私と終わらない計画
要はさ、魂を元の世界に戻す為の儀式ってのがあるんでしょ? その準備過程で私がしなきゃいけない事があれば、それをさせるのが真夏Bの目的なんじゃないかと思うんだけどどうかな?
「ん~、それはないかな。別に帰るのに準備もいらないし」
は? え、だって多少の準備は必要みたいな事言ってなかった?
「言ってないよ。君に話したのは『魂の世界間移動は身体の移動に比べれば比較的簡単だけど、条件は多い』ってくらいじゃなかったかな?」
言われてみればそんな気もする。
ダメだな、相変わらず魔術関連の事となると自動的に聞き流すよう脳が出来上がっている。
けど、条件は多いって事はそれなりに準備も必要なんじゃないの?
「それはもちろん必要だけど……ああ、勘違いしてるんだな。君の場合は現在進行形で儀式の効果発動中なんだよ」
儀式の効果発動中?
なんだか強くなる魔法とかをかけられているようで心躍る言葉だ。けれど何か継続的な力を得ているような気はしない。
どういう事?
「術の発動者は真夏Bって事さ。彼女の術で君はこちらに送られて来たわけだけどコントロールは継続されていて、こちらの世界に来た時点でその権限はオレに移ってる。言ってみれば君は今、命綱をつけて別の世界を垣間見ているような状態で、オレの一存でいつでも君を向こうの世界に戻せるようになってるんだよ」
そうか、だから武山さんの協力が必要という事なのか。
改めて自分が置かれた理不尽な状況を理解する。
そしてまだ二人の間に最低限の協力関係が残っているのも同時に感じ取れた。まあそれも当然といえば当然か。武山さんおよび武山君というパスがなければ真夏Bは元の世界に戻る事もままならないのだ。真夏Bとしては例え目的を異にしたとしても武山さんに頼らざるを得ない部分が大きいのだろう。武山さんは武山さんで私と姉を人質にとられているようなもので、協力せざるを得ないというわけだ。
真夏B的には計画は変更なく継続中って事か。
そこでふと思い出した事があった。
そういえばこっちに来た時に『やるべき事を伝える』とか何とか言ってなかったっけ?
あれは確かハルネ先輩が病室に突入してくる前だったか。武山さんがそんな事を言いかけていた。
ハルネ先輩の乱入で聞けず仕舞いだったけど、やるべき事の指示を出したのが真夏Bであればそれこそが目的という事になる。
「ああ、そうだった。けど今日はもう無理だね。君にその気があるなら日を改めてやるのもいいと思うけど下の二人みたいなのがいるとなると危険かな」
危険…………?
下の二人と言われて思い浮かぶのは一階の寝室に置いてきたハルネ先輩とハクさんの二人だ。彼女達の目的は白金真冬のBCI記録データの奪取である。という事はデータに関わる何かを私にさせる予定だった?
私の問いに武山さんは頷く。
「オレとしては君に、というつもりではなかったけれど篠宮の身体が目覚めて、それが真夏Bじゃなかったら魂を分霊して一方を依代に移し、もう一方はそのまま外部接続型のBCIを使って白金の記憶を追体験してもらう予定になってたんだ。本来ならこっちでもあっちでもない世界から引っ張ってくるはずだったから計画の終盤も終盤になるはずだったんだけど、あっちの世界の白金の魂を持っている人物が驚くほど近しい魂の在り方をしていたから計画を変更したんだろうね。そう考えるとやっぱり真夏Bは君の事に気付いてたんだな」
気付いてたんだなって、一人で納得されても困るのだけど。
そんなに白金さんと私って似てるか~?
武山君から聞いた英雄的行動力の男の子や日記で呼んだ真面目そうな男の子と自分が似てるとは到底思えないんですけど。
「ああ…………まあオレのは多少誇張が入ってなくもないっていうか。ほら、何とかは盲目って言葉もあるしさ、そこは察してくれ。日記に関しては文章だから何とも言えないけど、実際に接した感想としては本当に似てると思うよ。適当なのに変なとこ律儀だったりとか、巻き込まれた状況でも逃げずに行動しちゃうとことかね」
ふむ、なるほど。恋は盲目か。煩っておるのう。
私だって女の子ですしそういう話は嫌いじゃないが、実害があると鬱陶しいな。
まあいい。もう面倒なので私があっちの世界の白金さんだというのは認めた上で話を進めよう。
仮にそうだったとして真夏Bは武山さんが計画に沿ってデータによる追体験を実行すると思ってるかな?
「思ってないだろうね」
即答だった。
可能性としては私の身体や姉の魂を盾に武山君に強要してくるというのも考えられるのだけど、少なくとも現段階ではそういう接触もないらしい。
彼女にしてみれば最重要事項だから忙しくて手が回らないという訳でもないだろう。となるとやはり私をこちらに送った理由は別にあるのか。
先ほどの私の考えに照らし合わせると考えられるのは時間稼ぎという事になるけど、正直何の為にそんな必要があるのか検討もつかない。
念の為武山さんにも聞いてみたが彼女にも思い当たる事はなかった。
結局真夏Bの真意はわからないままかぁ。
考えた末結局わからず匙を投げてソファに倒れこむ私。
お腹が空いて考えがまとまらなくなってきたというのもある。窓の外を見れば夏の長い陽も黄昏る頃合となっていた。
部屋の暗さに耐えかねてドア近くのスイッチを操作して電気を点けると、散乱した室内にぽつりと佇む美人さんが浮かび上がる。その姿は何度見ても幻想的だ。
ピンと伸びた背筋を維持したまま顎に人差し指を添える仕草で考え事をする様は彫像か何かに思えてくる。
横顔を見にソファの隣まで寄って顔を覗き込むと姿勢は変わらぬまま横目に視線が合う。
まだ何か考えてる?
私が聞くと彼女はようやく姿勢を崩してこちらに向き直った。
「うん。やっぱり打てる手を打って来ないのは変だからね」
それは確かにそうだ。彼女の目的が本人が語った通り白金真冬の復活であるならば今は何を置いても武山さんに私の分霊をさせるべきだし、それをすぐにでも可能にする手札を彼女は持っているのだから。
けれど私は思う。きっと答えはシンプルだ。
理由は簡単。私の魂が白金真冬であるならば彼女の魂は篠宮真冬だからである。
姉としての篠宮真冬はカワイイばっかりの生き物で至高の存在と言っても過言ではないわけだが、兄としての篠宮真冬は単純で理解しやすい生物だ。色々こねくり回して計略や謀略を巡らせるのが大好きなので周囲からは複雑な人間だと誤解されがちだが、感情を共有する私に言わせるとあいつの動機は常にシンプルな感情から来ている。
だから、確信を持って言える。
目的が違うんだよ。
考えた末に同じ考えに至っていたらしい武山さんも、私の言葉に頷いた。
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