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篠宮真夏とネゴシエーション

 私が名乗ると彼女は期待した以上に激しく動揺し、泣いているような甘えているような声で可愛らしく言葉を震わせた。


『なんで君が月初さんの携帯を持ってるんだよ…………』


 お葬式で出会ったついでにお借りしたんだよ。武山さんは今日あるって知ってたんでしょ? どうして来なかったの?


『…………言いたくない』


 私からの電話に出なかった理由は?


『……………………言いたくない』


 橘さんからの電話に出たって事は私個人に対して思うところがあると理解していいのかな?


『………………………………』


 らしくもなく案外簡単に、彼女は黙ってしまった。

 私はわざとらしくならないよう気をつけながらフゥと小さくため息を吐くと苛立ちを滲ませた声で言った。


 わかった。電話についてはもういいよ。何となく察しはついてる。


 少しずつ声の調子を落ち着かせ、許したフリをして彼女の罪悪感を刺激する。

 間を置くことなく続けて優しさとほんの少しの焦りを加えた声音に変え、彼女の罪悪感を包み込むように。

 そうしてエサを撒き、糸をたらして彼女が針にかかるのを待つ。


 けど、どうしても聞きたい事があって電話したの。お願いだから一つだけ教えて。


 かなりの間が空くが決してこちらから喋ってはいけない。不自然な間に耐えられなくなった方の負けなのだ。

 私は仕掛けた側である為、不自然な間については問題なかったがいつ切られてもおかしくない状況に焦る気持ちを抑えるのに苦労した。


『……………………何?』


 かかった。

 少し不安ではあったけど上手く食いついてきた。

 ここまでの流れはいくつかの技術を盛り込んだ私なりの交渉術だ。フットインザドアとかドアインザフェイスとか名前がついているらしいけど要は相手の罪悪感を利用して自分の都合の良いように話を持っていく技術である。一つだけと言ったがこうなってしまえば芋づる式に話を引き出せば良いので数に大した意味はない。

 後は質問をぶつけていくのみだ。

 まず何よりも知りたいのは先ほど橘さんから聞かされ私がフリーズを起こした件である。


 私と白金君の関係って知ってた?


 電話の向こうから息を呑むような微妙な空気が伝わってくる。

 再び沈黙の落ちる会話にあれ?と思った私は自分の言葉を思い返して少し分かり辛い言い方だったと反省する。

 訂正しようと口を開きかけた時、何か覚悟めいた響きを伴った武山さんの声が先に入って来た。


『知ってた。知ってたよ。誰よりも私が一番最初に気付かなきゃいけなかった。君と出会う前から篠宮に聞かされてたってのに』


 言葉を叩きつけるように彼女は一息に捲くし立てた。

 その終わりは自身の愚かしさに喘ぐように息も絶え絶えになって、ある種の泣き声のようにも聞こえるものだった。

 私はその台詞の中に違和感を覚え、彼女の言葉が途切れた瞬間を狙って聞き返した。


 私と出会う前から篠宮に聞かされてたって何?


 言い間違いかとも思ったが彼女から篠宮なんて呼ばれ方をした覚えはとんとない。出会った当初にいきなりあだ名をつけて呼ばれ、以降それが定着していたので彼女の口から苗字で呼ばれるとそれだけで違和感がある。

 私以外で関係がありそうなのは母だけど彼女が同級生の母親を呼び捨てにするというのも考え難かった。

 話の流れからいくと白金と篠宮がごっちゃになってる?

 けれど彼女の口から出てきたのは私の想像を遥かに超えた内容だった。


『ああ…………うん。もういいや、面倒くさい。オレは別の世界にチャネルを持ってるんだよ。あっちでは白金が篠宮真冬って名前になってて、いつもいつも真夏って名前の双子の妹の話をしてるんだ』


 そんな風に彼女が切り出したのはあまりに突拍子のない話。それは荒唐無稽で、友人を失った彼女が作り上げた妄想の産物とも思える内容だった。

 けれどそんな中にも現実との整合性があって、今の私にとってそれは聞き逃せないものだ。


 つまりその世界で私と白金君は双子の兄妹として一緒に暮らしているという事?


