私といじけたヒロイン
日記を最後まで読んだ時、私は何ともやるせない気持ちになっていた。武山さんの流した涙の理由はわからないが、もしかしたら私と同じ気持ちを抱いたからかもしれない。
ともあれ色々わかった事があるのでそれについていくつか武山さんに確認したい。
私は日記を閉じて返すと、場所を移す提案をした。彼女はハルネ先輩達の方をちらりと見てから了承し、私達は二人連れ立って廃屋の二階へと移動する。
階段を上がり二つある部屋を両方覗いてみたがどちらも荒らされた後らしく衣類や小物でぐちゃぐちゃになっていた。階段から近い方の部屋を選んで少し片すと衣類の下からソファが出てきたのでそこに二人して腰掛ける。
まず聞いておきたいのはやはり儀式の内容についてだ。真夏Bの隠し事については日記から見当がついているが、やはり儀式の内容を聞いてみなければ確証が持てない。
腰を落ち着けたら気が抜けたのか、武山さんはどこかボケーっとした顔で虚空を見つめていたので多少心配ではあるものの、とにかく私は彼女と話してみる事にした。
ねえ、武山さん。貴方はあの日記の内容、どこまで知っていたの?
私の問いかけに対し彼女は視線を動かしてこちらを見る。その目はやはり虚ろな感じがして聞こえているのか疑わしいほどだった。しかしちゃんと聞こえているし答える気もあるようで、ボケた表情は変わらないもののちゃんと答えは返ってきた。
「彼女が日記をつけてるなんて知らなかったし、白金が彼女の中に残っているってのも初耳だったよ。知ってたら……君とこうして話す事はなかったかもな」
彼女の声音はどこか自嘲的というか、他人事を語るモノローグのような響きを含んでいた。
まだ感傷的になっているのだろうか。気持ちはわからないでもないけれど私にとって大事なのは日記に書いてある過去ではなく、今私がここにいる現在だ。そろそろ帰ってきてもらわなければ困る。
少し無粋だけど無理やりにでも現実に戻ってきてもらおうと、私は彼女に質問を続ける。
それはやっぱり魂があれば復活が可能だから?
「いや、儀式の話を持ちかけられた段階で彼女の中の白金はほとんど消失してるから、結局同じか……」
自問自答か多問自答か判別のつかない答え。
私にわかるのは、彼女がこの事実を知っていたならきっと今とは違う現在があっただろうという事だけだ。
後悔とは違う……今悔? まあわかんないけどそんな感じ。なんか嫌いだな。なんだっけ、この感じ。この鬱陶しい感じは。
様子を見つつ質問を重ねて彼女の帰還を促す私だったが、だんだんと彼女の態度にイラつきを覚えるようになってきた。
てことは最初から魂がない状態から復活させるという話だったわけだよね? それってどうやるの?
「それを語るにはまず魂について語らないとね。いや、まずはその定義からか」
外国映画の俳優みたいに肩を竦める独特のジェスチャーをつけて説明する気のないのをアピールする武山さん。
昨日話した時の小馬鹿にしたようなあしらい方もムカついたけど、今回のはイラっとくる。話したくないとか説明が長くなるから嫌だとかそういう事じゃなく、今の彼女は……あれだ。悲劇のヒロインになっているのだ。今の私はこの世で一番悲しい人だからむやみに関わらないでくださいという空気がひしひしと伝わってくる。
そういう空気は美人さんだと似合うと思っていたのだが、中身が武山君だからか普通にムカつくな。手が出そう。
こちらはこちらでいい加減しとけよという空気を出して対抗するのだけれど、残念な事に往々にしてそういう人は他人の気持ちを慮ったりは出来ないものだ。
「いちいち全部説明してたら日付が変わっちゃうよ」
ああ、ダメだ。限界。
私は自分の頭に血が登っているのを自覚しつつ、けれどどうしても我慢できなくて一回だけ彼女の頬を引っ叩いた。
きょとんとした瞳が私を見返す。
お前いい加減しとけよ。一人だけハブにされてたのが気に入らなかったかなんか知らんが私にゃ関係ないんだよ。こちとらあんたらの身勝手に起こした騒動に巻き込まれてこんな見も知らない場所まで連れて来られてんだぞ。もう少し考慮すべき態度ってもんがあるんじゃないのか。ああ?
あ、違うの。これは相手を脅す為の演技であって、決して私の素とかではないんです。叩いた時点で私の気は晴れてますから。いや本当に。
心の中でフォローするものの伝わるわけもなく、武山さんは真っ青な顔でドン引きしていた。
「いや、ごめん。悪かったよ。確かにちょっと態度悪かったな…………ごめん」
いやそんな本気で謝らないでください。なんだかこっちが悪い事をしたみたいな気分になる。
理不尽な罪悪感を感じつつ、何とかとりなして説明してもらう事にする。
なんの話だったっけ。魂についてだったか。ああ、そうだ、確か魂の定義の話だった。
魂って私のイメージだと性格とか思考パターンとか、そういう目に見えない個性を決定付ける源って感じだけど?
「そうだね。一般的には精神の根源だと考えられている。君ならわかるだろうけど、同じ日、同じ環境に生まれても基礎となる魂が違うと全く別の精神性を持つ事になるわけだ」
ああ、私が天使で兄がクズなのはその為か~。
「ははは。冗談はさておき、精神ってのはつまり性格、思想、信仰、感情、そういう形のないものの総称なわけで、ある意味幽霊とか精霊と同じものなんだ。そしてこの幽霊や精霊というのはドッペルゲンガーと同じく概念だったりする」
むぅ。冗談じゃないんだが。つまり幽霊や精霊も別の世界から迷い込んだ人って事?
「いやいやいや、それだと実体が伴っちゃうでしょ。そうじゃなくて、肉体がなければ世界間を自由に行き来できるって事だよ」
そっか。真夏Bは概念化したから私達の世界に来れたんだもんね。
「そういう事。それともう一つ大事な特性があって……これは悪魔とか神様の話になるんだけど、魂だけの状態だと分霊が可能なんだ」
ブンレイ?
聞きなれない言葉に思わず問い返す。
彼女はやれやれといった風に説明してくれたが、さっきまでのムカつく感じはなくなっていた。
「分霊、わけみたま。つまり、複製、コピーって事だよ」
わけみたま…………確か神社を分社する時に神様自体を分けた神霊の事だっけ?
「よく知ってるな。そう、その分けられた神霊の事だよ。そして神様ってのは分けて増殖はしてもその力が半減したりって事はない。一が二になるだけなんだ」
ああ、なるほど。少し話が見えてきた。
魂はデータと同じように複製して増やす事が可能って事か。てことは真夏Bがやろうとしてる事って……
「うん」
武山さんは頷き、私の目をはっきりと見つめて言う。
「別の世界の白金から分霊した魂と篠宮の身体を基礎として白金のデータから新たに白金真冬という人物を創造する事だ」
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