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私と廃屋

 ハルネ先輩に先導されて廃屋の中へと入ると、中は外見からは想像もつかないほど整理されており、簡素ながらもセンスの良いインテリアが無理なく配置されたショールームのような内装をしていた。一見すると普通の家庭のように見えなくもない。が、決定的に違う部分も確かにあって、それは私の知る真夏Bの人物像を想起させるに十分なものだった。

 玄関を入ってすぐ右手、構造からリビングと思われる部屋の真ん中に禍々しい文字と機械的に均一な線を使った図形が描かれていたのだ。素人目に見てもそれが魔方陣と呼ばれるものだとすぐにわかった。


「趣味わっる…………」


 同じものを見たらしいハルネ先輩が率直な感想を漏らした。

 違う世界でとある魔術師に傾倒している人とは思えない発言である。突っ込んでも理解されないだろうから突っ込まないけど。

 それにしても本当に真夏Bはこんな廃屋に住んでいたのか。父と母はどうなんだろう? 一緒に住んでいないのだろうか。


 私が考えながら父と母の痕跡を探してキョロキョロ屋内を見回している間にもハルネ先輩はどんどん奥へと歩みを進め、やがて寝室と思しき小さめの部屋に辿り着いた。

 中はツタの這った窓が一つ、その下に布団の捲れ方も生々しい簡素なベッド、足元側の壁につける形で机と本棚が並んでいる。

 ここにも魔術に関するものと思われるアイテムがいくつも見受けられる。それは例えばサルか何かの頭蓋骨だったり蛇のからまった短剣を模したアクセサリだったりどこかで見たような模様の入ったスクロールであったりするのだが、この部屋ではもっと別に注目すべきところがあった。

 それらのアイテムを含むあらゆる物がまるで家捜しでもされたかのように散らかされていたのである。

 つまりハルネ先輩達がここに来た目的って、空き巣?


「人聞きの悪い事言うな。ちゃんと手順は踏んでるだろ」


 手順?

 意味がわからずオウム返しに尋ねるとハルネ先輩はニヤリと笑って言った。


「家の主に許可をとって探し物をしにきただけさ。人違いだったのは不幸な事故だ」


 許可ね。無理矢理連れて来てよく言う。

 攫われたのが私だったのは果たして真夏Bにとって幸いだったのか不幸だったのか。

 彼女達が何を探しているかは知らないが私が力になれるのは働き手の一人として彼女達の家捜しを手伝う事くらいだ。


「そんな事はないさ。次元が違おうが世界線が違おうがあんたはあんただ。隠し場所として思いつく場所なんてそう変わらないはずだ。あんたはあんたの思考をトレースして私等に結果を伝えてくれればいい。簡単だろう?」


 と言われましても…………あいつの思考なんて私に理解できるとはとても思えないんですけど。

 そもそもこんな廃屋に一人で住んでいるというのがまず理解できないし、家の中で見た数々の禍々しいアイテムには正直どん引きしてるし、あっちの世界で話した時点ですでに同じ人間とは思えないほど考え方に違いがあったのだ。それでどうやってトレースしろというのか。

 まあ言った通り探すのを手伝いはするからそれで何とかご勘弁いただきたい。


「何でもいいさ。とにかく見つかりさえすれば御の字だ」


 ところで何を探してるんですか?

 個人的にはやり口が気に入らないので彼等が何を探しているのであれ見つからない事を祈りたいが、協力を約束した以上は真面目に探すつもりである。真面目に考えた結果、隠す物がどんな物か、小さい物か大きい物か、柔らかい物か堅い物か、それによって場所を変えると思ったのだ。


「さあ、大きさはちょっとわかんないな。ハードかフラッシュか、要はデータを保存するような何か、だ」


 その言葉に昨夜した真夏Bとの会話を思い出す。データ、BCI、白金真冬。

 彼女達が探しているのはどうやら、現在の私の状況を作り出した元凶とも言える物。真夏Bが白金真冬を再生する為の切り札として挙げた彼自身のデータだ。

 別に真夏Bの為ではないけれど、相手が誰であれそんなデータを渡すわけにはいかない。少し迷ったが私は正直に彼女に伝える事にした。

 ごめん、ハルネ先輩。舌の根も乾かぬ内にってやつだけど、そういう事なら協力できないわ。先輩達が探しているのは白金真冬の思考や行動を記録したBCIのデータでしょう。


「へえ。そんな事まで知ってるのか。ご想像の通り、あたしらが探してるのはそのデータだよ。けど誤解しないでほしいんだが、あたし達だってそれの危険性は承知しているし、別に悪用しようってわけじゃない。忘れてるかもしれないが、BCIは元々医療目的で開発された技術なんだ。あたし等の仕事はそれを適切な場所に届ける事。それで救われる人もいるんだって事を考えて欲しい」


 ハルネ先輩はそう言うと複雑な表情で私を見た。今にも泣き出しそうな、それでいて清々しい、複雑な笑顔だ。

 この人にも何か事情があるのかもしれない。そう思うとなんだか断るのも申し訳ない気がして来る。

 う~ん、でもハルネ先輩が適切な場所って言っても私がその依頼元を知ってるわけじゃないしなあ。安心して預けられない以上協力するわけにはいかないよ。


「そっか。まあ仕方ない。心当たりがないってんなら協力してもらっても知れてるしな。悪いが終わるまでこの部屋で待っててくれ」


 想像していたよりもあっさりと、ハルネ先輩は引き下がって寝室に背を向けた。見ての通りこの部屋はすでに探し終わった後らしい。

 私はその背中を見送って寝室に入り、ベッドに腰掛けて一息つく。

 足元に広がる惨状をぼんやりと眺めながら、私の頭は考え続けていた。


 真夏Bの目的は白金真冬を復活させる事だ。その為には兄の体に白金真冬のデータを入れる必要がある。どうやって入れるのかは知らないが、データを擬似的な魂として機能させるつもりなのだろう。だとすればデータさえ失えば彼女も計画を諦めざるを得ないだろう。

 ……………………私は彼女に計画を諦めさせたいのだろうか。

 考えてみる。私にとっての最良の結果とはなんだろうか。

 決まっている。姉を現状のまま存続させる事だ。

 だとするとどう行動するのが正解なんだろう。彼女に計画を諦めさせる事? いや、違う。最善は彼女の計画をちゃんと知り、その上できちんとタイミングを見計らって彼女の計画を頓挫させるのがベストだ。

 とすると私が今すべき事は…………

ご覧いただきありがとうございました。

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