『そうだよ。色々なズレがあるからこっちの世界でも同じかどうかはわからないけど、少なくとも元の白金は君と瓜二つだったらしい』


 元の、というのは多分私と入れ替わる前のという意味だろう。夢見心地に見た彼の姿はずいぶんやせ衰えていたけれどそれよりもっと前に撮られた写真で見た彼は私とよく似ていた。

 兄弟のいない私にとって兄というのは憧れの存在だ。もし本当にそんな世界があるのなら私は兄にべったりの甘えん坊に育っていたかもしれない。

 その想像は葬儀で沈んでいた私の心を少し浮き上がらせた。これはあまり良くない傾向だ。

 甘美な想像の世界を振り払うように頭を振って彼女との話に戻る。


 白金君の脳にBCIが埋め込まれていたのは知ってる?


『橘さんに聞いたの?』


 いいえ。事件について調べる過程でBCIについても調べたの。それを自分の体験に照らし合わせれば答えは明白でしょう?


『なるほどね。そういえばオレはずっと白金と居たから知らないんだけど入れ替わってる間、君は何をしていたんだい?』


 ああ、そっか。私はメディアの情報や刑事さん達の話から何となく白金君の行動を知っているけれど、向こうからしたら私がどうなっていたかという情報は全くないのか。

 私は自分がずっと寝たきりになっていた事、そしてその間見ていた夢の事などを話した。


『ほぼ一ヶ月ずっと眠ってたわけか。君が見てたのはおそらく白金の記憶だね。少しだけ白金から聞いた事があるよ』


 やはり、そうなのか。千本木さんから病院に住んでたという話を聞いてからそうじゃないかとは思っていた。

 きっとBCIの影響か何かで彼の記憶が私に流れ込んできたのだろう。

 けれどもしそうなんだとしたら私は…………

 胸にちくりとした痛みが走り、私は続く話しをすべきかどうか迷った。

 いや、わかっている。しないわけにはいかない。彼女は当事者の一人であり、自由になった彼の一番近くにいた人物なのだから。

 私は覚悟を決めて、彼女にあの夜の事を話した。

 目覚めた時、病棟の屋上から声が聞こえてきた事。屋上では二人の人物が言い争いをしていた事。そのうち一人に突き落とされそうになり、もう一人に助けられた事。

 そして、その人物――――私と入れ替わった白金君――――の顔を見るなり入れ替わりが元に戻り、私はつかんでいた手を放してしまった事。

 彼女は私が話し終えるまでただ相槌を打つのみで黙って聞いていた。

 話し終えた時、断罪されるのを覚悟していた私に対し彼女が言ったのは問いかけとも独り言とも思える言葉だった。


『本当に良かったのかな…………』


 主語のないその言葉は色んな意味にとれるものだったけれど、私はその意味を勝手に彼らの行動に対してのものだと解釈した。

 本当に、事件を明るみにした事は、よかったのかな。

 自分本位な捉え方だと思う。けれど彼女が私の罪を問うよりも問いたい心からの疑問に思えてならなかった。

 しかし悲しいかな、彼女がそれを問いたかった男の子はもうこの世にはいない。彼女に答えを与えてくれる人はもうどこにも…………


 いや、いる。


『え?』


 思わず声に出していた私の言葉に意表をつかれたような彼女の声が返ってくる。

 私は自分の閃きにしばらく忘れていたカタルシスを感じながら説明を求める武山さんの言葉を無視して自分の思考に没頭した。

 やがて何も答えない私に対し彼女も声をかけるのを諦めた頃、取り繕うのももどかしく私は彼女に急用が出来たと伝え、次から電話を無視するなとキツイいい含めて通話を終えた。

 その辺に置いておけといわれた携帯だったがお礼を述べる為に橘さんに手渡しで返し、別れを告げて刑事さんの車で家まで送ってもらう。

 その道すがら、自分の思いつきを何度も何度も反芻して改め、理論立てて見直し、徐々に整形して、自宅に着く頃には不細工ながらも何とか一繋ぎの魔術として形を成すまでに作り上げたのだった。

またもや遅くなってしまいました。すみません。

ご覧いただきありがとうございました!

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