オレと衣装
さて、放課後である。
HR終了後、話しかけてきた第一女子さんを適当にあしらい、教室の外まで何とか逃げたとこまでは良かったのだが、そこでオレは迷っていた。
いや、道にじゃないぞ。ある意味分岐点ではあるけど。
統括というのがどこで活動しているのかがわからないのだ。また、活動内容を考えると参加して余計な混乱を与えるよりは何か理由をつけて休んだ方が良いとも思える。場所を調べて参加するべきか、それとも誰かに伝言を頼んでこのまま帰るべきか、それが問題だ。
ハムレットよろしくそんな悩みを抱えながらも本能に従って校門へと歩いていると、そんなオレの帰巣本能を咎めるように声をかける人物がいた。
小野田アキオさんである。
「何帰ろうとしてるのよ。放課後にって言ったでしょう」
そうでした。ガールズトークに疲弊してすっかり忘れてました。
一瞬彼女に伝言を頼んで帰ってしまおうかという考えが過ぎったが、そんな話をする間もなく問答無用で連れ去られてしまった。
たどり着いたのは学校の奥まった場所にある小さめの校舎。楽器の音などが聞こえてくるのでおそらく文化部の部室棟か何かだろう。
全く関係ないが、そういえばうちの学校には吹奏楽部ってないな。男子校では部員が集まらないからだろうか。この、校舎のどこかから金管楽器の音が聞こえてくる感じ好きなのだが。
流れてくる気の抜けた音に耳を遊ばせながら黙々とついて行くとそこは、何というか、右手がうずく感じの物がいっぱい置かれた一種異様な空間だった。
中世ヨーロッパを彷彿とさせる衣装の数々にナイフやメイスといった武器類、そしてそんなカオティックアーティファクツに埋もれるようにして床にデカデカと描かれた複雑な術式が刻まれていると思しき魔方陣。無意味に引かれた暗幕が室内に薄暗い影を落としているところなど怪しさ満天だ。
なんだ、この素敵空間は。
部屋を支配する禍々しき波動がオレの封印されし太古(具体的には中学二年生の頃)の記憶を蘇らせる。気がつくとオレは左手で自分の右手首を抑えていた。
くっ、この空間に長居するとオレの封印が解けられる。
長く留まってはならない場所だと本能的に察したオレは部屋の前で足を止めた。
「どうかしたの? そこで立ち止まっていられると邪魔なのだけれど」
邪魔って。
咄嗟にどの程度耐えられるか目算を始めたオレの思考は、突如引かれた右手の張力によって阻まれた。目の前に小野田さんの整った顔が迫る。
近い近い近い、同性としても近い、友達としても近い、親友としても近い、これはもはや恋人の距離感っ。
「着替えるの。ドアを閉められないでしょ」
あ、はい。どけって事ね。
踵を返し、後ろ髪を引く素敵空間に背を向けて後ろ手にドアを閉めようとすると、何故か再び手を引かれた。
「どこへ行くのよ」
どこって……廊下?
当たり前のようにそう答えて、オレは自分のミスに気付いた。
何故、廊下に出る必要が?
