篠宮真夏と橘月初
辿りついたのは一見何の変哲もない一軒家だった。
田んぼに囲まれた景観の美しい場所で、遠く見渡せる範囲に家は十軒程度。うちもたいがい田舎だと思っていたけれどここに比べれば随分近代的だ。家の前の地肌むき出しの駐車場に立って景色を眺めているとスローライフという言葉が頭に浮かぶ。
こういう地域のイメージとして近所付き合いが深く葬儀の時はご近所さんが手伝いに来てくれるというのがあったのだけど、それにしては何だか妙に人が少ないように思えた。
「おーい、真夏ちゃん、こっちおいで~」
刑事さんに呼ばれ玄関先に設けられた受付らしき場所へ行く。そこにはショートボブの良く似合う黒髪の楚々とした女性が立っていた。
女性は私を見るなり何だか困ったような表情を浮かべたけれど刑事さんに紹介されると気を取り直したように笑顔を浮かべた。
「久しぶりね、篠宮さん」
刑事さんによれば彼女は私と武山さんに協力して例の事件を暴露した内部告発者の橘 月初さんという事だった。
だとしたら先ほどの表情は何だろう。会いたくない理由でもあるのか、それとも中身が違っているのに気付いているからなのか。
ともあれ私も素知らぬ顔でお久しぶりと挨拶を返し、彼女に示された参列者のリストに自分の名前を記入した。
借りてきた猫の面持ちで見知らぬ人達に混じり所在無く佇んでいると周りから変な目で見られているのに気付く。
そういえばテレビなどで事件に巻き込まれ亡くなった高校生などの葬儀の映像を思い出すと同級生が多数参列しているように思うのだが、何故かこの場に学生服で参列しているのは私一人だけだ。
不思議に思って刑事さんに聞いてみようと探しているとその前にお坊さんが到着したらしく仏間に集まって式が始まってしまった。
仕方なく目立たないように一番後ろの座布団に座ってぼんやり進行を眺めていると、途中で刑事さんが入って来て私の隣に座った。座る前に一瞬目が合ったが葬儀の最中に話しかけるわけにもいかず終わるまでずっともやもやとした気持ちを抱えたまま私はお坊さんの目の前に飾られた白金君の遺影を眺めていた。
葬儀が滞りなく進み棺桶が運び出される運びとなってから、私は刑事さんを引っ張るようにして外に出た。
式場だと部外者の私達はただでさえ目立つので人気のない場所を選んで話しを聞く。
なんか変な目で見られてる気がするんですが、どうして私しか学生がいないんですか?
「そりゃ真冬君は学校には通ってないからね」
不登校?
「いや、身体の方に問題があってね。白金徹のはからいで病院暮らししてたんだよ。だから今葬式の手伝いに来てるご近所さんも真冬君と面識はないんじゃないかな? あと、変な目で見られてるのはもうちょっと複雑な心境があると思うよ」
複雑な心境ってなんですか?
「あの遺影を見て似てるって思わなかったかい? まあ、ぶっちゃけてしまうと悪い事をしてた男がいて、その子供が亡くなった。そして葬式にその子と外見の良く似た同年代の子がどこからともなく姿を現せばさ、複雑な家庭の事情というか何と言うか、昼ドラみたいな想像をしてしまうもんなんだよ」
えーと、つまり…………愛人の子と思われてるって事か。そりゃあ話しかけられたりしないわけだ。
別にそれが本当だったとしても私自身は何も悪くないはずなんだけど、知らない人だらけで居心地の悪かった式場が更に居辛い空間になってしまった。
私が葬儀の最中に穴が空くほど写真を見つめていたのも何となく似てるなあと思っていたからだったのだけど、それと同じ事を他の人も感じたらしい。
やっぱり思い違いじゃなかったんですね。これは偶然なんですか?
