私と武山君
BL要素注意とか書いた方がいいのかな? うっすらですけど。苦手は人は逃げてください!
その時、男の子の腕が緩んだ。理由はわからない。きっと自尊心か何かが傷ついたのだろう。
ともかくチャンス到来だ。
私は地面を蹴ってブランコごと身を引き、男の子と距離をとって片足を引き上げるとヤクザキックを股間に放つ……つもりだったのだが、男の子の腕は存外に力が強く、地面を蹴った私の脚はずるりとすべって浮き上がった。
ブランコの座板の上、私は自力では戻れないところまで体勢を崩して体を男の子に預ける形になってしまう。
やばいっ!
支えを失って無防備になった途端、男の子は緩めた腕を片方だけ動かして私の顎に指を当て、くっと持ち上げた。
手首にかかった買い物袋がガサリと音を立てる。
私は丁度顎を突き出すように上向きになって、超至近距離で彼の顔を見つめる。
日に焼けた肌。漆黒の髪。意思の強そうな吊りあがった眉。切れ長の瞳。スッと通った鼻筋。尖った顎。そのどれもがバランスよく配置されていて、ともすれば強面に映ってしまいそうな彼の顔を美しく昇華している。
ああ、なんか物語から出てきたような人だなぁ……
こんな状況だというのに私の頭は暢気にそんな事を考えていた。
けれど次の瞬間、男の子がしようとしている事に気付くと今度はパニックに陥った。
彼は目を瞑って私に顔を近づけてきたのだ。
ちゅーする気だ。しかも明らかにやりなれていないとわかる、ひょっとこ顔!
ぎゃーっ! やめてくださいやめてください、折角イケメンなのに夢を壊さないでっ!
普段キス魔と呼ばれ、女の子に対しては足でも唇でもところ構わずチューしようとする私だが、兄以外の男の子にした事はない。
私だって年頃の女の子だ。男の子とのキスに興味がないわけではなかったが、いくらなんでもひょっとこは勘弁してください。
チェンジっ!
そう叫んで別のホストに交換してほしいところだが、残念ながらこの場には彼しかいなかった。
近付いてくる唇を寄り目になって凝視しながら何とか逃れようと身をよじるが、片腕でも尚力強い男の子の拘束が私を逃さない。
って、ゎゎゎゎ……やめれーっ!
いよいよ触れる。そう思って敗北宣言のようにぎゅっと目を瞑った時、突然空き缶を蹴るようなッコーンという小気味良い音が耳のすぐ近くで鳴った。
同時に体に浮遊感を感じ、私は背中からドサリと地面に落ちた。
目蓋を開くと不自然に首を傾げた男の子が目の前で固まっている。
何が起こったのかわからず呆ける私の耳に甲高い女の子の声が飛び込んでくる。
「真夏っ!」
見ると公園入り口で何かを投げた後のように片腕を下げた格好の姉の姿があった。
姉はブランコの側まで来ると地面に転がる私の体を抱き起こし、ブランコから私を引きずり出して男の子を睨みつけた。
足元には姉が投げたと思しき空き缶が転がっている。
「武山……うちの妹に何してんだ、あ?」
男の子の名前は武山君というらしい。
姉ががんばって出した迫力のないハスキーボイスに、ようやく我を取り戻したらしい武山君は、いつも兄の友達がそうするように私と姉を交互に見比べてようやく言葉を口にする。
「篠宮……の、妹?」
その視線が胸の辺りまで落ちて再び見比べように私と姉の間を往復する。
「……………………姉?」
うむ。慧眼だな。大きさ的には私が姉と言っても過言ではない。
武山君の的確なジャッジに私の溜飲が少し下がる。
けれど姉は何が気に入らなかったのか、ますます表情を険しくして食い殺さんばかりに武山君を睨んでいた。
「武山……お前ぇ…………」
「そう睨むなよ。ちょっと勘違いしただけだ。噂には聞いてたが、本当にそっくりなんだな」
一触即発。
姉は今にも殴り合いを始めそうな剣幕になっている。
けれど私は武山君の言った言葉に引っかかるものを覚えてそれどころではなかった。
ふむ~? 勘違い?
確かに私と姉はよく似ている。くどいようだがこれは事実だ。
けれどそれは今日突然そうなったのであって、男バージョンの兄しか知らないはずの武山君が言うのはおかしい。
万に一つの可能性として武山君の目が腐ってて、ビーダマを詰めただけのただの節穴だったとしたら私と兄を見間違えるなんて事も……いや、ないな。それはない。
どんなに目と脳が腐っていても私を兄と間違えるなど天が許しても私が許さない。
そういえば先ほども何か武山君の行動に違和感を覚えたのだが……はて、なんだっけな?
