私と診察室
というわけで私は診察室の中にいる。
部屋の中はすでに片付けられたのかからっぽの棚とノートPCの乗った簡素な机、そして患者さんが乗る寝台があるくらいだった。武山さんはその寝台に寝かされている。
先ほどまでタンクトップの上にYシャツを羽織っていたが寝かされる時にYシャツを剥ぎ取られ、今はタンクトップとスラックスという格好で横になっている。
私のドッペルは真夏Bだったわけだが、そういう意味でいうなら武山さんのドッペル名は武山Dだった。横になってそれなのでもしかしたら武山Eかもしれない。何の話かは敢えて言うまい。
手のひらに収まるくらいが丁度いいって……丁度いいってお母さんが言ってたもんっ。
多分おとんにそう言われたんだろうなぁ……。
まあ正直を言えば他人の目を気にしないなら小さい方が良いと思う。肩凝らないし蒸れ難いし邪魔になるという事がないからね。とはいえ気にしたくなくても気になるのが他人の目というものなので、やはり間をとって私くらいのサイズが一番いいのだ。
さて、結論が出たところで状況説明を続けようと思うのだが、もちろん部屋の中にはもうひとり人がいる。例のおじいさんである。
ハクさんとハルネ先輩は武山さんを寝台に乗せた後はおじいさんと少し言葉を交わしてすぐ出て行ってしまった。
おじいさんはおじいさんで少し武山さんの様子を見た後、Yシャツだけ脱がせてノートPCに向かっている。
私は武山さんを放っておく事も出来ず何となく残って手持ち無沙汰にそこらにあった丸椅子に腰掛けていた。
彼女、大丈夫なんでしょうか?
あまりの無視っぷりに我慢しかねた私がおじいさんに声をかける。
寝台に寝かされてからは荒かった呼吸も整い、顔色もいくぶん良くなったように思う。
「ああ、ちょっと無理し過ぎただけよな。乗り物にもあんま強なかったんかもしれん。寝かせとけば良ぉなるわ」
方言ともちょっと違う年寄り独特のイントネーションで言葉が返ってくる。
乗り物に強くなかったというのはつまり彼女の容態が悪くなったのは車酔いって事か。何にしても大事ないのなら良かった。
私は安堵の息を吐いて傍らに眠る武山さんの乳を指で突っついた。タンクトップ越しにブラに包まれた柔らかい感触が伝わってくる。本当ならブラも外した方がいいんだろうけど、ハルネ先輩の口ぶりからおじいさんはお医者さんではないようだし、私がいるから遠慮したのかもしれない。
となると同性の私が彼女をより楽にしてあげるべきではないだろうか。
思い立ったが吉日。私はすぐさま行動に移すべく丸椅子から立ち上がり施術しやすいよう寝台に片足を乗せて武山さんの上に覆いかぶさる。
…………っと、一応許可はとった方がいいか。
気分が悪いならブラも外してあげた方がいいですよね? 私やりましょうか?
「おー? あー……ああ、そうな。そんなら頼むわ」
おーけい。許可はいただいた。後学の為、いやさ彼女の身体の為に私は施術を開始する。
だが安心してほしい。部屋にいるのは一見無害そうなおじいさんと私だけだが、ハクさんが乱入して来ないとも限らない状況で上裸にするほど私もバカではない。あの人には前科もあるしな。大丈夫、タンクトップは着たまま見事ブラだけ剥ぎ取ってしんぜよう。その際タンクトップと素肌の間でもぞもぞしないといけないので少々触れるくらいは多目に見ていただきたい。それではレッツビギン。
「別に彼とオレは恋人とかではないんで安易に許可しないでもらえますか」
嬉々として、もとい粛々と施術の準備を進める私の耳に突如聞き覚えのある声が聞こえて顔の方を見ると、そこにはこちらを見下ろす形で見る武山さんの双眸が開いていた。
ちっ。もう目が覚めたのか。
私は武山さんが目覚めた事を心の底から喜び、彼女の腰に回していた腕を引き抜いて再び丸椅子に戻る。
彼女の台詞で思い出したのだけどそういえば今の私は男の子なのだった。おじいさんは私の台詞を聞いてそういう関係だと思ったわけだ。それをあんだけ熱っぽい視線で私を見ていた武山さんに否定されるのは複雑な気分だけど、まあ実際その通りなのだから仕方がない。ここはぐっと堪えよう。
私はそう考えて言いたい事を飲み込み、武山さんには目だけで抗議するに留めた。
すると武山さんはふっと息を吐いてから寝台の上で身体を起こそうとしたので肩を押さえてこれを阻止した。
まだ起き上がっちゃダメだよ。元気になったのは喜ばしいけれど倒れたのは無理が祟ったからなんだからね。
「喜ばしいって……さっき舌打ちしなかった?」
していない。よしんばしていたとしても心の中だけだ。
心に舌があるかはさておき、目が覚めたならひとまずすべき事があるだろうという事で私は視線をおじいさんの背中に送って目配せする。
武山さんもそれで察したらしく、私を糾弾するのを諦めて首をおじいさんに向けてお礼を言う。
「助けていただいてありがとうございます。中上博士」
あれ……知り合い?
浮かんだ疑問をぶつけるように武山さんの顔をまじまじと見つめる。けれど別に知り合いというわけではないらしい。苦笑しつつ首を振っておじいさんについて説明してくれた。
「中上博士は篠宮真夏や白金真冬に埋め込まれたBCIの基礎を開発した方だよ。この十年以上は研究に関わっていないそうだけどね」
「そうな。それがあんな事になるなんてなぁ。白金君の息子さんにゃ申し訳ない事したと思っとる」
白金君の息子。私が聞くと違和感を感じる言葉だけど、おじいさんの年齢を考えれば多分、白金君というのが真冬のお父さんである白金徹の事を指しているのだろう。以前研究に携わっていたのであれば直接の知り合いだったとしてもなんら不思議はない。
それより十年以上研究に関わってないって事は病院の事件とは全くの無関係という事だろうか?
聞いてみると武山さんが答えてくれた。
「中上博士もオレと一緒で事件後に重要参考人として呼び出されてるから容疑はかかってないはずだよ。出頭してるのは遠めにちらっと見たし」
「僕もな、そんな勇敢な少年探偵団がいたゆうんは聞いとったよ。こんなべっぴんさんとは知らんかったけどなぁ」
博士はからかうように言って快活な声でハッハッハと笑う。なんかいいな、こういうおじいちゃん。
思わずほっこりしてしまう。けれど忘れてはならないのが、彼がハクさん達と繋がりを持っているという点だ。武山さんは中上博士に一目置いているような接し方をしているし、何よりハクさんが博士に対して丁重な対応をしていた事を知らない。
ここは私が聞くべきだろう。
改めて武山さんを診ていただいてありがとうございます。
先に謝意を述べて敵意がない事をアピールしておく。
ついでに感謝するのは診察についてだけで治療してもらったなどとは思っていない事も暗に伝える。実際寝台に寝かせただけだし。
そうして多少の防衛線を張ってから私はストレートに切り出した。
中上博士は私達を連れてきたあの二人とはどういうご関係なんですか?
ご覧いただきありがとうございました。




