篠宮真夏と兄妹関係
千本木さん達が部屋を出てパタリとドアを閉じると静けさが耳についた。
薄暗い部屋の真ん中で斜めに両膝を揃えて楚々と座る喪服姿の橘さんに向かい合う。正面から見つめる彼女は懐かしい物を見るような、何かを諦めたような複雑な表情をしていた。その瞳に真っ直ぐ見つめられるのは妙に居心地の悪い気分がした。
顔を逸らし、横目に彼女を睨むとその事に気付いたのか申し訳なさそうに笑ってようやく口を開く。
「初めまして、で良いよね? 篠宮真夏ちゃん」
開口一番、私が彼女に抱いた疑念に答えをもたらす。
なるほど。最初に紹介された時に困った表情を浮かべていたけれど、あれは私の中身が白金君ではなく私本人に戻っているのを知った上で刑事さんの前でどう接すべきかを悩んだからか。
納得し幾分すっきりとした心持ちになって私は彼女に挨拶を返す。
初めまして。橘さんは私と白金真冬君の置かれた状況までご存知なんですね。
「ええ。そうね。元はと言えばそれも私があの人を止められなかった所為だもの」
あの人?
「白金徹さん。事件の首謀者とされている人。真冬君の…………お父さんよ」
真っ直ぐ私を見ていた橘さんの瞳が揺らぎながらゆっくり地面に落ちる。
その揺らぎについつい二人の関係を勘ぐってしまいそうになるけれど、今回の目的には関係ないと断腸の思いで振り払い、沈黙した彼女に対して私は質問をぶつける事にした。
まず確認したいんですが、私と白金君の身体と心が約一ヶ月に渡って入れ替わっていたのはご存知なんですね?
「ええ。真冬君と再会した時…………つまり貴方の姿で初めて会った時に話を聞いて知っていました」
伏せた瞳が再び真っ直ぐに帰って来て私を捉える。
部屋に二人きりというのもあって何かインタビューか尋問でもしているような気分になるが、彼女もそんな状況には慣れているだろうし、返ってきた答えもその形式に乗ってくれている感じなのでこのまま質疑応答を重ねてみよう。
再会という事は白金君の事は以前から知っていたんですね?
「はい。千本木さんから聞いているかもしれないけれど真冬君はずっと入院していてね。その間、彼をモニターしていたのが私だったから」
え………………?
彼女の言った言葉に思わず声が漏れる。
モニターってつまり監視してたって事だよね? 病院にも監視カメラくらいついてるかもしれないけど普通に考えて患者のプライベートが映る病室にはつけられないはずだ。
それに確か医学用語だとモニターって定期的な診察とか状態把握とかそういう意味だったはず。つまり担当医? この人看護士だったはずじゃ……?
疑問が表情に出ていたのか、私の様子を伺っていた橘さんはやがてツバを飲み込むように息を吐いた後、私に向かってこう答えた。
「彼、及び貴方のBCIの動作を私が監視していたという事です」
その答えに愕然とする。
BCIがどの程度の情報を発信するのかはわからないが、私の生きてきたこの十五年間がずっと監視されていたと考えれば恐ろしい事だ。
いや決してやましい事なんてしていないけどっ! あれとかこれとか知られたくない事なら一杯あるもんっ!
緊張に顔が強張る私に橘さんの優しい声が降りかかる。
「安心して。データはあくまでもデータであって専用の機器で再生しなければ内容を知る事は出来ないし、貴方のデータは強力に保護されているから」
安心できませんよっ!
的を外れた橘さんの慰めに思わず語気が荒くなる。
だって私のあれやこれやを記録したデータは今もどこかにあって、再生されればいつでも誰でも見られてしまうのだ。なんとしても確保しなければ。
私はやるべき事の最優先事項にデータの確保を焼き付け、脱線しているのは重々承知しつつ彼女にデータの在り処を問う。
「二人のデータは誰の目にも触れないように小さな金庫に封印してあるわ。鍵は武山さん、金庫の方は貴方のお母様に預けてね」
母さんに?
一応安全は配慮されているらしいという事実に安堵しつつ、幾分冷静さを取り戻した私だったが突然出てきた母の話に不思議に思って聞き返す。
私のデータはともかく、白金君のデータも一緒に母に預けるというのは何だか妙な感じだ。
だから当然の疑問として聞き返しただけだったのだけど、つついた藪からは予想外の大蛇が出てきた。
「あなたと真冬君は双子の兄妹なのよ。真冬君の遺品とも言えるしお母さんに預けるのは当然でしょう」
もはや愕然を通り越して絶句するしかなかった。
私が言葉を失い、橘さんが困ったように頬を掻いていると、話が終わったと思ったのか刑事さん達がドアをノックして入って来た。
二人は私の様子を訝しげに見て橘さんに目線を送ったが橘さんは苦笑して首を振っただけだった。
それを触れるなという意味に捉えたらしく、特に突っ込みを入れられる事もなく二人は下の丸椅子に座って再度聴取が始まった。
その途中で話が白金君のBCIに及んだ時、何故これまで黙っていたのかを千本木さんに問い詰められた橘さんは白金君の遺志だと告げた。
それは多分、私が危険に晒される可能性を考えて彼が打っておいた予防策のようなものだ。BCIを取引していた企業はヤクザ屋さんとも繋がりのある危ない会社で、もしかしたら今も研究データを狙っているかもしれない。今や唯一残された貴重なサンプルである私の存在が知られれば狙われるのは眼に見えていたのだ。
それは橘さんも同じ意見だったようで、刑事さんから聴取を受けている間も決して私のBCIについては話さなかった。
ショックから立ち直れぬまま刑事さんの聴取は終わり一階へ戻ると、すでに人は出払って手伝いのおばちゃんが一人残っているだけだった。
橘さんは話し込んでしまって碌に手伝いもしていなかったので慌てておばちゃんの方へ向かい、一緒に片付けを始めた。
千本木さんは私に火葬場へ行くかと聞いてきたが、燃え残った骨を見るのは辛いので辞退し、家まで送ってもらう事になった。
色々話は聞けたけれどまだ整理のついていない私は、後々の為に連絡先を聞いておこうと思い立ち、刑事さん達を待たせて橘さんのところへと向かう。
帰る旨を伝え、別れの挨拶のついでに連絡先を聞いて彼女がポケットから携帯を取り出した時、ふと思いついた事があった。
そういえば橘さんは武山さんの連絡先ご存知ですよね?
「え? 知っているけれど?」
彼女と連絡を取りたいんですが、私からかけても出てくれなくて。もし良かったら橘さんからかけてもらえませんか?
「あら、そうなの? う~ん……彼女の気持ちはわからないでもないけれど……わかった。かけてみるわ」
快く、とはいかなかったものの彼女なりに思うところがあるらしく悩んだ末にその場で電話をかけてくれた。
ところがコールを待っている最中、おばちゃんが橘さんを呼ぶ声が聞こえて来た。
返事を返し困った顔を浮かべる彼女に私がこの場での連絡を諦めかけた時、突然彼女が驚くべき行動に出る。
なんとコール音のなり始めた携帯を私に託し「終わったらその辺に置いといて」と言い残して去って行ってしまったのだ。
慌てる私の耳元で呼び出し中を示すコール音が途切れ、久しく聞いていなかった声が聞こえてくる。
「はい、武山です。ご無沙汰してます」
それは私が知っているよりも少し涸れている気がしたが、間違いなく武山さんの声だった。
遅くなってすみません。
ご覧いただきありがとうございました。




