を言い出した。

 オレの所為って辺りに信憑性を感じなくもないが、今朝話した感じでは別におかしなところはなかった。

 いや変といえば変だったけど変なのはいつもの事だしなぁ。

 どう反応していいかわからず私が黙っていると、その困惑を察したのか武山は私に顔を近づけて言った。


「信じられないって顔だな。無理もないけどそれじゃ話が進まないから実際にやってみせてやるよ」


 そう宣言するや否や疑問の声を上げる間もなくその手が私の胸に添えられた。

 突然の事に反応が遅れた私はその手を振り払おうとしたが、それよりも前にパシンという高い音が室内に響き渡り同時に武山の顔が勢い良く横に振られた。

 それは振り払うつもりだった私の手が私の意思よりも早く武山の頬を張った音だった。

 張られた武山は自分の蛮行を棚に上げて理不尽な事でもされたかのように批難の視線を向けてくる。


「自分がやれって言っておいてこれは酷くないかい?」

「やむを得ないとはいえお姉ちゃんの胸を触った罰は受けてもらわないとね」


 武山の抗議に答えた声に私は電流を流されたような衝撃を受けた。

 その声は紛れもなく私の口から発せられたものであり、声が聞こえている最中、自分の肺や舌が勝手に動く感触をまざまざと感じていたのである。

 あまりの気持ち悪さに動けるようになったと同時に自分の口元を押さえる。

 なんだ…………これは………………?


「へぇ。その様子だと篠宮の意識もちゃんと残っているみたいだな」


 ………………どういう事だよ?


 先ほどのように勝手に喋られないよう口元を押さえたまま私は問う。

 話の流れから私の中にも何かをとり憑かせたというのは遺憾ながらも理解できるが、問題は何がとり憑いたのかだ。

 私の中から発せられた声は私の事を『お姉ちゃん』と言ったが、まさか…………


「事情があって本人の方をオレが預かっていたんでね。彼女の希望もあってお前の中に入ってもらった」


 いや、なん…………だと…………え? つまり…………え? どう……ええぇ?


「ちょっと武山君。お姉ちゃんが混乱しちゃってるじゃないか。ちゃんと説明してあげてよね」

「君が急かした所為なんだけどなぁ。まあいい。とりあえず落ち着け篠宮」


 再び発した声に混乱が加速するも武山に宥められて我を取り戻す。

 そうして何とか落ち着きを取り戻した私に武山が語ったのは俄かには信じられない話だった。

 武山が実は魔術師で別の世界に別の人間として存在しているという事。その世界にも私は存在していたが数日前に魔術でこちらの世界に来てしまった事。そしてそれが今の女の子になった私の体である事。更にその私が真夏をあちらの世界へ飛ばしてしまった事。


「本来まなっちゃんの魂は自分の体に引かれて元に戻るはずなんだけど、どうもそれが阻害されてるみたいでね。仕方ないから篠宮の体に入ってもらったというわけだ」


 というわけだ。じゃねーよ。


 主観的に見て非常に軽い調子で言う武山の説明に不快感を覚えながら睨みつける。

 それは私にしてみれば全く以って面白くない話だった。

 私が女の子になった事をあんなにも喜んでいた真夏が、私の知らないところで私の為に、奇妙な事件に巻き込まれ、聞いた事もないような珍妙な体験をし、今またわけのわからない事になって私と体を同じくしているというのだ。

 元より私が知っているだけでも会ったばかりの男にキスを迫られ、別の男にはパンツ姿を見られ、強制的に男子校に通わされと、散々な目にばかり遭っている。不幸体質を疑ってしまいたくなるほど、この短い期間に真夏に訪れた不幸は数多い。きっと語られない中には今挙げた以上に無数の不幸があったに違いないだろう。

 そしてその大半は私が女の子になった事、真夏がそれを守りたいと考えてくれた事に起因するのだ。

 なんで言ってくれなかったんだ。と、私は声には出さずに憤った。

 もちろん力になれなかっただろう事は容易に想像がつく。真夏が言わなかった理由も察しがつかないほど鈍感なわけでもない。

 ただ、頭で理解出来ても気持ちで納得しない事もあるのだ。

 そんな私の耳に再び自分の声で言葉が掛けられる。


「ご、ごめんね、お姉ちゃん。いやほら、私も魔術とかよくわかんないし、突然お姉ちゃんが元に戻るとか絶対許せんという私の私利私欲の為だったからさぁ…………」


 そんな弁解めいた言葉を聞きながら、私はどこか冷静に状況を観察していた。

 今の弁明は私の感情が真夏に伝わったからだ。同じ体だからというのもあるだろうが、今私は真夏の困惑を感じている。これは体から感じるのとは違う、いつもの共有感覚だ。つまり武山や真夏の言う通り、同じ体に別個の魂が存在している状態で間違いないのだろう。

 認めたくはなかったが状況は彼等の言う事が真実だと告げている。ならば要らぬ苦労をかけた分、ここから先は率先して協力するのが私の果たすべき使命じゃないか。

 私はそう決意し、自分の情けなさをゴマ化す為にひとつだけ覚悟を決めた。

 魔術ってのがどういうもんかわからないから舵取りは武山に任せるしかない。けれど危険な事は真夏にはさせないし、真夏が元に戻る為なら自分の事は諦める。

 そう。私がこの時決めたのは、女の子の自分を諦める覚悟だった。


来週は仕事の都合で書く時間がとれないので次回投稿は再来週になります。

すみません。

ご覧いただきありがとうございました!


追記:ちょっと仕事がごたついて書く時間がとれませんでした……

   なるべく早いタイミングで更新しますので今しばらくお待ちください_(,_.)_

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