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篠宮真夏と担当刑事

 その日の夜、私は久々に日記をつけようとしてその文章を見つけた。

 私とは全然違う筆跡の自己紹介のような短い文章。


 白金真冬――――――


 私はその名前を知っている。

 事件の中心人物である白金徹という医師の息子にして最後の犠牲者。

 私がぶら下がっていたあの屋上から落下して亡くなった同い年の男の子。

 その彼が私に向けて一ヶ月も前にメッセージを書いていたのだ。

 この時初めて、私は自分がどういう状態だったのか、どうして私が助かって変わりに彼が落ちたのか、その理由を理解した。

 彼が私に救いの手を差し伸べ、その手を私が放したのだ。


 翌日、私は学校を休んだ。

 日常に戻る気分じゃなかったし、睡眠不足で体調も良くなかったからだ。

 けれどただ休むのも良心が許さず、重い身体に鞭打って忌々しく輝く太陽の下へ繰り出した。




 失礼します。


 武山さんの家で彼女のお母さんに頭を下げる。

 自宅に行けば何とかなるだろうと思って突撃したのだけど彼女は父親の実家で療養中という事だった。

 お母さんもあんな雪希は見た事がないと言うほど目に見えて憔悴していたらしい。

 ちょっと想像がつかない。

 期待が外れた私は改めて事件について独自に調べてみる事にした。

 とはいえメディアでわかる程度の情報は入院中に漁れるだけ漁っている。

 それ以上の情報となると関係者に直接聞くしかないのだが、生憎私の知り合いで事件に関わっている人といえば武山さんだけだ。

 そこで知り合いとは言い難いものの事件に詳しいと思われるある人物に連絡をとってみる事にする。

 携帯を取り出し電話帳を検索。すぐに目的の番号を見つけて発信ボタンを押す。

 一瞬の間を置いて鳴り出したコール音に緊張しつつ待つ事しばし。音が途切れて知らない女性の声が聞こえてきた。


『はい。市ヶ峰警察署です』


 電話をかけたのは病院にいる時に事情聴取で訪れた刑事さんの連絡先だった。

 思い出した事があるので電話したと伝えると『少々お待ちください』と言って保留音に変わった。

 けれどどうやら今日は葬儀に出席しているらしく署内にはいないという事だった。

 このタイミングで葬儀となればほぼ間違いなく白金真冬の葬儀だろう。そこには事件に関わりのある人々が…………もしかしたら武山さんもいるかもしれない。

 そう考えた私は電話口の女性に刑事さんの携帯番号を聞こうとしたが教えてもらえなかったのでこちらの番号を伝えて、本人から連絡するようお願いした。

 その際若干の脅しを含んでおいた為か、電話を切って数分後には件の刑事さんから連絡が入った。


『あー、篠宮真夏さん? 市ヶ峰署の千本木です。いやぁ、ごめんなさいね。おじさん仕事に夢中になっちゃってて。葬儀に出たいって言ってたんだって? いやぁ、全然すっかり聞き逃してたよ』


 開口一番言い訳から入った刑事さんの声は幾分苛立ちを含んでいるように聞こえた。たぶん謝る振りして皮肉を言っているんだろう。

 心証が悪いと場所を聞き出すのに差し支える。私は素直に謝った。


 すみません、なるべく早めに連絡が欲しかったのでウソ吐きました。


『あー、そっかそっか。やっぱりそうか。で、そんなに急いで伝えたい事ってなんだい?』


 素直に謝ったので溜飲が下がったのか、幾分穏やかな声音で刑事さんが聞いてくる。

 実のところこれも連絡をとる為の口実に過ぎないのだけど、さすがにそれもウソですとは言えないので実際に話していない事をネタに相手の反応を見る事にした。


 白金真冬君なんですが、彼、頭の中にBCIが入っていたでしょう?


 亡くなって数日経ってからの葬儀だ。たぶん検死のせいで遅れたのだろう。

 彼の頭にBCIが入っていれば検死の際にわかるはずなので警察はすでに知っているはず。

 そう考えてカマを賭けてみたのだが、思いのほかあっさりと引っかかってくれた。


『そんな事まで調べてたのか、少年探偵』


 そこはせめて少女探偵にしてください。


 否定されなかった事に内心冷たいものを感じながらも表には出さないように軽口を叩く。

 やはりあったのだ。白金真冬の頭の中にBCIが。

 つまり入れ替わりを実現したのはそのおぞましい機械という訳で、それは私の中にも同じ物が入っている事を示していた。

 …………もっと詳しい話が聞きたい。

 ふつふつとそんな思いが沸き上がり、全身を焦がすように広がってゆく。

 広がった渇望はどうしようもないほどに私を苛んで、私に危険な一歩を踏み出させる。


 屋上にいた私に容疑がかかってない事を考えると、私の検査結果もご存知なんでしょう?


 電話の向こうの刑事さんの気配が探るようなものに変わった。

 刑事さんは慎重に言葉を選び、周囲に聞かれないよう声を抑えてその事について話してくれた。

 事件の終わった夜、その時点で病院にいる患者さんには例外なくBCIの検出機を用いて検査が行われたらしい。検査といっても電波を検出するだけなので私が寝ている間に終わった。刑事さんが事情聴取の際その事に触れなかったのは母の意向だそうだ。

 話を聞いて私は少し…………いや、かなりショックを受けたが、今回に限ってはそれも含めて良い材料だ。

 これまで私は事件の関係者ではあるけれど巻き込まれただけの傍観者――――気絶していた場所が場所なのでもしかしたら白金真冬殺害の容疑者ですらあったかもしれない――――だったわけだが、刑事さんの口からこの事実を聞いた事で私は公に事件の被害者と認定されたのである。


 なら同じ被害者の一人で、加害者の家族でもある白金真冬君の葬儀に私が参列しても問題ないですよね?


『あー、まあ知っちゃったもんは仕方がないしね。わかった。迎えに行くよ』


 そう言って刑事さんは電話を切り三十分後には相棒らしき男性と二人、車で迎えに来てくれた。

 私はその間に家に戻って制服に着替え、数珠も用意していたのでそのまま車に乗って葬儀場へと向かった。


遅れてしまってすみません。

次週は別の物語を上げる予定なので続きは次々週になります。

ご覧いただきありがとうございました。

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