それは男としての常識に縛られた結果出た言葉だ。しかし今のオレにその常識は当てはまらない。何故なら今のオレは篠宮真夏という一人の女子であり、女子である以上女子が着替える部屋に同室していたとしてもなんら問題がないからである。それを否定するのは男として育った十数年の経験。それは自身の心が未だ男であると認める事に他ならない。
つまりオレは女子として、廊下に出てはならないのだ。
結論が出た頃、オレよりも早く思考したらしい小野田さんによって結果は出ていた。オレが男のままだったら全力で拒むはずの小野田さんの手によって、オレの身体は部屋の中に引き戻されていたのである。
そして、ドアの閉まるピシャリという音が教室に響く。退路は絶たれた。
部屋の中に入ると廊下に満ちていた校内の喧騒が遮断され、静まった室内の片隅からコソコソと話しているような声が耳に届く。
「こうやってちょっとキツめに……締め……てっと、で、左右の紐を持ち替えてから前に回して胸の下で結ぶの」
「ぐはうぅ…………ちょ、と締めすぎ。息出来ないよ、コレ」
声の漏れてくる室内の片隅には暗幕で仕切られた試着室のようなスペースが作られており、考えるまでもなく中で二人以上の女子が今まさに着替えをしているという状況だった。
ちょっと待ってください、小野田さんだけじゃないんですか、見ず知らずの女子とくんずほぐれつお着替えとか鼻血出るんで勘弁してください。
「バカ言ってないで私達も試着するわよ」
お供します。
これは止むを得ない措置なのである。越えなければならない試練だ。大丈夫、今のオレ……いや、私は女子なのだから、いやらしい目で見るわけでもなし、今後の参考にするためのいわば学習だ。そうここは学校なのだからすべての事柄は勉学に集約すべきだ。勉学。学生の本分。だからエッチな意味など一切介入してはならないのだ。
ってブラジャーも外すんですかゴメンナサイ無理でしたっ。
小野田さんが掃った暗幕の向こうに見えた柔らかそうな素肌の群れに加速した血流を抑えきれず、オレは脱兎の如く逃げ出した。
屋上に行こうとして鍵のかかったドアに阻まれ、階段に腰かけて時間を潰していると程なくして小野田さんが現れた。
今のところ怒らせる事しかしていないので非常に気まずい。
「何してるの?」
頭を冷やしていたところです。ってのは本音で、建前は携帯で電話してただけです。
しかし表情を見る限り怒っているわけではないようだ。安心した。
「貴方が突然発狂したせいで衣装を試着する時間がなくなってしまったじゃない」
発狂て。まああの逃げ方だとそう思われても仕方ないか。
ん? 衣装? じゃああそこにあった大量のドレスや小道具は学祭用の衣装なの?
「うちのだけじゃないわ。ほとんどは衣装研究会に香を焚き染めて欲しいと頼まれたものよ。あそこは研究発表だったはずだけど、香の種類まで指定してきたから相当本気みたいね」
ちょっとよくわからないんですけど。あれか。シャネルの五番的な意味か。男が殺到しそうな研究内容だ。
いやこの突っ込みは女子的にはアウトだな。話題を変えよう。
ってか、時間がなくなったって?
「携帯あるなら時間わかるでしょう。そろそろ統括部の会議が始まる時間じゃないの?」
え、さっきのが統括じゃないのか。問答無用で部室らしき場所に連れてこられたのでてっきりそう思っていたのだが。衣装まで着せようとしてましたよね?
どうやら小野田さんは統括の人間ではないらしい。そういえばオカルト研究会とか何とか言ってたっけ。困ったな。部室に案内してもらえたと思って安心してたのに。いや、この流れなら聞けるか。
ねぇ、お…………アキオ? ここは何階でしたかね?
「四階かしらね。貴方が座っているのは四階半だけど」
統括部の部室は?
「二階ね」
よし、情報ゲット。後は怪しまれないようお茶を濁すだけ。
あー、遠いねー。ダルいねー。誰かおんぶして連れてってくれないかなー。
甘えるような口調で冗談めかして言う。顔は斜め上に背けて横目でチラ見しながら言うのがポイントだ。
この聞き方なら部室の場所はあくまでもここからの距離を算出する為の前提として答えてもらえるというわけである。まあ各階に三つ教室が並んでいるので二階のどの教室かは自分で確認する必要があるが、二回までなら間違えましたで許されるだろう。
オレの完璧な作戦に、小野田さんも特に疑問を持たなかったようで、
「探すんじゃなかったわ。バカ言ってないで自分の足で行きなさい」
という捨て台詞を残して階下へと消えて行ったのであった。
閑話が三話で終わらなかった……。
今回もご覧いただきありがとうございました!