「さあ…………その点も踏まえてお話をしたいんだよ」
なるほど。千本木さんだっけか。見た目は冴えない中間管理職風だけど腐っても刑事さんのようだ。
ただ担当者の義務として参列したわけではなく、ちゃんと捜査の一環として来ていたのだ。
目当てはさっきのお姉さんですか。
「ちょっと~、そういう言い方するとおじさんが変態みたいでしょ。昨今警察も疑わしきは罰される時代なんだからやめてよ~」
うざい。喋り方がうざい。ちょっと見直したのに台無しだ。
まあともあれ目的がはっきりした以上、私もこんな居辛い場所に長居はしたくない。
というわけで式場で棺桶の運び出しに手を貸していた千本木さんの相方を連れて三人で受付に向かった。
千本木さんが話を通すと橘さんは仕事を別の方に引き継いで、使っていない二階の部屋へ通してくれた。
まるで我が家のように勝手を知る彼女に疑問を持って尋ねると、彼女の家はこの近所にあるらしく家に寄り付かない家主の変わりに管理人のような事をしているらしい。
三部屋あるうちの一つに足を踏み入れるとそこは仕事部屋のようだった。椅子は一つしかなかったので橘さんが別の部屋から人数分の丸椅子を持ってきてそこに座る。
その真ん中にもう一つ丸椅子を用意するとお茶まで出してくれる。
私だけがそれに少しだけ口をつけ、人心地ついたところで話が始まった。
「すみません、応接間は下なのでこんな場所しかなくて」
「いえいえ、お構いなく。こちらこそ押しかけてしまって申し訳ない。どうしてもわからない事があるんですが貴方なら何か知っているんじゃないかと思いまして」
千本木さんがそう言うと橘さんは一瞬私の方を見て小さく頷いた。
それを確認して相方の刑事さんが手帳を取り出しメモの準備をする。そして千本木さんが切り出した。
「押収した資料の中に今後の取引を想定したものと思われる計画書があったんですが、その中に侵襲型のデモンストレーションというのがありましてね。内容はかなり物騒且つ高度なものでした。まあ要は人間が使う事を想定したデモという事ですな」
いきなりの難しい言葉に一瞬理解が遅れたが、確かBCIについて調べた中に侵襲型というのは開頭の必要があるタイプと書いてあった。つまり脳にインプラントするタイプという意味だ。
千本木さんによればインプラント型の人体実験が行われたという資料は見つかっていないという話だった。
警察はこれまで、計画書はあくまで計画であって人体実験は最終段階になってからだと思っていたのだという。それが白金真冬君の検死結果を受けて別の可能性を見い出し、こうして再度の捜査を行っているわけだ。
「私はあなた方が資料を隠蔽したのではないかと考えています。この事がおおやけになれば事件が終息したとしても真冬君が狙われる可能性があったから。しかしこういう言い方は不謹慎ですが彼が狙われる心配はもうありません。もし資料が残っているなら捜査の為に提供していただけないでしょうか?」
あなた方、という単語を出した時、千本木さんの目が私の方にも向けられていた。
彼の立場から見ると私と橘さんは事件解決の為に調査を行った協力者という事になるので、口裏を合わせて隠蔽したのだと思われているのだろう。
けれど実際にそれをやったのは私ではなく白金君だ。
私は何と答えていいかわからず橘さんの方を見る。すると彼女も私の方を見ていて正面から目が合った。
その妙に強い眼差しに目が離せずにいると、ふいに彼女の方から目を逸らし、千本木さんの方を向いてこう言った。
「先に彼女と二人きりで話しがしたいんですが、よろしいですか?」
「あー、うん。そうか。そうですね。わかりました」
橘さんの提案に、千本木さんは少し歯切れは悪かったものの了承して相方さんを連れ部屋を出て行く。
後には私と橘さんだけが残された。
遅れてしまいました。読んでいただいてる方には申し訳ない。
ご覧いただきありがとうございました。
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