何か重大な事のように思えたので考えに耽る私を置き去りに、姉と武山君は険悪な雰囲気のまま会話を始めた。
「全然似てねぇよ!」
「そんな事はない。篠宮も相変わらず可愛いぞ?」
「っ……! い、妹に何してたのかって聞いてんだよ」
「落ちそうになったのを助けてやっただけだよ」
姉が弱冠劣勢のようだ。可愛いと言われて顔を赤くしている。
けどまあ、武山君は嘘は言っていないな。
女の子になった姉は可愛いし、落ちそうになったのを助けられたのも事実だ。
私としてはその前、胸を見られた事の方が問題なのだが。
あ……………………
私はそこで自分が何に引っかかっていたのかを思い出した。
そうだ。胸を見られたんだ。
ブランコにもたれかかって前のめりになっていた私のTシャツの隙間を至近距離から覗き見しやがったのだ、あいつは。
つまり武山君は私が女だというのを知った上で兄と勘違いしていたという事になる。
私が女だとわかった上で兄と勘違いするには兄が女になっているのを知っていなければならないわけで、姉になった後に会ったということになるけど姉は今日は外出していなくてつまり…………
つまり、どういうことだってばよ?
「キスしようとしてただろうが」
「ああ、嫉妬ってやつか? 安心しろよ。例え誘惑されてもお前以外とはしない」
気がつくと二人の会話が核心に迫っていた。
武山君が姉に告白している。
格好良い事言ってるようだが、お前さっき私に何しようとしたよ?
勘違いなら許されるとでも思っているのだろうか。
「真夏が誘惑なんかするかっ! こんなに怯えてるんだぞ? お前がまた無理矢理しようとしたに決まってる!」
私が考え込んで黙っているのを、姉は怯えていると取ったらしい。別にいいけど。
ってか、『また』なんだ……
どうやら武山君は真性の変態のようだった。
姉の言葉を否定する理由が思いつかなかった私は、とりあえず乗っかって恨みがましく武山君を睨んでみる。
けれどそんなものはどこ吹く風と言わんばかりにサラリと受け流され、反対にブランコに片足を乗せて威嚇してきた。
想像してほしい。身長180オーバーでガタイの良い強面が至近距離で威嚇してくるところを。
こ……こわ…………怖くない…………怖くなんかないぞぉっ!
一瞬ひるんでしまった自分に喝を入れて睨み返す。
しばらくそうして二対一で睨み合う私達だったが、突然武山君がフッと息を抜くように笑ったかと思うと片足を乗せたブランコを私達に向けて蹴ってきた。
誰も乗っていない木製の座板が私達姉妹に迫る。
けれど私はすでに姉によってブランコの円周の外まで引きずり出されているので、ブランコは私達のところまでは届かず、弧を描いて上へ通り過ぎた。
それはすぐに重力によって止まり、再び弧を描いて戻ってゆく。
これで武山君が戻ってきた座板を受け止められず脛とか打ったら、指差して笑ってやるのだが。
私は脛を抱えて痛がる武山君を想像して頬を歪めたが、数瞬の後、その期待が裏切られた事を知る。
座板が戻って行った先にはすでに武山君はいなかったのだ。
無人のブランコが空を切って虚しく揺れる。
「え…………あれ……?」
隣で聞こえた声に目を向けると姉が狐に摘ままれたような表情で辺りを見回していた。
たぶん私も同じ表情をしているのだろう。
先ほどまでの騒ぎはどこへやら、公園は不気味なほどの静寂に包まれ、遠くを走る電車の音が聞こえてくる。
タタン、タタン…………タタン、タタン…………
その無機質な音に包まれて、薄暗い公園が急に冷たくなったかのような錯覚を覚える。
滑り台、砂場、鉄棒、ブランコ。
遊具以外には緑の一つもない、奇妙なほどに無機質なその公園には、武山君が隠れられるような物陰はどこにもない。
いや、あったとしても気付かれずに移動する事など到底出来るはずがない。
けれど。
それなのに。
ブランコの座板を蹴った後、ほんの少し私達の注意が逸れた一瞬の隙に。
武山君は忽然と姿を消していたのである。
ご覧いただいた方、ありがとうございます!
BLに期待された方、申し訳ございません!
ホラーチックに終わってますがコメディ路線を外れるつもりはありませんので今後ともよろしくお願い致します!