私とおもちゃの銃
静寂に包まれた室内には蝉の鳴き声と別の部屋にいる二人の家捜しの音だけが遠く響いていた。
それに混じって時折武山さんのページを捲るペラという音が私に時間の経過を伝えてくる。
ここについてからどのくらい経っただろう。車の中はクーラーが効いてて涼しかったなぁ。そういえば武山さんはどうやってここまで来たのかな。駅から距離があるし、まさかタクシーでも使ったのかしら。金持ちめ。うちなんてお小遣い五千円でやりくりしてるというのに。姉は高校入るなりバイト始めたからそこそこ持っているみたいだけど。私も落ち着いたら何かバイトしようかなぁ。
人里離れた廃屋の見知らぬ静かな部屋で只一人何するともなく黙っていると止め処なく益体もない思考が駄々漏れてくる。
その時間をどこか心地よく感じながら、私はボーっと辺りを眺めていた。
今は荒らされているけれど元は整理されたシンプルな部屋だったんだろう。
片付けてみてわかったのだがこの部屋は思ったより物が少ない。部屋にあるのは学校で使うような教科書やノート、筆記用具に辞書にわずかばかりの参考書。そしてそれらを遥かに凌駕する大量の魔術関連書籍くらいだ。
不思議な事にデータがどうこう言っていたわりにそれを読み込むようなパソコンやらモバイルといった電子機器が見当たらない。いや、それより衣類が一切ない事の方が気になる。どこか別の部屋にまとめているのだろうか。ウォークインクローゼット的な。
リビングに堂々と魔方陣なんて書いてた事といい、部屋の贅沢な使い方といい、やっぱり一人暮らしなのかな。
少しうらやましくもあるけれど、それ以上に心配になった。真夏Bはこれまでどんな環境で生きてきたのだろう。私と話したあのふてぶてしくてもったいぶったいやらしい魔術師と日記の中にいた年相応の女の子、果たしてどちらが本当の彼女なのだろう。
パタリ。パタタ。
ふいに。思考に没頭していた私の耳に何か小さな小さな音が引っかかった。
なんだろ、今の。
特別気になったというほどの事ではないのだけど、正直暇を持て余していた私は音の元を探して窓の外に目をやる。さっきまですぐ外の壁に背を預けて日記を読んだいた武山さんがいつの間にかこちらに背を向ける格好になっていたが、それ以外特に気になるところはない。
ん。いや、ちょっと待てよ。
武山…………さん?
違和感を感じて声をかけると彼女はびくりと体を震わせて何かごそごそしていたが、ややあってから心ここにあらずといった雰囲気の「ん~?」という声が返ってきた。
なんだろう。相手は一応女の子で今の私は男の子だからややこしい言い方になるけど、私の中の女の勘が何かを誤魔化そうとしている空気を察知した。
声は聞こえたから返事しないといけないけどすぐには返せなくてタイミング外したから、別の事に集中して返事が遅れた風を装ったって感じだ。
すぐに返せなかったのはなんでだろ。
何か書いてあった?
変わらずそっぽを向いて微動だにしない彼女の背中に問いかける。何か見つけたなら私にも教えて欲しい。武山君は『ほとんど同じだけど微妙に違う世界』なんて言い方をしていたけど、ここに到るまであらゆる事が私の世界と違っていて、正直頼れる人は彼女しかいないのだ。情報は共有していきたい。
少し迷ったが私は彼女が何を見たのか確認すべくベッドに片膝をつき窓にそろりと身を乗り出す。
とその時、いつの間にか先ほどまで別の部屋でゴトゴトしていた音が止まっていて、換わりにすぐ近くの廊下で床板がミシリと軋んだ音を立てたのに気付いた。
慌てて体を反転させると元通りベッドに腰掛け、特に意味もなく服装を整える。ややあって廊下から顔を出したのはハルネ先輩だった。その表情は硬く、手には車の中で私を脅すのに使っていたおもちゃの銃を構えている。
ど、どうしたんですか、先輩?
「誰と話してた? 今誰かと話してただろ?」
極力声は抑えてたつもりだったのだが、どうやら聞こえてしまったみたいだ。
どうでもいいけどめっちゃ真剣な顔してドス効かせながら構えてるのがおもちゃの拳銃って…………小学生みたいでカワイイんだが。
内心ほっこりしつつ生暖かい目で見返す私にハルネ先輩の表情が険しくなる。その変化に思わずにやけてしまいそうになり首を振ってゴマ化す私だったが、それが余計に疑惑を深めたのか、ハルネ先輩はハリウッド映画の警官みたいな動きで周囲を警戒しながら慎重に部屋に入って来た。そのまま私の目の前まで来たかと思うと、ベッドの上に足を乗せる。
まずいっ!
思った時には時すでに遅く、ハルネ先輩は銃口を窓に向けたままベッドに上がって壁に身を寄せるように外を覗き込んだ。
と、次の瞬間、窓の外からにゅっと差し入れられた手によって銃をつかまれ、その体を引き倒しながら入って来た武山さんによってあっという間もなく組み敷かれてしまったのだった。
そのあまりの早業に何が起こったかわからず呆気にとられる私。
「つっ、なんであんたがここに…………」
「愛故に」
おい。
面識のほとんどない敵対関係にある人の前で誤解を招く言い方をする馬鹿野郎に思わずツッコむ。
ていうかこの家にいるのはハルネ先輩と私達だけじゃないのだ。あんまりバカな事言って騒いでると…………とか私が思っていると案の定焦った様子のドカドカという足音が近づいてきて開いたままのドアの隙間から今度はハクさんが姿を現した。
先ほどハルネ先輩を押し倒した武山さんの動きは素人目に見ても見事なものだったが、そうは言っても女の子である。女の子としては大きい部類とはいえそれでも頭一個分の体格的ハンデのあるハクさん相手に勝てるとは思えない。
どうすんの。どうすんのコレ?
私がなんとか穏便にまとめる方法はないかと模索する中、先に動いたのは武山さんだった。
「動くな!」
凛とした声が屋内に響く。彼女は組み伏せていたハルネ先輩の体を盾にするように立ち上がらせ、いつの間にか奪っていた拳銃を彼女の右目に突き付けた。
その様子にハクさんの表情が憎悪に歪む。
「悪いんだけど麻痺ガス使うような連中に容赦しねーから、失明させたくなかったら動くなよ?」
武山さんがそう言うとハクさんは、表情をそのままに両手を上げて恭順の意を示す。
おー、従うんだ。まあ確かに目はいかんよね。目は。
エアガンなんて買ったことないので知らないがそういう危ないおもちゃは人に向けないでください的な注意書きがしてあるものである。ダメ、絶対。
それから私は武山さんに指示されて家中を探して4本のコードを集め、それで二人の手足を縛らされた。
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